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かつて流行語大賞にも選ばれた親ガチャは本当に存在するのか?🌈

最近よく耳にする『親ガチャ』。

子どものとき、

「もっとお金持ちの家に生まれていたら」
「親が〇〇だったら」

こう思った経験ありませんか?

しかし、

「子どもは、親を選べない」

これは普遍的なこと。

そのため、以前は、多くの子どもが、親のマイナス面も見つつ、それを受け入れながら生きてきました。

しかし、近年、ガチャを回して楽しむネットゲームの流行により、『親ガチャ』という言葉が生まれ、若者の間で定着。

新語流行語大賞に選ばれるなど、注目を集めています。

「子どもにとって、出生、つまり親はランダム、自分では選べない」

こういった内容を指す言葉ですが、実際は、どうなのでしょうか?

今回は、経済や教育の視点ではなく、霊感のある知人の話をもとに、スピリチュアルな視点で『親ガチャ』を紐解いていきます。


そもそも生まれ持った血筋や環境。

これは、与えられたものではなく、自ら選んだもの。

「人は努力すると、徳が積まれていく生き物。その徳は、次、生まれてくるときに反映される」
「自分が今世で叶えるために、『どこに生まれるのか』『どの親を選択するのか』はとても重要なこと」
「人は、今世でやるべきことを叶えるために必要な性格や判断能力を持つ親のもとへ生まれてくる」

親ガチャという言葉には、

「裕福な家庭に生まれたかった」

こういった子どもたちの願望や希望が込められています。

しかし、一見、裕福な家庭に育てられた子どもたちも幸せそうに見えて、実際はそうではなく、問題も人(家庭)によって様々。

当然、家柄やお金だけで、人生が変わるわけではありません。

むしろ、親ではなく、生まれ持った血筋や環境に生まれてきた意味があると感じています。

「なぜ、自分は、この家を選択したのか?」

これを真っ先に考えることで、今世に生まれてきた意味ややるべきことに早く辿り着けるようになります。


私たちが生きる世界には、科学的根拠を求めること自体、不可能な物事がたくさんあります。

こういった物事への解釈が、合っていても間違っていても、今の自分を否定してはいけません。

どちらがポジティブになれるか。
どちらが心地よく感じられるか。

これが、情報を取捨選択するときの大事な『基準』です。

そもそも、私たちは、日本人として生まれて来れただけでも幸せなこと。

『親ガチャ』

この言葉が、早く違う表現になることを願うばかりです。

最後まで読んでいただきありがとうございました🌈
 

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早坂 渚
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