傍聴席のカケラ|最終話|逆転
3人の裁判官の目は、明らかに霊能者の目。
特に真ん中に座る裁判長は、悪魔に魂を売ったような鋭い目をしている。
これは、純粋に、人間による裁判ではない。
私が18年前に団体を一つ潰したという、嘘の証言。
裁判官たちは、あたかも六花が被害者であるかのように見せかけ、この裁判をコントロールしている。
18年前の山での記憶。私は当時、まだ7歳。
幼いながらも、危険が迫っていることに気づき、崖から飛び降りた。それにより、霊格の高さが浮き彫りになってしまった。
彼らにとって、この裁判は、私に妬みや恨みをぶつける、絶好のチャンス。
この日が来るのをずっと待ち望んでいたに違いない。
「千代は、悪魔の子です。18年も行方を眩まし、結果、兄妹である麻也を殺した。私を殺さなかったのは、警察官殺人事件の犯人に仕立て上げるためです」
六花は、私が計画した犯行であると供述した。
「あなたには、子どもに対する愛情はないのですか? 今の発言は、実の娘に対して使う言葉ではない! 本当に、あなたが母親なら、目の前にいる娘を助けるべきだ。本当の悪魔は、六花さん、あなたです!!」
当然、山村弁護士は反論した。
「被害者の花瀬麻也は、宗教団体を追っていました。そして殺された。彼女は、嘘を並べて、娘を陥れようとしています。これこそ、自ら犯人と名乗り出ているようなもの。六花さん、あなたが私の息子を殺したのではないんですか?」
「弁護人! 私情は慎んでください。見苦しいですよ」
裁判長は、山村弁護士の訴えを退けた。
その後も、山村弁護士は、何度も異議を申し立てたが、流れが変わることはなかった。
全て、六花の計画通り。月下検察官と若手の警察官、裁判長とともに、18年かけて立てた計画。
能力を否定し、その能力を自分の欲望のために使う。
これが人間の悪しき実態。
「被告人。あなたが、この事件の犯人であることはほぼ確実です。そろそろ罪を認めてくれませんか? それとも、無実を証明できるものがまだ何かあるのでしょうか?」
見えている真実が全て、人のためになるとは限らない。
そんなこと、霊能者の私が一番よく分かっている。
人は、嘘をつく生き物。
山村弁護士は、隣にいる私の手を取り、こう言った。
「すみません。どうやらここまでのようです」
私は、絶望感に苛まれた。
その時だった。
突然、法廷内が真っ暗になり、証言台に立つ私にだけ光が当たった。
遠くから足音が聞こえてくる。
「あなたの使命、お忘れですか?」
一人の女性が目の前に現れると、彼女はこう言った。
「あなたは今、ここにいる全ての人間が敵に見えているのではないですか?」
私が見る限り、年齢は、まだ12~13歳ぐらい。髪は長く、どこか不思議な雰囲気を醸し出す、おかっぱ頭の女の子。
彼女の声が、私の潜在意識へアプローチしてくる。
7歳の時、山で危険を知らせてくれた、あの女の子。
神主の神社で、私が意識が朦朧としている中、私の守護霊に台本を渡していた女の子。
全てを諦めかけていた私に、ようやく舞い降りた希望。
「まさか……」
振り返ると、その女性はいなくなっていた。
今、最も大事なこと。
それは、私が、ここにいる誰よりも霊格の高い霊能者であるということ。
私は、ここまでその能力を使ってこなかった。
今こそ、使うべきではないのか。
能力を使うことが使命を果たすことにも繋がると、私はようやく気づいた。
「どうかされましたか?」
「私は、霊能者です。これまで、相手方の証言をずっと聞いておりましたが、証人である母、六花の証言には嘘の証言があります……」
静まり返る法廷内。
「被害者である花瀬麻也は、殺されてなんかいません。なぜなら、彼はこの法廷内にいるからです」
その瞬間、傍聴人やマスコミが一斉に、周りを見渡し始めた。
「最後にもう一度、被告人に問います。これまでの発言に嘘偽りはないと、ここで誓えますか?」
「はい。誓います」
私は、言い切った。
すると、傍聴席から席を立つ音が聞こえた。
振り返ると、一番隅に座っていた男性が立っているのが見えた。
帽子を目深に被っている。
その男性は、私の近くまで歩み寄ると、ゆっくり帽子を取った。
「お前……なぜ生きている?」
「これはこれは、私を殺そうとした警察官ではありませんか。驚きましたよ、あなたまでそちらのお仲間だったとはね。まずは、皆さんにこちらの写真をご覧いただきましょう」
法廷に現れたのは、ハジメだった。
彼は、事故で入院した後、危険を察知し、別の人間とすり替わっていた。
そして、若手の警察官が酸素マスクを外したところを、証拠として、写真に収めていた。
「あなたは、私が証言台に立てないようにするために殺害しようと、犯行に及んだ。ここにいる検察官と、六花さん、あなたの目論みでね。もちろん、これだけではありません。証人の方々、こちらへいらしてください」
すると、傍聴人が次々と立ち上がり、近寄ってきた。
「ここにいる方は全員、彼女から水晶を買わされた人たちです。その中にいる、この女性は、被告人の水島千代に助けられています」
「私は、千代さんが嘘をつく方とは思えません。あの六花という女性に騙され、落ちていたところを助けてくれた命の恩人です」
よく見ると、傍聴席を埋め尽くしていたのは、これまで、私に占いを依頼してくれた人たちだった。
その事に、ここまで全く気づかなかった。
「騙されるな!! 千代、お前は私を陥れようと、彼らを洗脳したんだろ!」
「六花さん、ついに本性を現しましたね。あなたのこれまでの証言、これでもまだ嘘偽りはないと言い切れますか?」
すると、
「よく頑張りましたね、千代さん」
その声を聞いて、自然と涙が溢れた。
傍聴席の一番後ろに座っていた男性が立ち上がり、姿を現した。
やはり、麻也は生きていた。
「裁判長、私が被害者である花瀬麻也です。私は、母である六花に捕まり、ハジメ警部に助けられました」
「証人の六花さん……これは一体、どういうことですか?」
六花と裁判長の関係もこれで完全に切れたようだ。
麻也の登場により、六花は、言い逃れができなくなった。
記者やマスコミは、判決が出る前に、『霊能者同士の逆転裁判』と題し、一斉に報じた。
私の無実は証明され、麻也との使命をようやく果たすことができた。
「……私に兄妹がいたなんて、知りませんでした」
「すみません。もっと早く伝えるべきでした。言い訳にはなってしまいますが、とにかく千代さんを守りたかったんです……」
麻也は、18年前のことを全て話してくれた。
実は、当時から、六花の行動に違和感を感じていた麻也。
そんな時、私が山へ連れられ、宗教団体に売られそうになっていることを知った麻也は、黒いバンで現場に向かい、六花にお金を渡し、私を守ろうとした。
しかし、私は、黒い服の男が兄妹であると気づかず、崖から飛び降りてしまった。
そう、18年前に、私と麻也はすでに会っていたのだ。
「ずっと……ずっと、僕はあなたを探していました。こんな使命に巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません」
「……そうだったんですね。もっと早く知っていれば……。でも、麻也さんが兄妹で本当に良かったです」
「もう二度とあなたを苦しめるようなことをしません。これからも二人で力を合わせて頑張りましょう! 改めて、これからもよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします」
私たちは、こうして新たな門出を迎えた。
ここから始まる二人の物語。
神すら知る由もない。
私は、白無垢姿の自分の映像を眺めながら、今後の二人の未来を頭に思い浮かべていた。
傍聴席のカケラ ー完ー