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傍聴席のカケラ|第3話|始まり
「この度は、ご依頼いただきありがとうございます」
私は、都内で一人暮らしをする20代女性からの依頼で、渋谷区のアパートに来ていた。
6畳も満たないワンルームに、青色のソファーと、さまざまな種類の帽子が掛けられたおしゃれなポールハンガー。
ごく一般的な可愛らしいお部屋だ。
しかし、依頼主の女性は痩せ細り、背中が丸まっている。そのせいか、年齢の割に、表情に覇気が感じられない。
私と同世代の彼女。
本来なら、化粧やファッションを楽しむ年齢。
なのに、髪の毛はボサボサ。化粧すらしていない。どこか人生を諦めているようにさえ見える。
「地元の熊本から引っ越してきて、まだ4ヶ月しか経っていないのですが、……仕事もプライベートも上手くいかなくて。私は、このまま、ここで生活していても大丈夫なのでしょうか?」
彼女の悩みは、思っていたより、シンプルだった。
これまで多くの依頼を受けてきたが、今回は、あまり時間をかけずに解決できそうだ。
いつものように部屋中を隈なく霊視する。
しかし、霊視がギクシャクしてしまう。
その原因は、隣にいる男にあった。
私は、あれから悩みに悩んだが、今まで通り依頼を受けるだけで良いと言われ、断りきれず、今日から麻也と一緒に依頼を受けることになった。
6畳の狭い部屋に3人。
ソファーがあるにも関わらず、3人とも床に座っている。
こんな状況で、霊視に集中などできるわけがない。
それでも、彼女の依頼に応えるべく、私は目を瞑り、霊視を始めた。
「帽子屋のブティックでアルバイトをされていらっしゃるのですね?」
「はい」
「この部屋は、特に問題ありません。変わった様子も見られないので、ご安心ください。恐らく、色々と上手くいかないのは、心が不安定になっているからだと思われます」
「そうですか……。何も考えずに上京してきて、すぐここに決めてしまったので、この部屋に問題があるのかと……。でも、先生の話を聞いて、安心しました。ありがとうございます」
女性は、そっと胸を撫で下ろした。
その様子を見て、麻也が口を開いた。
「千代さん、彼女の仕事先はどうでしょう?」
この質問で、再び彼女の表情が曇り始めた。
「そうですね……。あなたは、断れない性格をしています。それが、お仕事にも影響が出てしまっているかもしれません。ここに飾られた帽子たちは、ご自分の意思で買われたものですか?」
「違います。実は、ここ最近、店全体のノルマが達成できなくて、まだアルバイトなのに、店長が私に買わせようとしてくるんです。それが断れなくて……」
彼女の悩みの原因は、部屋ではなく、バイト先だった。
もちろん、そんな店、今すぐにでも辞めたほうが良いとアドバイスをしたい。
しかし、彼女を護っている守護霊が、
「この子はまだ経験が浅い。もう少し経験を積ませてから、次の環境に進ませてあげたい」
と、首を横に振りながら、メッセージを送ってきた。
そのため、私は、別の回答を模索していた。
「では、バイト先を変えれば良いのではないでしょうか? ねぇ、千代さん?」
私が模索している間に、麻也が、思いつきでペラペラと話してしまったおかげで、彼女の不安を煽り、同時に守護霊の怒りを買う結果になってしまった。
私は、女性が目線を逸らした隙に、麻也を睨みつけた。
私の表情に気づいた麻也は、ようやく守護霊の存在に気づいたようだ。
占いの依頼は、あくまで本人が主体。
守護霊は、本人の意向を汲み、今後の人生に必要なことを学ばせながら、私たちを護ってくれている。
我々は、それを無視して、アドバイスすることはできない。
ましてや、私のような占い師が、彼女の人生を決めるなど、以ての外。
これを念頭に置きながら、依頼を受け、依頼主を正しい道へと導くのが、私たちの役目。
麻也が軽い気持ちで発した言葉が、さらに依頼主の不安を煽る結果となってしまった。
「バイト先を辞めるのは簡単なことです。今そこで働いているのも、あなたの運命かもしれません。辛い経験をされている中、恐縮ですが、今一度ご自分の弱さと向き合い、断る勇気をお持ちいただくのはいかがでしょうか。それによって、仕事の運気も良い方向へ変わっていくはずです」
できるだけ丁寧な口調で、親身に話すのを心掛けた。私の言葉は、依頼主に届いているのだろうか。
急に不安になってきた。
その空気を察してか、麻也が話し始めた。
「いくつになっても、努力したことは報われます。私と千代さんは、あなたの味方です。頑張ってください」
麻也の言葉には、言霊が宿っている。
「ありがとうございます。もう少し、頑張ってみようと思います。二人にお会いしていなければ、地元に帰っているところでした。困っているところを助けていただき、ありがとうございました」
彼女の目に光が入っていくのが見えて、ほっとした。
こうして、ギクシャクしながらも、二人で行う初めての依頼を終えた。
帰り道、どこか空気が重たい。
「先程はすみません」
「いえ、気にしてませんので」
私は、長年見返りなく、占い師を努めてきた。明らかに足手まといの彼をすぐに許せるほど、平坦な道のりではなかった。
今回は、たまたま依頼主が柔軟な性格だったから良かっただけ。
年齢差など関係ない。
私と麻也は、すでに師弟関係のようなもの。
私たちは、そのまま横に並ぶことなく、それぞれの家路についた。
次の日の朝、私は、顔を洗いながら、昨日のことを反省していた。
麻也からすれば、職業柄、ただすぐに受け答えをしなければならないと、慌ててしまっただけ。
それをいきなり直せというのは、彼のこれまでのキャリアを否定することになる。
「早くも、関係悪化か……」
今日は、仕事が休みのため、朝から晩まで占いの依頼がつまっている。
窓を開け、朝のきれいな空気を部屋に取り入れた。すると、太陽の光が、クローゼットに向かって差し込んできた。
それに釣られ、私は、クローゼットの前に掛かっている灰色の無地のワンピースを眺めた。
ここで一つ、私は、ある決断をした。
今日は、朝9時半に駅で待ち合わせ。
家にいても落ち着かず、30分前に来てしまった。
「足手まといになるぐらいであれば、身を引きなさい」
昨日、千代と別れた後、守護霊に説教されてしまった。どのように、千代に謝ればいいか分からず、夜も眠れなかった。
使命を受けてから、ようやく会えた彼女。
守護霊には、こんなことまで言われてしまった。
「明らかに自分よりも霊格者である彼女に、ここで嫌われるようなことがあれば、人生が転落する」
僕は、昨日のことを思い出しながら、ひたすら地面と会話していた。
「お待たせしました」
「あっ、すみません、気づかず……。千代さん?」
千代を見て、僕は驚いた。
ピンクのフリルニットに白のレーススカート、しっかり化粧までしている。
昨日とはまるで別人だ。
僕が困惑していると、千代から頭を下げてきた。
「昨日はごめんなさい。空気が読めなくて」
「いえいえ、こちらこそ! それよりも、千代さん、何か雰囲気変わられました?」
「今日は、服装を変えてみたんです。あれから、色々と反省しまして」
「すごくお似合いです。そもそも反省するのは私のほうです。今後は、千代さんの足手まといにならないよう努めます」
僕は、お互いの守護霊が握手を交わしているのを見て、少し安心した。
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![早坂 渚](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/168143166/profile_c2e9dbf35cc54996d9a2da7c57423fa6.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)