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傍聴席のカケラ|第16話|模様

翌日、事件が発生した。

麻也のアパートが何者かに燃やされた。

今のところ、一般人が放火したのか、麻也のアパートにある証拠を隠滅するために事件の関係者が犯行に及んだのかは、分かっていない。

どちらにしても、突然の犯行。

唯一言えることは、千代が犯行に及ぶことはできないということ。

通常なら、事件と関係ありそうな出来事が起これば起こるほど、千代の冤罪の可能性は高くなる。

今回もそうなるはずだった。

しかし、実際はそうではなかった。

「何らかの念で墨田区の千代は留置所から火をつけた」
「彼女は魔女だ。関わる者全てが呪われる」
「他の警察官も消息不明らしい」

霊能者という肩書きのせいで、過剰に憶測が飛び交い、デマが拡散された。これにより、さらに事件が注目を集めることになった。
 



その頃、ハジメは、ある人物を追っていた。

ハジメの目の前には、警察本部の間を行き来する一台のタクシー。

真っ直ぐ千代のいる署へと戻るはずのタクシーは、そのまま都会の夜の街へと消えていった。

ハジメは、若手の警察官からの依頼で動いていた。

「どうも、この検察官が不審な動きをしている模様です。昨日、私が六花について調べていたところ、彼に目をつけられています。それから、なぜかパソコンが使えなくなり、さらに、麻也さんに関する資料を全て提出するよう求められました。本部からの指示とのことで、強制的に持っていかれました」

これを受け、ハジメは、密かにその検察官の行方を追っていた。

その検察官が老舗和菓子屋へと入っていくのが見えた。

その和菓子屋には、特に変わった様子はなく、検察官は、そのまま大きめの箱を両手で抱えながら、タクシーへ戻ってきた。

一応、ハジメも、和菓子屋を覗いてみることにした。

「いらっしゃいませ!」

「素敵な暖簾のれんが目に入ったものですから」

「ありがとうございます。何か気になる商品がございましたら、お声掛けください」

着物を着た女性が接客してくれた。老舗の和の雰囲気漂う落ち着いた店内に、染みついた甘い香り。

ハジメは、並べられている和菓子には目もくれず、辺りを見渡しながら、店内を隅々まで霊視した。

所々にある壁の和柄模様が、さっきからチラチラと目に入る。

「アスタリスクですか。和柄にしては、珍しいですね」

「お詳しいのですね。確かに、少し珍しい模様かもしれませんね」

女性は、見た目は40代ぐらい。受け応えからして、もっと上の年齢の可能性もある。

しかし、なぜか、彼女から過去や未来が見えてこない。

同じ霊能者であれば、ある程度、お互いに感じ取るものがあるはず。こっちから彼女を霊視することを拒まれているようにさえ感じた。

これは、何らかの水晶術で見られないようにしているに違いない。

むしろ、相手からは、霊能者であることがバレている可能性だってある。

何も知らないふりをしても、余計怪しまれる。

ハジメは、あえて踏み込んだ質問をしてみることにした。

「アスタリスク模様のことを六花とも言うそうですね。ご存知でしたか?」

彼女の顔が曇り始めたのを、ハジメは見逃さなかった。

さらに、彼女の着物の襟にも小さな六花模様があることに気づいた。

彼女は、襟を隠す素振りを見せながら、こう応えた。

「そうなのですね。知りませんでした」

悟られないように表情を維持したまま、ハジメは、何気なく和菓子を一つ注文し、その場を後にした。

助手席に乗り込むと、すぐに若手の警察官へ電話をした。

「当たりだ。六花は、和柄模様のアスタリスクと関係がある。その和柄模様を扱っている着物屋や呉服店を片っ端からあらうぞ。ようやく手掛かりが掴めそうだ。あの検察官も間違いなく黒だ。そいつから目を離すなよ」

「ハジメさん! つけられています」

「何!?」

脇から飛び出してきた一台の車が、ハジメたちが乗っている黒いバン目掛けて急発進してきた。
 



「本部より。被疑者は起訴となり、今後、検察が公判請求する見込みです」

起訴する権利があるのは、検察官だけ。

つまり、勾留請求をした検察官の指示で、私は起訴処分となった。

明らかに不当な捜査が行われていると、山村弁護士は争う姿勢を見せてくれた。

「3日後が初公判となる」

「初公判まで3日!? バカなことを言うな!! これでは、あまりにもこちらが……」

「これは本部からの指示だ。それだけ早急な解決が必要な事件であるということだろう。当然、裁判官には、前日までに証拠を提出してもらう。後出しは無効だからな」

事実上、山村弁護士は、2日で証拠を集め、提出しなければならなくなった。

これにより、私は、3日後、被告人として証言台に立つことが決まった。
 



「うちに怪しい霊能者が現れたんです。しかも、六花という単語をわざわざ使ってきて……」

「安心してください。偽の霊能者はもう処罰されましたので。それより、例の物は渡せましたか?」

「はい。検察官の方へは渡せました、六花様」

「そうですか。それなら大丈夫です。お疲れ様でした」

薄い黄色の着物に身を包み、スマホを片手に持つ一人の女。周りから『六花』と呼ばれ、独特の言語で会話をしている。

僕は、その隣りで柱に縛りつけられ、拘束されていた。

「そろそろ準備に入る必要がありそうね。これで証人のいない裁判が開かれ、あなたの大事な彼女は、重い罪を着せられる。そうなれば、もう、あの魔女のような恐ろしい能力も使えなくなる。これは、平和な世の中にするために必要な裁判なの」

テープで塞がれていて、口を開くことができない。ひたすら六花の顔を睨み続けることしかできなかった。

彼女は、僕がずっと追ってきた人物。

血柱が出るほど、憎い人物。

その人物が今、目の前に立っている。

しかし、何もできない、最悪な状況。

何か周りに知らせる方法はないか、僕はずっと模索していた。
 



老舗和菓子屋の女性は、ハジメの睨んだ通り、麻也の事件と繋がっていた。

ハジメは、麻也と同じように狙われ、事故に見せかけられた。そのまま、ハジメは意識を失い、緊急搬送されていた。

搬送された病室の前には若手の警察官が立っている。

彼は、入り口から、酸素ボンベをしたまま目を閉じるハジメを見つめていた。

「千代さんは、証言台に立たされることになりました。あなたの代わりに私が証人になります」
 



「ニュースになっていた警察官の行方を言い当てた霊能者がいるらしい」
「また新たな霊能者が現れた! 本物か?」
「六花模様に御利益あるって。六花模様って何?」

千代が起訴されたことを受け、六花という霊能者の名前が広がると、新たな情報が流れた。

「18年前に殺された警察官の所在を突き止めた」

警察がそこへ向かうと、情報の通り、警察官が工場跡地の倉庫で遺体が見つかった。

この情報は、すぐに報道され、一気に拡散された。

もちろん、これは偽情報。

六花と警察が組んで、仕掛けたものだった。

「六花の模様を身につけると運気が上がる」
「法廷へ六花を連れていけば裁判官はいらなくなる」

警察に事件を解決させるより、六花に任せたほうが良いと、ネット上で盛り上がった。

その後、六花の姿が、SNS上で拡散された。

「六花、本当に警察署へ向かったらしい」

パトカーに乗る六花の着物姿が写真付きでアップされた。

「霊能者同士の直接対決が見られる」

噂が噂を呼び、公判の傍聴席を取るために、前日から長蛇の列ができた。

その光景をこぞってマスコミが報道すると、千代の公判は、瞬く間に『歴史的霊能者対決』というキャッフレーズとともに全国へ広がった。
  



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早坂 渚
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