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天満月オークション-女神の追憶-|第6話|幻想

八岐大蛇役の黒子たちが、後ろから追いかけてくる。

「逃げろ、テッセン!」

「鎖が外れない!」

リノは、八岐大蛇をかわしながら、テッセンを助けようと酒壺に近づく。

しかし、黒子たちのせいで、思うように動けない。

古代神楽の八岐大蛇の舞台。

月読命の格好をしたリノは、振り袖で円を描きながら、黒子たちの追随をかわした。

その様子は、まるで、巫女の舞。

八つの大蛇の首が絡み合い、黒子たちは、身動きが取れなくなった。

その隙に、リノは、酒壺の上へ登ることに成功した。

「テッセン!」

リノが叫んだその時、遠くから音楽が鳴り始めた。

それだけではない。

大蛇も、舞台も、視界から消え始めた。

リノだけを残して、広い砂漠地帯が目の前に広がっている。

遠くに砂嵐が見える。

時が止まったわけではない。

それより、もっと不思議なことがあった。

なぜか巨大な月と目が合っているのだ。

輝くほど美しい自然豊かな緑色の月。着ている月読命の衣装が月を引き寄せてしまったのだろうか。

さっきまで空を覆っていたガスが、リノの視界からなくなり、眩いほどの光を放つ、緑色の満月に目を奪われた。

なぜか懐かしい気持ちになるリノ。

「ここは、どこなんだ……?」

それでも、身体は現実に戻ろうとする。

勝手に口から出る言葉。

今すぐ、この状況を誰かに説明してほしかった。

月明かりに照らされながら、遠くに、一本の青く真っ直ぐ伸びる光が見える。

普段なら届かない距離にある光が目に飛び込んでくる。

いつか、どこかの記憶の断片にある、真っ赤な鳥居。

その鳥居が、斜めに砂漠の奥から姿を見せ始める。ここに来いと言わんばかりに、月がその上を覆い隠す。

すると、背後から語りかけてくる女性の声。

さっきまで自分たちを下から見ていた大人たち。

彼らに埋もれていて、見えなかった、真っ直ぐ上に札を挙げる黒髪の女の子と目が合った。

リノは、満月に背を向け、彼女のほうへ歩み始めた。

「リノ、危ない! 逃げろっ!!」

テッセンの声で現実に戻されたリノ。

舞台袖から捕まえようとしてくる大人たちにようやく気が付いた。

急いで舞台から飛び降り、札を挙げる大人たちの隙間を縫って、黒髪の女の子を探した。

大人たちは皆、リノを自分のものにしようと、手を伸ばし捕まえようとしてくる。

無料タダで日本人の子どもが手に入る絶好のチャンス。

大人たちは、道を塞いで行く手を阻み、彼女からリノを離した。

「バカ、何してんだよ!」

ようやく鎖を外すことができたテッセンは、覆い被さる大蛇を跳ね除け、酒壺から出ることに成功。

「捕まえろ! こっちも逃げるぞ!」

二人は、あっけなく確保されてしまった。

すると、どこからか低い重機の音が鳴り始めた。

「こっちへ向かってくるぞ! 逃げろ!」

3台の戦車が張りぼての神楽を壊しながら、突入してきた。

戦車から現れたのは、ナスカだった。

「リノとテッセン、探しましたよ。この子どもたちは私たちの物です。返していただけますか? もちろん、あの植物もです」

二人を連れ戻しにやってきたナグサ。

もう逃げられないと悟った二人は、大人しく、ナグサの指示に従うことにした。
 



ペンキで塗られた木目調の応接間。

街にいる住人が全員、畳みを模した床に正座し、ナスカたちに、二人と植物を盗んだ罪に問われようとしている。

ナスカと住人たちの間にある壁には、黄色い子ども用の着物が掛けられている。

その着物が微かに揺れているのを、その時、ナスカだけは気付いていた。
 



再び牢屋に戻されたリノ。

リノは、自分の不如意な運命に肩を落としていた。

「さっきのは何だったんだろう……?」

身長がリノと変わらない、黒髪の女の子。

今まで見たことのない風貌。

「もしかして、おじいちゃんが言っていた、あの女の子……?」

いびきをかきながら眠るテッセンの隣りで、リノは、舞台上で見た不思議な光景を思い出しながら、天井を眺めていた。

5年前、あの日見た月と同じ月。

今度は、はっきり見ることができた。しかし、なぜ、夢のような景色が目の前に広がっていたのか、それだけが不思議だった。

どこへ行っても、黒髪の子どもと言われ、大人たちに狙われ続ける。

連れ戻されたところで、身売りされるのは目に見えていた。

牢屋の冷たい床がリノの体温を奪っていく。

テッセンのいびきが、天井との距離を縮めていく。

リノは、床とは真逆の暖かい世界へ入っていくのを、俯瞰しながら、遠くで感じ始めていた。

眠りにつく、あの時と同じように。

着ている月読命の衣装が、隙間から入ってくる風でなびき、襟元に触れる。

眠りにつきそうになっていたリノは、不機嫌そうに襟元を払いながら、横から人の気配を感じた。

見ると、そこには、白と山吹色の裾が足首まである、綺麗な黄色の着物を着た女の子が立っていた。

探していた女の子が、牢屋の中に入ってきていたのだ。

彼女がリノの手を取ると、目の前に砂漠が広がった。

彼女は、リノの手を引きながら、にこやかに走り回る。

やはり、ここは何もない。

でも、何かおかしい。

なぜか、砂に足を取られる感覚がない。

しかも、彼女の着物は、砂漠の風とは異なる、不思議な音楽のリズムで靡いている。

「君、どこから来たの?」

リノは、反対の手で彼女の手を掴みながら質問した。

何も言わずに振り返る女の子。

はっきりと彼女の手からは、温もりが感じられる。

もちろん、目には、はっきり顔が映っている。

むしろ、自分の体が軽くなり、風に靡いているようにさえ感じる。

彼女はどこから来たのか。

そして、誰なのか。

彼女を止めようとしても、ひたすら踊り続ける。そんな彼女を見ていると、次第に、そんなことどうでもよくなってきた。

そんなリノの気持ちを汲み取るかのように、雲から星空が現れ始めた。

風に乗って、星の流れる音が聞こえてくる。

リノの頭の片隅に残っていた記憶が形となり、目の前に広がり始めた。

砂に埋もれていた雑草たち、虫の声、木や花たちが奏でる音。

月明りを頼りに次々と蘇る生命たち。

駆け抜けるたびに体に触れる懐かしい記憶。

そう言えば、あの日も同じだった。

幼い頃、めったに夜外へ出ることを許してくれなかったナグサが、一緒に外へ出てくれたあの日も、目の前に森が広がっていた。

「おじいちゃん、あそこに森が見えるよ!」

「本当か! 私の幼い頃の記憶が見えているのか?」

ナグサは驚いていた。

リノの記憶が呼び起こされるほど大きな森が、目の前に広がっていた。

それを楽しそうに見つめる女の子。

彼女は、リノを森の奥深くへ案内した。

言葉では言い表せない不思議な力が、リノと女の子を包み込む。

誰も足を踏み入れたことのない二人の世界。

「このまま二人で宇宙へ行けるんじゃないのか……?」

そう感じるほど、心地良く、ずっとこのままでいたいと、リノは強く思った。

すると、二人の先に、綺麗な湧き水のほとりが見えた。

そこへ向かおうと歩くと、突然、何かにつまづいた。その弾みで繋いでいた手が離れると、彼女は、リノの足元を見たまま動かなくなった。

砂に隠れている赤い木。

砂嵐が当たり、さっきまで見えていた星空が見えなくなった。

リノは、周りの砂を必至に払い始めた。

思っていたより大きい真っ赤な木。

リノは、その木が、舞台上で見た鳥居のものであるとすぐに分かった。辺りを見渡しながら、必死に緑色の満月を探す。

しかし、手を握った先に、彼女はもういなかった。

リノは、たった一人、現実で生きていることにようやく気付いた。
 



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早坂 渚
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