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天満月オークション-女神の追憶-|第1話|5年後

これは、何時いつの頃の記憶だろうか。

森の奥深くに誘われ、迷い込んだ、あの日の光景によく似ている。

最初は、飛んでいる蝶を無我夢中で追いかけていただけだった。

今考えれば、あれも夢だったのかもしれない。とにかく、機械仕掛けのガラクタに囲まれた生活から抜け出したかった。

あの日に近い心のときめきが、また起こることになんて、この時、私は思ってもみなかった。

「おじいちゃん、おはよう! これ、どうやって作ったの? 教えてよ! 昔は、おじいちゃんも空を飛べてたんでしょ?」

聞こえないフリをして、目の前にある壁に貼られたカレンダーを眺めた。

「どうかしたの?」

「そうじゃった、思い出した。今日は年に一度の満月が見れる日じゃ。リノよ、今日は月が見れるかもしれんぞ」

「お月さまが見れるの?」

「そうじゃよ。昔は空が青かった。昼間は太陽が出ていて、夜になると月が出て、暗闇を照らしてくれていたんじゃ。よくリノに話していた流れ星の物語を覚えているかい?」

「流れ星?」

「昔から、流れ星が見えたら手を合わせて、その間に願い事をすると、その願いが叶うと言われていたんじゃ。今日は、特別に夜遅くまで起きてて良いぞ、リノ」

「やった〜!!」

「おい、廊下を走るでない! おもちゃにつまづいて怪我でもしたらどうするんじゃ!」

夜中に外へ出るのが久しぶりのリノ。

彼は、笑顔でずっと走り回っていた。
 



「さぁ、オークションが始まるよ!  集まれ集まれ」

砂漠地帯の一角にそびえ立つ緩やかな丘の上に建てられた、巨大な石積みの建物。

ここが、5年前から始まったオークション『LUNAルナオークション』の会場。

蜃気楼が見える砂漠の水平線から、全身にターバンを巻きつけた人々が続々と歩いてくる。

遥々遠方から訪れた人々は、いくつかのグループに分けられ、それぞれの代表者の手に落札するための札が渡された。

リノは、このオークション会場で、呼び込みのアルバイトをしている。

「今年、人多くない?」

同僚の男が、遠くにある砂漠を眺めながら話しかけてきた。

彼の名は、テッセン。

リノの同期で、5年間、共にこのオークション会場でアルバイトをしている。

「なぁ、リノ。そろそろ俺たちもオークション会場の様子を観に行かないか? だって、5年も外で呼び込みしてるんだぜ? その権利ぐらいあるだろ」

「そうやって、またサボろうとしてるんだろ。最近、僕まで疑われ始めてるんだからな? 僕たちは彼らに従うしかないんだよ」

「お前は、昔から堅いよな。でも、そうやって真面目に働いてると、いつか奴らにやられるぞ」

リノもテッセンの言っていることは理解していた。

ガスに覆われた空を見上げるリノ。そんなリノを見て、テッセンはターバンの下に隠して持っていた鍵を見せてきた。

「また盗んだのか?」

「一年で今日が一番忙しい日だ。だから、今日は隙だらけだ。そんな絶好の機会を俺が逃すわけないだろ」

「お前ってやつは……。それで、今度は何をしようとしてるんだ?」

「お前も結局気になっているみたいだな。いいか? この広大な砂漠を走って逃げたところで捕まえられるのは目に見えてる。でも、どうやら、この砂漠地帯に秘密があるみたいなんだ。この丘は、単なる丘ではない。ここは昔、山だった。ここから遠くへ行くほど、下流になっていく。つまり、そこに川が存在するんだ。この丘は、その川を渡るためにつくられた道具だったんだよ」

「もしかして、脱走計画の話か? もし、テッセンの言ってる事が正しかったとしても、舟もなければ、そもそもその川を渡れるかどうか分からない。それに、本当に存在するのかどうかも。それに、川にはガスが充満していて、人間……」

「人間では渡れない。だろ?」

「そうだ」

「そんなこと俺だって分かっている。実は、川の上に充満するガスから身を守るための防具が存在する。それが隠された金庫の鍵が、この鍵だ」

「どうやって見つけたの?」

「まぁ、それは、追々話す。防具が存在するということは、舟がその川にあるということだ」

「舟があるのか?」

「ああ。この地球に生き物がいない今、植物はおろか、魚も死滅し、海も川も腐敗。それに、ガスが充満していて呼吸ができない。だから、俺たちは働いて、大人たちからサプリメントを貰って生活している。だけど、その川を渡ることができれば、そこに大自然が広がっているはずだ! リノもそう思わないか?」

テッセンは、目を輝かせながら、リノに語った。

この内容に、リノは、反応せずにはいられなかった。
 



5年前、リノとナグサは、外で不思議な光景を目の当たりにした。

砂漠地帯の空は、海や川からのガスの影響で、青空を見ることなどできない。

その日は、一年で最も月が近づく日。

二人は空を眺めていた。

霧状に包まれた空の中に、微かながら、僅かに見える月明かり。

生まれて初めて見る月明かりに、なぜか惹かれるものがあった。

そこへ、一点の光が、二人に向かって飛んできた。その瞬間、上空が一瞬だけ照らされた。

そのとき、リノは、初めて月を見た。

それは、ナグサが言っていた30年前の月とは違い、緑に覆われた月だった。

幼いながら、リノは、なぜか懐かしい気持ちになった。
 



リノは、5年前のことをテッセンに話していた。

彼が鍵を見つけるきっかけは、リノにあったのだ。

「お前から聞いたことがある。月は緑豊かな星なんだって。だったら、この地球にも、月と変わらない世界が存在してもおかしくない。行こうぜ、リノ。俺たち2人でこの世界から抜け出そう! 人生を変えるんだ」

もちろん、リノも同じ気持ちだった。

しかし、今より悲惨な世界が待っているかもしれない。自分一人だけならまだしも、親友を道連れにするわけにはいかない。

リノは何も返事をしなかった。

オークションの来場者は、全員痩せ細り、食に飢えているのが目で分かる。

しかし、このオークションを主催している大人たちは違う。

参加者とは違う特別なサプリメントを飲んでいるのかもしれないが、明らかに、肉付きが参加者たちに比べてしっかりしていた。

それでいて、目にエネルギーや活力を感じる。

アルバイトを始めてから5年間、これまで多くの参加者たちを目の当たりにしてきたリノは、主催者側に何らかの秘密があることは分かっていた。

そうは言っても、リノはまだ子ども。自身も痩せ細り、本来ならガッチリしてるはずのテッセンも顔がこけ始めていた。

テッセンの言うとおり、このままいても、自分たちがいつか滅びる運命は目に見えている。

「……ちょっとだけ、中、覗いてみよ。すぐ戻って来ればいいから」

テッセンは、リノの言葉を聞いて、静かに喜んだ。
 



リノたちがアルバイトをしている、5年前から始まったオークション。

その内容は、子どもたちには一切知らされない。

どの大人も、オークションの話になると、顔色を変え、「子どもが知る必要はない」の一点張り。

でも、大人たちは、わざわざ遠くから、それぞれ出品物を持って集まる。物々交換をしたり、落札したりする光景を不思議に思っていた。

だいぶ前に動かなかったバイク、自動車類の乗り物の部品、30年ほど前に残された未使用の乾電池。

リノやテッセンからしてみれば、全て過去に人間が作り出したガラクタ。

エネルギー資源が不足しているこの世界。

なぜか、このオークション会場だけは、スポットライトで照らされ、贅沢な光の演出をしていた。

リノとテッセンは、このオークションが何のために開催されているのか。

それだけでも知りたかった。

二人は、静かに石積みの屋根を登り、舞台袖にある高台で身を潜めながら様子を伺った。

初めて見る、オークションの会場内。

そこには、壇上に立ち並ぶオークションの出品物に大人たちが目を釘付けにする様子が広がっていた。
 



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早坂 渚
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