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傍聴席のカケラ|第1話|出会い

真実が全て、人のためになるとは限らない。

そんなこと、霊能者の私が一番よく分かっている。

人は、嘘をつく生き物。

「最後にもう一度、被告人に問います。これまでの発言に嘘偽りはないと、ここで誓えますか?」

「はい。誓います」
 



「今、私たち家族全員、不幸にさらされている気がして……。何か、霊に取りいているんじゃないかって……」

私は、今日も本業を終え、依頼主のもとを訪れていた。

どこから情報が回っているのか、最近は、やけに忙しい。

もともと根っから明るい性格ではないが、その上、霊視ができるという特殊能力を持ち合わせている。

普通に考えれば、こんな私に、誰も寄り付かない。

「墨田区の千代」というあだ名までつけられ、断れず、今日もボランティア感覚で依頼主の家に来ていた。

家中見渡しても、そんな嫌な気はしない。

仏壇の上に、ご先祖さまの写真が並ぶ、立派なただずまい。

依頼主の男性の横に、少し大柄な男性がいるのが見える。

「あちらの仏壇の上にある御写真は、ご先祖さまのものですか?」

「そうです」

「左から二番目の……修次と名乗られる男性……少し大柄な方が、あなたのことをしっかり見守っておられます。ご安心ください」

この言葉に、夫婦は目を丸くした。

「本当に見えるのですね! その名前を聞いて驚きました。実は、その修次という男性は、私の祖父です。その祖父のことで一つ、気になることがございまして……」

夫婦は一度目を合わせてから、神妙なおもちで話し始めた。

「第二次世界大戦中、我が酒井家にも赤札が届きました。それで、祖父が国に招集されたんです。祖父はすぐ戦地へ向かいました。そして、日本のために……」

「命を落とされた?」

「そうです。もしかすると、そのせいで……」

二人は、目に涙を浮かべながら、真剣に話している。

私はもう一度、背後にいる修次さんに目を向けた。

サングラスにアロハシャツを着ている。

しかも、目の前で孫たちが悲しみに暮れる中、きれいなピンク色の飲み物を飲みながら、ニコニコしている。

私は、耐え切れず頭を下げ、顔を手で覆った。

「確かに赤札は来たが、零戦には乗っておらん」

とんでない事実まで聞こえてしまった。

私は、場の空気を変えようと努めた。

でも、もう限界。あまりのギャップに耐えきれず、私は、笑いが止まらなくなった。

しかし、そんな私を見て、夫婦は怒らなかった。

「まさか、そんな……ありがとうございます……」

二人は、私が共感して涙を流していると思い込んでいるようだ。

第二次世界大戦中、国民を赤札で集め、零戦に乗せたというのは、国が広めたデマ。国民や相手国に、日本人の忠誠心の高さを見せつけるために流したもの。

そのため、赤札で集められた国民は、家に帰ることはできない。

しかし、ハワイで優雅に余生を過ごすことはできた。

これは、表に出ていない事実。

こうした裏の歴史は、教科書で学んだ歴史とは、ほとんどが異なる。

ただ、その事が分かっていても、目の前にいる彼があまりに派手な格好をしているため、さすがに私も困惑している。

もちろん、この状況で、二人に真実など話せるわけがない。

話したところで信じてもらえない。

ましてや、歴史がひっくり返るような事実は、私の口からは言えないのだ。

それでも、彼は、サングラスをかけたまま、私に訴えかけてくる。

「俺のことは気にするな」

私は、そのまま二人に伝えることにした。

「修次さんのことは、心配しなくても大丈夫です。ちゃんと天国で幸せに暮らしていますよ。不幸は、後に幸せになるための準備です。何事も怖れず、受け入れ、器を広げる期間だったと思ってください。まもなく、良い知らせが舞い込むと思われます」

私の言葉を聞いて、曇っていた夫婦の表情は、どんどん晴れていく。二人の様子を見て、修次さんも安心しているようだ。

こうして、私は、今日も言葉を選びながら、心と向き合った。
 



次の日、いつもと同じように、朝、準備をしていると、スマホに一通のメールが届いた。

「こちら、墨田区の千代さんのLINEでよろしいでしょうか? 私は、向島警察署の花瀬と申します。折行って、あなたにお話ししたいことがございます。直接お会いしてお話をさせていただけないでしょうか?」

墨田区内にある警察署の方から連絡があった。

嫌な予感がする。

私は、すぐ返した。

「事件や捜索などへの協力は、お断りしております」
 
しかし、その後も、何度も「会わせてほしい」と連絡が来る。

仕方なく、私は、一度だけ会うことにした。
 



墨田区にある、シックな佇まいの韓国カフェ。

中は、外観の見た目以上に広い。

もともとクラブバーだった建屋を改築しているようだ。

黒を基調とした内装に、大きな窓ガラスが中庭の緑を写し出す癒しの空間が広がっており、若い男女が席を埋め尽くしている。

私のことを考えて、ここを選んでくれたのだろうか。

それにしても、警察官が、こんなおしゃれな場所を選ぶ?

やはり違和感がある。

私は、少し警戒しながら、階段を上った。

ほぼオープンテラスの個室が並ぶ中、店員に、レースカーテンで覆われたVIP席に案内された。

私は、そこで初めて、麻也まやと対面した。

「あなたが千代さんですね。初めまして、花瀬麻也と申します」

麻也は、警察手帳を見せながら、私に深々とお辞儀をし、手で座わるよう促してきた。

背丈があり、一見すると、細身の紳士タイプ。

胸板の厚さからして、週5でジムに通う意識高い系。

見た目は、40代ぐらい。

「初めまして、千代と申します。この度は、どういったご用件で?」

「私は、以前から、あなたを探しておりました。これからお伝えする内容は、一般の方が理解できる内容ではございません。それ故、あなたのお力添えが必要です」

私は、彼が話す言葉の節々に、言霊が宿っているのを感じた。

言霊には、種類がある。人間界ならではの魔法のようなものというべきか、人によって種類が異なる。

本人の意思の強さや、日々の鍛練の度合いによって、言葉の波動は大きく変わる。言葉が現実に作用する時間も、人それぞれだ。

彼は、明らかにその知見を持っている。

私には、それを分かった上で、あえて言葉を選んでいるように聞こえた。

「これから、あなたにお伝えする内容は、非常に大事な内容です。疑いたくはないのですが、ご本人であることを証明できる何か、ここで見せていただくことは可能でしょうか?」

警戒心を怠らない、完璧主義者。

無駄を嫌う性格なのか、私に、能力者であることをここで証明しろと言ってきた。

「花瀬さんは、もともと鹿児島の家系。ご先祖さまか、ご兄弟に、神職をされている方はいらっしゃいませんか?」

「兄が神職をしております……そこまで分かるのですね。ありがとうございます。もう大丈夫です。あなたの能力は十分伝わりました」

ただ私は、真実を伝えただけ。

それでも彼は、すぐに、私が本物だと分かってくれた。

彼は、緊張が解けたのか、すぐ笑顔になった。

「とりあえず、何か頼んでください。ここはデザートも美味しいですよ」

彼の不意な笑顔と口調の変化に、急に恥ずかしくなった。

相手は、警察官。

でも、こんなおしゃれな場所で異性と二人っきりになったことなど、これまで一度もない。

今日も、いつもの依頼と変わらない、灰色の無地のワンピースで来てしまった。辺りを見渡すと、明らかに自分だけ浮いている。

「何にされますか?」

よく見ると、色白で爽やかな顔立ちをしている。女性慣れしているのか、彼の言動や仕草に余裕が感じられる。

よく見ると、薬指に指輪がない。

ふと彼のプライベートが見えてしまった。

一人暮らしのアパートで、コンビニで買ったパスタを頬張っている。

どうやら結婚どころか、彼女もいないようだ。

「千代さん?」

「あ、はい!」

「僕の話、聞いてました?」

「すみません。もう一度お願いします……」

慌ててメニューを見直した。

彼は、私の顔を見て、微笑んでいる。

その後も、彼の言葉は何一つ、耳に入ってこなかった。
 



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早坂 渚
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