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大正スピカ-仁周の第六感-|第3話|白煙
「陛下に、鉄道の爆破計画が察知されています」
関東軍率いる政府長は、この報告を聞いて驚いた。
関東軍は、日本を改革するために発足し、正篤の独断で動いている軍隊。
中国の奉天郊外で鉄道爆破事件を起こし、これを中国軍の仕業に仕立て上げ、強引に戦争を始めようとしていた。
「なぜ分かったというのだ!」
政府長はすぐ、正篤に報告した。
「そうか、ついに動き出したか。だが、もう遅い。鉄道を爆破し、戦争を始める」
「承知いたしました」
正篤は、政府長の報告に驚く様子もなく、計画を実行させた。
その時だった。
突然、複数の日本軍のヘリコプターが、関東軍の上空に姿を現した。
「日本軍が来たぞ! 急いで計画を実行しろ!!」
正篤の指示で、戦争の狼煙が上がった。
「日本軍は、まだ現地に到着していないのか?」
「いえ、すでに到着しているはずです」
澄子が透視したが、日本軍のヘリコプターが、関東軍の侵略を防いでいる様子は見られない。
そんな中、自国の鉄道が爆破された中国側が動き始めた。
「さらに応援を増やし、関東軍を抑えよ。手遅れになる前に、我々日本軍はこれ以上侵略するつもりはないと、中国側に声明を出すのだ」
「待ってください。……すでに未来は変わってしまっているようです。さっきまで踏み止まることのできた未来が、取り返しのつかない状態になっています」
衣織の発言に、その場にいる全員が困惑した。
「……確かに、彼女の言う通り、選択肢が消されている。ここから始まる争いは、終わりの見えない選択肢しか残されていない」
「正篤……奴の仕業ということか」
「そういうことです。書き換えられたのです。この状況を打破できぬよう、満州に結界が張られています。その結界の中に入った者同士が争うよう、彼らが遠隔で操作しています」
「結界内にいる者を遠隔で操作しているだと? 詳しく聞かせてくれ」
「結界には主に、二つの意味があります。一つは外側の『気』や『物』、もう一つは『透視』や『術』から護る働きです。これが普段、我々が結界を張る所以です。しかし、この結界には一つ、問題があります。内側にいる人間の気が変わりにくいのです」
この衣織の説明を澄子が補足する。
「結界は、他者や外部からの影響を受けにくくなる反面、内部の者たちの気を滞らせてしまう。今回張られた結界は、おそらく何十年も前にかけられたもの。中の気を滞らせ、争う働きを持たせたものだ。長期に渡り、溜まり滞った念が、人間を激情化させている」
「それでは応援を増やした意味がない。ならば、まず中国に声明を……」
「……陛下。実は、我々が声明を出す前に、すでに中国側に違う声明文が送られています」
これは、明らかに何者かが計画を企てて行っていることを意味していた。
「それだけ、彼は、常軌を逸する人間であるということです。彼が密かに企ててきた計画は、きっとこんなものではありません」
「すでに先回りされていたということか……では、どうしたら……」
天皇が計画を立て直す時間が持てないほど、正篤たちの計画は、かなり先回りして立てられていた。
正篤たちは、すでに早い段階から行動していたのだ。
「やはり、サンカに協力してもらうしかありません。彼らが持っている能力をここで遺憾なく発揮してもらうのです」
「私は、おそらくサンカの血を引く者。同じ血を引く者として、私から彼らに協力を仰がせてください」
「分かった。一緒に彼らのもとへ向かおう。サンカの協力なしでは、あの結界を解くことはできんだろうからな」
澄子は、衣織を連れて、急いでサンカたちのもとへ向かった。
しばらく沈黙が続いた後、國弘は、鈴子に話しかけた。
「鈴子さん、申し訳ないのですが、少し陛下と二人でお話しさせていただけませんか? サンカはまだ宮廷内にいます。よろしければ、そちらの動向を見ていただけないでしょうか? 嫌な予感がします」
國弘の言葉に少し戸惑いながらも、鈴子は退室し、サンカたちのもとへと向かった。
「國弘さん、何かあったのですか?」
「確定ではありませんが、少しだけ先程の会議に懸念がございまして……。陛下には先にお話ししたいことがございます」
「何でしょう?」
「……我々八咫烏の中に、裏切り者がいます」
「裏切者?」
「はい。先ほどのやり取りの中に違和感があったのです。陛下にお伝えするのは早い方が良いかと……」
國弘は、天皇にこれまで八咫烏で起きた出来事を伝え、万が一のことを考え、策を練ることにした。
日本軍のヘリコプターが、次々と中国の方向へ向かっている。
その様子は、周の目にも映っていた。
皆が寝静まる中、騒音もあってか、周は眠れずにいた。
音を立てながら泳ぐ鯉のぼり。
幼い頃、鈴子の家で見たある光景が蘇る。
「お婆ちゃん、何で怖い龍たちを縛り付けているの?」
幼い周の目には、鯉が龍に映っていた。人間の欲で、龍の力を封じ込めているのが見えていたのだ。
「これは、鯉のぼりって言ってね。周が元気に育ちますようにって、お父さんとお母さんが願って飾ってあるものなんだよ。他の子どもたちは、みんなこれを見て喜んでいる。怖がっている子なんて一人もいない。周も他の子と同じようにはしゃいだり喜んだりする練習をしないとね?」
最初から他の子どもたちと同じように生まれていたら、どのような人生を送っていたのだろうか。
周は、流れる尾を眺めながら、考えていた。
そんな中、上空を飛ぶヘリコプター。
日の丸が周の目に飛び込んでくる。
その日の丸を背負いながら、慌ただしく動く鈴子たちの様子が脳裏に浮かぶ。その度に、周は頭を抱え、布団の中に潜った。
自分に関わることが分からない今、離れれば離れるほど、相手の苦しみが分かってしまう。
助けられないのに、人の苦労が見えてしまう。
周には、その無念さがあった。
尚更、自分の能力が不必要であると嘆く周。
普通の人間に戻ることさえも許されない。
周は、唇を噛みながら、長い夜を一人で凌いでいた。
澄子と衣織が、サンカたちのいる中庭に到着すると、先に向こうから話しかけてきた。
「そろそろ私たちサンカを解放していただけませんか? ここにいる皆が、余生を自由に過ごしたいと願っております」
日本の終わりが見えていても尚、澄子たちに協力しようとしないサンカたち。
「私の隣にいる彼女は、君たちと同じ龍族の血を引く人間だ。彼女は我々に協力してくれている。一度、彼女の思いを聞いてくれぬか?」
澄子は、サンカたちに訴えた。
ゆっくりと前に立ち、静かに頭を下げる衣織。
「私は、幼い頃から両親がいません」
衣織は、耳裏にある鱗を見せ、同じ龍族であることを訴えた。
「私には、未来が見えます。サンカの皆さんなら、日本が今、どのような状況になっているのか、ご存知のはずです。私たちに協力していただけませんか?」
衣織は、この先、天皇家とサンカが協力することが重要であると説明した。
そんな衣織に、サンカの代表が話しかける。
「貴方がサンカの血を引く人間であることは、私たちも感じています。ですが、貴方も分かっているはずです。私たち人間は、未来を変えることなど出来ないことを」
サンカの代表は、見える者である故に、神の意思である未来を変えることはできないと悟っていた。
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