ユダヤ人との繋がり!?日本の神社とイスラエルの神殿には共通点がある🌈
日本には、昔から、神様をお祀りする場所がいくつもありました。
もともと『神社』と呼ばれる建物はなく、大本や巨岩がある山一つ一つが、
「神様が降りられる(鎮座される)場所」
とされていたんです。
やがて、そこに臨時の祭場を設けるようになり、さらに風雨をしのぐために、建物が設けられました。
こうして、現在の神社の形態がつくられていったんです。
日本の神社のルーツは、一体どこにあるのでしょうか?
私たちは、神社で御参りをするとき、パンパンと柏を打ちます。
その場の氣を祓い、神様へ自分の気持ちを通しやすくするためです。
この日本の風習と似た風習が、古代イスラエルにありました。
古代イスラエルにおいて、手を叩く行為は、
「私は約束します。そして、誓約します」
という意味を持つ行為。
日本においても、
「私はこうなりたい。だからこう誓約します」
と誓う行為とされており、
「本当は、神社そのものがイスラエルから来たものなのではないか?」
とも言われているんです。
そんな古代イスラエルの人々が手を叩いていた場所。
それが、旧約聖書に登場する移動式の神殿『幕屋(まくや)』。
イスラエルの人々にとって、この神殿は、「神が在する移動式の聖所」。
聖所とは、一般の人が入ることができない『神の座』。
日本の神社に近い存在です。
幕屋と日本の神社にはいくつか共通点があります。
門は東側にあり、門を入った前庭の中央には、生贄となる動物を焼くための祭壇が置かれています。
『洗盤』と呼ばれる、手水舎に似た場所もあり、幕屋で仕える祭司たちがここで水を浴び、手を清めていました。
さらに、聖所と聖所でない場所を仕切るための垂れ幕もあり、祭司たちは毎日、聖所へ入る際、この幕を通って、聖所での務めを行っていたといいます。
入り口を垂れ幕で隠すのも神社と同じです。
そして、聖所の前には、契約の箱が置かれ、その中には『十戒が刻まれた石の板』『マナの入った金のつぼ』『芽を出したアロンの杖』が保管されていたと言われています。
年に一度だけ、大祭司のみがこの聖所に入り、イスラエルの民の罪を贖います。
契約の箱の上に主の臨在があり、そこから神様に語りかけていたそうです。
他にも、純金でできた豪華な『燭台(しょくだい)』や『香壇(こうだん)』もあり、線香をあげるような場所まであったと言われています。
ちなみに、神社の鳥居は、
「古代イスラエルの民家の玄関口と同じ構造をしている」
このように言われており、ヘブライ語にも『トリイ』という言葉があります。
「門」という意味で使われていたそうです。
さらに、イスラエルのメズサ(護符)と日本のお守りもは、形がよく似ています。
もしかすると、起源が定かでない日本の神道にも、
「かつてユダヤ教を信仰していた」
「日本人とユダヤ人が過去に繋がっていた」
こういった歴史的背景があったのかもしれませんね😌
最後まで読んでいただきありがとうございました🌈