大正スピカ-八咫烏の選別-|第7話|滅日
能力を持つ者は成人後、一定の年月を経て、現実世界へ解き放たれる。
表と裏、両方の世界を知り、初めて、世の為人の為になるのだ。
通常、霊能者は、24〜27歳でその分岐点が来る。
これは、算命学でも表されていること。人は、8の倍数、9の倍数で、新たな節目が来る。
つまり、三度目の節目に、能力の分岐点が来るということになるのだ。
神主は、店に入った時から、鈴子がその分岐点にいる人間だと、すぐに分かった。
にもかかわらず、鈴子は見えざる者を迎え入れていたのだ。
神主はすぐ、鈴子を呼んだ。
「あの者は人間ではない。離れたほうがいい」
小声で伝えた。
すると、
「お客様も見えるのですね。人ではないことは承知の上で招いているので、安心してください。訳あって亡くなられた方は、生前生後、愛を与えられていない方がほとんど。こうして、少しでも浄化の手伝いとなればと……。おかしいですよね」
その純粋な言葉に、神主は驚いた。
欲なく育ち、誰かに学ぶわけでもなく、ここまで孤独に生きてきた。
そんな生き方をしてきた者にしか醸し出すことのできないオーラが、鈴子には纏っていた。
「私は、京都で神主をしている者です。ここから、そう遠くはありません。一度いらしてください。二、三、お話ししたい事もございますので」
鈴子は、神主のいる京都の神社を訪れた。
そこで、神主は、鈴子が持っている透視能力が、未来型であることを知った。
「希少な能力を授けられている以上、あなたには使命がございます。天命に命を捧げる覚悟があれば、私が、奉仕の道へ向かうお手伝いをさせていただきます」
「天命であれば、私はとっくに導かれる運命にあったはずです。その証拠に、未来が見えていても伝えてはならぬと、守護する者から言われているのです」
「伝える側ではないと申されるのですね。なら、伺いますが、もし透視した未来を伝えてしまったら、どうなるのでしょうか?」
「その者が通るはずであった分岐点が変わり、辛い運命に変えられてしまいます。そして、私にもその余波が参ります。つまり、未来を先に伝えることによって得られる利得など、この世に存在しないということです」
驚いた。
本物の能力者のみが知り得る、未来の仕組み。
それは、少しでも未来が読み解けるよう、算命学を学んできた神主にとって、それが恥ずべき事のように感じる程の内容だった。
この出会いもまた、運命。
そう確信した神主は、後に、鈴子と裕次郎を連れて、熊本の村を訪れることになる。
警備にあたる村人たちに、神主が声をかける。
神主は、鈴子の自宅に来ていた。
「少し水を撒くのを手伝ってもらえますか? 今日は湿度が高いので、庭が緩んでいても不思議に思うことはないでしょう」
二つの事件も、昨日のボヤ騒ぎも、何一つ手ががりがない。
犯人が来た形跡を掴みやすくするため、あらゆる場所を足跡が付きやすい状態にする作戦に出た。
この作戦は、他の村人たちにも伝達され、村にある全ての庭や畑に、水が撒かれた。
そして、村人たちには、同じ靴を履いてもらった。事前に、神主が用意していた長靴だ。
滅日に合わせ、揃えておいた物だった。
当日まで誰にも伝えていなかった神主の作戦が、後にある進展を生むことになる。
滅日と言われていたが、この日は、特に問題は起こらなかった。
実は、滅日と伝えた張本人である神主には、一つ隠していたことがある。
「もし、村人の中に犯人がいるとすれば、当然、滅日を避け、行動するはず。本当の滅日は、昼夜問わず警戒し、村人たちが疲れ切った、次の日です」
神主の予想通り、次の日、事件は起きた。
あえて村長にも知らせていない本当の滅日。
神主は、三人の駐在員にこっそり依頼をかけ、夜間の巡回をさせていた。
一人の駐在員が、鈴子の自宅にある庭の泥濘に大量の足跡があるのに気付いた。
すぐに合図を行い、火の見櫓の鐘を鳴らした。
鐘の音が、村中に響き渡る。
その鐘の音に驚いたのか、となりの家から何者かが一目散に逃げる音がした。
駐在員は、それを聞き逃さなかった。
一人が道を塞ぎ、もう一人が挟み込む。松明を向けると、泥まみれになった4人組の男たちが姿を現した。
警棒で威嚇する駐在員。
しかし、4人とも、スコップのような刃物を所持していた。
駐在員がひるんだ隙に、一人の男が脇道へ逃げていく。それを追うように逃げようとする3人に、駐在員が警棒を投げ込んだ。
その警棒が一人の男に命中し、捕らえることに成功。しかし、他の3人は山奥へ逃げてしまった。
縄で両腕を縛り付け、畑に顔を抑えつける。
飛び起きた村人たちが、集まり始めたところに、神主も到着した。
顔を袋で覆う犯人。
村人たちが見守る中、神主が袋を取り、松明を当てた。
「見たことのない顔だな。村の人間ではない」
誰もが心当たりのない顔だった。
「庭に複数、穴が開けられているぞ!」
駆けつけた村人が、神主に伝えた。
「お前の目的は何だ! 答えろ!!」
応じる気配のない犯人。
「身柄は明け方まで、私が引き取ります。この者は、政府関係者です。裏で、大きな組織が絡んでいる可能性があります。駐在員さん、明日の朝までには、身柄を必ずお返しします。村の安全のためにもどうか、私の頼みを受けていただけませんでしょうか」
かつて、京都に住んでいた神主。
過去に面識のある男だった。
その後、やりとりを続けていくうちに、駐在員と村人たちは、政府と警察との関わりについて詳しい神主の言葉を信用し始めた。
「……分かりました。念のため、吉見神社の周りを護衛させていただきます。その上で、分かった事があれば、全て、私たちにお話しすると約束してください。これを条件に、彼の身柄を一度お渡しします」
「ありがとうございます」
駐在員が捕まえた犯人を、吉見神社の境内まで連れていき、村人たちと駐在員は、神社の周りを覆うように護衛についた。
神主はまず、男の身柄を本殿へと移した。
この時代、政府関係者は、神職と深い関わりを持っていた。そのため、神の前で嘘偽りを話すことが、いかに愚かな行為かは、この男も理解していると踏んだのだ。
白い着物に身を包み、神主は神へ祈りを捧げた。
「この者がもし潔白であれば、口を閉ざしても構わぬ。しかし、この者が罪を犯し、今後その罪を大きくするのであれば、ここで自白し、罪を償うことが望ましい。私が問う質問に対し、この者に選択権を与える。その選択に嘘偽りがないか、教え賜う」
神主にも位がある。
宮司という神社の責任者となるためには、功績のある顕著な人間からの推薦を受け、さらに、神社本庁の役員会の承認を得なければならない。
その神主の位を、一目で見分ける方法がある。
それが、袴の色だ。
階位は、浄・明・正・直の順となっており、高齢神職の浄を除けば、一番位の高い階位は、明になる。
「八藤丸文紫緯白」という明の紫の袴には、白地の紋が入っている。
この袴を、神主は身に着けていた。
「元々優秀な宮司さんが、こんな村にいるとはな……」
彼も、政府関係者。
一目で、神主の位の高さに気付いていたようだ。