犯人はヤス、-終焉-|第17話|神楽
鎌倉時代から続いていた、都を移す歴史。
平安京へ都を移した年は、三人の能力者が生まれた年でもあった。
古代につくられた都は、いずれも短命。
平安京が長く続いた要因は、この三人の能力者にあるといわれている。
松明で囲まれた広い庭。
そこに、二つの神楽の舞台が、左右対称に建てられている。
4階建て相当の木製の高床式神楽が二つ。
左の神楽には『伊弉諾』、右の神楽には『天照』の文字があしらわれており、能で使用される和柄の暖簾がそれぞれ飾られている。
安が、門を潜り、進むと見えてきた、この神楽の舞台。
左の神楽の中央には、一人の女性が佇んでいる。
その女性は、金色の刺繍があしらわれたレースの衣装を身に纏っている。
「母さん……」
安は、この時、初めて母親と対峙した。
右の神楽の中央では、サヤが、安の母親と同じレースの衣装を身に纏い、冷たい目で遠くを見ている。
よく見ると、サヤは、中央の柱に縛り付けられている。
安が来ても、一切微動だにしない二人。
二人の耳飾りが、風に靡いて、揺れている。
正面に立つ安と目線を合わせることなく、ただ遠くを見つめる二人。
(記憶を消されているのか?)
しばらくすると、防弾ガラスに囲われた、昔の灯台のような場所から文屋長官が現れた。
太鼓の音が鳴り響く。
そして、神楽へ続く導火線に火がつけられた。
炎が、二人がいる神楽へと近づいていく。
当然、安は助けに向かう。
火の速さから見て、猶予は15分。
その間に二人を助け出さなければならない。
皮肉にも頭によぎる最悪のシナリオ。逃げ続けたことによる体力の消耗。これらが余計に、安の動きを空回りさせる。
それに輪をかけるように、神楽の両端から、20人ほどの警察官が現れた。
この警察官たちは皆、周波数により洗脳され、曲がった正義感のもと動いている。
神楽に近づく炎と安の間に立ちはかだる警察官たち。ゆっくりと進み、安を追い込んでいく。
少しずつ後退りをする安。
その時だった。
「安!!」
入り口の門から、古谷警部を筆頭に、悟、三輪警部補、蓮、赤の5人が現れた。
5人は瞬時に、この状況を把握した。
古谷警部、蓮、三輪警部補の3人は、左右に分かれ、警察官たちに向けて発砲。
警察官たちを左右に散らす作戦だ。
その間に、悟が、安の周りにいる警察官たちへ向け、発泡しながら、安がいる神楽へと向かう。
ほんの少し中央が開き、階段が見えた。
「安! 昇れ!!」
安は振り向き、そのまま中央の階段を昇り始めた。
銃声が鳴り響く。
すぐに悟も、安を追いかける。
古谷警部たちは、神楽から少し離れた場所で銃撃を開始した。安に当たらないように、慎重に警察官たちを狙う。
すると、警察官たちの動きが明らかに鈍くなり、周りを見渡す警察官も現れ始めた。
「古谷警部、効果が現れ始めました」
「赤、よくやった」
実は、赤が、警察官たちをコントロールしている周波数を逆手に取り、パソコンから、高周波音を大音量で流していたのだ。
人間には、決して聞こえない高い音域。
この音が警察官の耳へと入り込み、周波数を妨害し、コントロールが効かなくなっていたのだ。
これは、悟たちにとって、千載一遇のチャンス。
と、思われたその時。
左の神楽から聞こえてくる、優しい歌声。
見ると、安の母親が、悲しみに満ちたアイヌ音楽を歌っていた。
その美しい歌声に、全員の動きが止まる。
しかし、
「やばい……気分が……」
「蓮! しっかりしろ!」
実は、安の母親、生まれつき『闇特性』の声帯の持ち主。
文屋長官はこれまで、この彼女の声帯を利用し、人々をコントロールしてきた。
彼女の歌声を聴き、再び凶暴化する警察官たち。
赤が用意した高周波音でさえ、この歌声を妨げることには出来ない。全員、耳を塞ぐが、骨を通じて伝わってくる歌声に、意識が奪われる。
そこで、橋本が動いた。
あらかじめ、松明の周りにセットしておいた花火を一斉に打ち上げたのだ。
爆音で鳴り続ける花火。
堕ちかけていた悟たちの意識が、戻り始めた。
同時に、サヤの目の色も戻り始める。
周りを確認し、自分が置かれている状況を瞬時に把握したサヤ。
「安くん!」
「サヤ! 大丈夫か? 今助けに行くから!」
「私は大丈夫! 早くお母さんを助けて!」
花火が上がった後も歌い続ける、安の母親。
彼女だけは、なぜか意識が戻らない。
サヤは、安の母親のコントロールを諦め、警察官のコントロールに専念した。
サヤが、パソコンを遠隔で操作し、高周波音の波を激しくしていく。
悟たちに応戦するサヤと歌い続ける安の母親。
二人の姿はまるで、月詠と天照のように神同士が争いをしているかのようだった。
こうしている間にも、燃え盛る炎が二人に襲いかかる。
安は、階段を昇り切り、神楽の舞台に足を踏み入れた。
すると、コントロールされていた警察官たちが、一斉に跪き始めた。
この安が、足を踏み入れた場所。
そこは、安が自ら作り上げた五芒星の中心だった。つまり、結界の中心。
警察官たちの動きが止まったのは、古谷警部と蓮が、あらかじめ五芒星を使い、術を解いていたから。
亡くなった右京が二人に残した秘伝の書を読み解き、浄化の術を施していたのだ。
これにより、警察官たちが次々と目覚め始める。
そして、動きが止まる警察官たち。
古谷警部が声を掛ける。
「お前ら、人が目の前で焼かれようとしているのに、感情はないのか! 今、お前たちがやらなければいけないのは、あの火を消すことだろ!!」
怒りに満ちた古谷警部の怒号。
これにより、完全に目覚めた警察官たち。
急いで、各自、消火活動にあたる。
文屋長官は、未だに表情一つ変えることなく、真上から、安を見下ろし続けていた。
安は、そのまま中央の階段を駆け上がる。
燃え盛る手すり。
火の粉を振り払いながら、走り抜ける。
その間も、目覚めた警察官たちが、必死に消火活動を行う。
未だに、目覚めない母親。
少し遅れて、悟も階段を昇り始めた。
安が、神楽に着いて数分。すでに、階段が燃え盛り、今にも崩れそうだ。
母親のいる神楽の方が、サヤのいる神楽に比べ、少しだけ火の手が早い。
焦る悟。
今度は、自分の足元が崩れ始める。
手すりがバチバチと音を立てながら、剥がれ落ちる。
よろめきながらも、悟は階段を駆け上がった。数歩後ろの階段が、次々と崩れ落ちていく。
この時点で、安と悟には、母親とサヤを救う手立てはなくなっていた。
もしよろしければサポートをお願いします😌🌈