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犯人はヤス、-終焉-|最終話|天眼

サヤの悲鳴も虚しく、悟と安は、神楽の舞台から落ちていく。

4階建て相当の高さから、落下する二人。

ほんの数秒間、走馬灯のように、今までの安の人生が映し出される。
 



安には、隠された能力があった。

それは、幼い頃から。

能力があることをひた隠しにしながら、普通の生活を送っていた安。

そんな彼に、転機が訪れた。

それが、ミノとの出会い。

彼女が、自分に能力があることをカミングアウトしてきたあの日、安は迷った。

ミノに、自分の能力の存在を言うべきか否か。

彼女自身の未来を見るのが怖くなり、安は、安の能力の存在を彼女に言わなかった。

そして、事件は起きた。

安は、何となく出会った時から、予感はしていた。

彼女が亡くなったことを知ったとき、冷静な自分が怖くて仕方なかった。

自分の本心を探りたくなり、妹のサヤと合流し、その後、メダルを集め始めた。自分に関わった同級生は、次々と殺されていく。

そんな中、サヤにも能力があることを知ると、安は、ミノと同じ過ちを繰り返す。

自分に能力があることを隠し、サヤにすべてを任せた。自分で選択することから逃げたのだ。

安は、『普通の人』を演じ続けた。

それによって、周りに危険が及び始めていることも分かっていた。原因は、自分の中にあると。

そして、イナンナの中で、AIとなったミノと再会した。

ミノを守れなかったことを後悔していた安。

彼女は最後まで、自分を守り続けてくれた。自分の思考を持ってしまったイナンナを、彼女は爆破してくれたのだ。

今思えば、あれも自分自身が望んだことなのかもしれない。他人に任せて解決することが、一番望ましいと。

守られ続けた自分の命。

それと引き換えに自分の内側にある恐ろしい何かに、安は気付き始めていた。

そんな中、花火が上がった。大量の花火が。

それから、世の中の流れが変わった。

自分が抑えようとしている思考が、みんなに伝染したかのように。

記憶がなくなれば、振り返りたくない過去を振り返えらなくて良くなる。

でも、安の記憶はなくならなかった。代わりに、人々の記憶はどんどんなくなっていった。

満たされなかった。

思考がなくなった人々が、羨ましかった。

なぜ、自分だけ記憶がそのままなのかと、安はなげいた。

母の愛。

その温もりに、突然触れてみたくなった。

そこで初めて、安は透視能力を使った。

母親の居場所は分からなかったが、軌跡を辿ることはできた。

その軌跡を辿ると、大きな屋敷に辿り着いた。

なぜか、体の震えが抑えられない。

勝手に、安は、古谷家の敷地内へ侵入していた。中には、誰もいなかった。

和室のカラクリに気付き、そこで大量の巻物に出会う。

母が触れた痕跡があった巻物は二つ。『封印の術』と『日本神話』だった。

まず、『封印の術』を読んだ。京都を中心とした巨大な五芒星が脳裏に焼き付いて離れなくなった。その五芒星を母親が作っている映像も同時に浮かんできた。

次に、『日本神話』を手に取り、封印の術を実行することにした。

石に、五芒星を彫り刻む。それを空から見た正確な位置に石を置き、五芒星を完成させた。

しかし、何も起こらない。

空から見て、五芒星の中心が京都の平安京があることが分かった。

そして、安は京都へ向かった。

平安京があった場所へ向かうと、柱に縛られた母親の姿があった。

母親の愛を求めていた安は、落胆した。反対側では、サヤが同じ目に遭っていた。

「僕が最初から能力があることを話していれば……」

ミノと同じようなことにだけは、絶対なりたくなかった。

母親を捨て、サヤを救うことで、これまでのすべての過ちを今さら覆すことなどできない。

それでも安は、母親より先にサヤを助けることを選択した。

そして、追い討ちをかけるように、母親が目の前で亡くなった。
 



僕は、何も守れない。

僕は、生きていてはいけない。

僕の思考が、この世界を作りあげてしまったのだから。

僕は、神楽の舞台から飛び降りた。

一瞬だったはずの落下の時間。

永遠と続いていた感覚さえあった。

死すら近づいてもくれない創造主のさだめ。

あくまで、これも僕の意思。

生まれて来なければよかったんだ。ごめんね、母さん……。

死の直前、僕に温もりを与え続ける人がいた。

最後まで、この人は、僕を生かそうとして抱きしめてくれた。

でもこれで、ようやくこの世界から抜けられる。
 



安に、何かが近づいて来ていた。

「安、あなたは死んではいけない。あなたは私がまもる」

絹のような温もりが、安と悟を優しく包み込んだ。
 



神楽の舞台上で、祈り続けるサヤ。

下から見守る人間も皆、二人を死なせてはいけないと、必死に祈り続けていた。

どんな意思よりも強い複数の愛が、創造主である安の答えを覆した。
 



二人は、座り込んでいた。まるで、何事もなかったかのように。

(何が起きたんだ……音しなかったぞ……)

古谷警部は、一瞬で我に返った。

「悟!! 安!! 大丈夫か!」

特別捜査チームのメンバーが駆け寄る。

すると、安と悟が、状況を把握しようと周りを見渡し始めた。

古谷警部たちが、唖然としながら、二人を見つめる。

そんな中、たった一人、生き残った二人に銃口を向ける人物がいた。

「もうやめてください、文屋長官!!」

こう叫んでいたのは、橋本だった。

橋本は、文屋長官のいる塔まで来ていたのだ。

一瞬、橋本を見た文屋長官。

文屋長官はすぐ目を逸らし、銃を発泡した。

一発の銃撃音が鳴り響く。

悟はすぐに、安の前へ出た。

「悟!!!!」

胸から、血を流し倒れる悟。

悟は、安の目を見た。赤黒い瞳が綺麗な黒い瞳に戻っているのに気づくと、悟は微笑んだ。

最後まで安を護った、悟と母親。

これだけではなかった。

母親が作りかけていた五芒星は、初めから我が子を救うために作っていたものだった。

平安京を中心に描こうとした五芒星の封印。それは未来に訪れるであろう息子の運命を知っていた、母親だからできたことだった。

まさか自分を助けるために作っていたものとは知らずに、安は、母親が作り上げていた残りの石を繋ぎ合わせ、自ら五芒星を完成させていたのだ。

橋本が、文屋長官に向けて発泡する。

すると、文屋長官は塔から身を投げた。

地面に落下した文屋長官。

「確保!!」

その場にいるすべての警察官が、一斉に文屋長官を取り押える。

三日月が輝く新たな新時代の幕開け。

それは、安の意思ではなく、安に対する想いが作り上げた世界だった。
 



「まるで過去が消されたかのような体験をしたと、国民が口々に話をしています。これは一体、どういう現象だったのでしょうか?」

「何か自然界の転換期を迎えたと……とにかく、人類史に残る現象が起きた模様です。異例ともいえる火山活動の動きなどが日本各地に見られたとの報告があり……」

警視庁は新たな体制に生まれ変わり、警察内部で、この事件のことは内密にするよう伝えられた。

「古谷警部……いや、古谷警視部長。これから予定通り、沖縄で行われる儀式へ向かいます。準備が整いましたので、御同行を願います」

「そうか、これで本当にひとつの時代が終わるんだな……わかった、すぐに行く」

蓮が、安とサヤ、そして、文屋長官を連れて、飛行機に乗り込む。

ただ静かに座る三人。

その後、沖縄に到着した三人は、沖縄の洞窟であの儀式を受けた。

<再生の儀>
これよりいにしえの儀を受ける者は、同時に口にせよ。さすれば神の怒りを買うであろう
<再生の儀>
これより古の儀を受ける者は、同時に口にせよ。さすれば神の記憶が蘇るであろう
<再生の儀>
これより古の儀を受ける者は、同時に口にせよ。さすれば神の思ふまま事は進むであろう

三人は同時にお酒を飲み、神にゆだねる。

巫女みこや古谷警部たちが見守る中、安全な状態で行われた儀式。

文屋長官は、闇の記憶が消され、サヤは、禰保家の記憶が蘇った。

そして、安は、能力が『無』となり、新時代の使命を終えた。

「皆さん、私は巫女の皆さまと話し合い、この地に残ることに決めました。禰保家末裔まつえいのユタとして、生涯をまっとうします」

「そうか、それがいい。また、この国をお支えください」

古谷警部が微笑み、三人は、沖縄を後にした。

最後まで、安を見守るように、サヤは悟と一緒に、飛び立つ飛行機をずっと見つめていた。


『犯人はヤス、-終焉-』-完-
 



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