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天満月オークション-女神の追憶-|第2話|鼓舞
「おい、誰か、ガスマスクの鍵知らないか?」
壇上の裏では、スタッフたちが走り回っていた。
「テッセン、どうやら、やばい鍵を盗ってきてしまったみたいだな」
「そのようだな」
二人は、天井にあるスポットライトの脇に身を潜め、真上からその様子を眺めていた。
次々に運ばれてくるオークションの出品物。
そのサイズが大きければ大きいほど、会場がざわつく。
自動車や家電製品の部品が多く、食べ物や資源など、重要度の高い物はほとんど見当たらない。
二人は、普段なかなか見られない品々が出品されると思っていたばかりに、ショックが隠しきれなかった。
「こんなガラクタのために集まるなんて、大人は何を考えているんだ? こんな物より、何か食い物でも出てくるのかと思ってた」
二人にとって、このアルバイトは、サプリメントを貰うためだけに働いているようなもの。
いつもは、壊れた車の中で、椅子を倒し、砂漠の砂嵐の影響を受けないように時間を潰しながら、ただ生きているだけ。
楽しみなど一つもない。
「おい、見ろよ、あれ。何かデカい物が運ばれて来たぞ。これ、もしかして、このオークションの目玉じゃないか?」
二人は、布に包まれた状態で運ばれてきた大きな出品物を目で追っていた。
奥行きはそんなにないが、横幅は、壇上とほぼ同じ大きさ。
すると、会場に集まる大人たちがターバンを脱ぎ、一斉に頭を下げ始めた。
この巨大な出品物に何か意味があるのか。
大人たちが明らかに敬意を表し一礼している。不思議な光景だった。
ただ、二人が驚いたのは、そこではなかった。
「おい、リノ。何かおかしくないか?」
「ああ。僕たちと全然違う……もしかして……テッセン、ターバンを外せ!」
リノとテッセンは、急いでターバンを外した。
そして、互いを見合った。
「どうしたんだよ、リノ」
「いや、僕たちもああなっているかもと思って」
「俺たちはなってないみたいだな。一体、どういうことだ?」
「分からない。大人になると、みんなああなるということか?」
いつもはターバンを巻いているため、分からなかった。
二人は、この日初めて、大人たちが自分たちとは違う髪色をしていることを知った。
静まり返る会場内。
気付けば、全ての出品物が舞台上に並べられていた。
そこに、オークション主催者であるナスカが現れ、舞台の中央に立ち、マイクを握った。
「よくぞ、遥々お越しくださいました、皆さま。これより、LUNAオークションを開催いたします」
初めて見る大人たちの髪色。
ナスカの髪も金髪だった。
リノは幼い頃、ナグサから、年を取ると髪の色が白くなると聞いていた。だが、金になるとは聞いていなかった。
「今から30年前、我々は、大きな分岐点に立たされました。当時は、当たり前のように生命に溢れていた地球。しかし、人間は、その恵みに気づくことなく、自然を破壊し続けた。その結果、地球の逆鱗に触れ、次々と植物が枯れていきました」
30年前、地球は、すでに緑豊かな状態ではなかったが、今は、植物一つも生えていない、さらに悲惨な状態。
「それでも何もせずにいた者と、危機感を覚え動いた者とで、我々は二つに分けられた。この会場にいる皆さまは、決してあの日のことを忘れたことはないでしょう」
主催者のナスカが右手を挙げる。すると、巨大な出品物の布が外された。
「30年前、一斉に飛び立ち、去っていったあの日を思い出すのです!」
巨大なパネルに、世界の山々から宇宙へ向かって一斉に飛び立つ宇宙船の映像が映し出された。
「世界の9割以上の人間が、あの日、地球から姿を消しました。そう、我々は見捨てられたのです」
リノは、あの日見た、緑豊かな月を思い出した。
自分たちが生まれる前、地球が、あの月のように自然に溢れていたという事実。
なぜ、そのことをナグサは教えてくれなかったのか。
そこが不可解だった。
「おい、どういうことだ、リノ? 俺たちは見捨てられたって言ってるぞ。こんな重要なことを大人は俺たちに隠していたのか? 」
「そうみたいだな」
「だとしたら、ここに並べられている物の意味が分かってきた気がする。一見、ガラクタのように見える鉄の塊。これ、もしかして……」
「それでも、我々は生き抜いてきました。そして、5年前、突然宇宙からある物が降ってきました。それが、ここにある、宇宙船の部品たちです。我々に、宇宙船を組み立て、飛び立つ権利が与えられたのです。その権利を得た者は、この地球に残る最後の人類を救う義務があります。そして、30年前に地球を捨てた人類と接触し、地球を緑豊かな場所に戻させなくてはなりません。その英雄となる者は、果たして、この会場にいるのでしょうか? 最初に飛び立つ勇気ある者よ! ここに並べられた品々を獲得し、我々を救い賜え!!」
決して忘れることのない、大人たちの記憶。
ナスカの呼び掛けに、会場が一つとなり、拳を突き上げながら、大人たちが声を荒げ始めた。
味方に見捨てられた哀しみと怒り。
魂の叫びが、リノたちが身を隠す天井の柱を激しく揺さぶった。
そして、オークションが始まった。
いくつかのグループに分けられ、会場に現れた大人たちが、次々と番号札を掲げて競い合い、宇宙へ旅立つ権利を競り落とす。
過去に飛び立った宇宙船のカケラ。
この枯れ果てた土地から、誰もが、早く抜け出したかった。
欲望に満ちたその姿を、二人は、上から眺めていた。
「あいつら、自分たちが助かりたいだけじゃないのか? 部品を取り合っているのが、そもそもおかしい」
「確かに。みんなで協力したほうが、宇宙船を早く完成させることができる。わざわざ競い合う必要はない。間違ってる」
「もしかすると、このまま、俺たち子どもだけ取り残されるかもしれないな」
「30年前みたいに自分たちだけ飛び立つつもりだよ、きっと」
「そうかもしれないな。やっぱり、リノ、今のうちにここから逃げたほうがいいんじゃないのか? このまま働いていても、俺たちに未来はない」
「テッセンの言う通りかもしれない。このままここにいても、生き続けられる保証は……ちょっと待って、何か様子がおかしい」
次々と競り落とされては、大人たちが落胆する中、一つ、慎重に運ばれる小さな部品があった。
その部品が中央へ運ばれると、一気に空気が変わった。
会場内が静まり返り、小声で話し始める大人たち。そして、ナスカが、白い手袋をして現れた。
「皆さま、今日はお越しくださいまして、本当にありがとうございました。このオークションを初めて5年の月日が経ち、我々一同、最初の英雄が現れるのを今か今かと待ち望んでおりました。そして、ついに、その英雄に相応しい品を出品する時が来ました。これが、今回のオークション最後の出品物になります。こちらをご覧ください」
ナスカが布を取ると、凍り漬けされた透明なケースが現れた。
「こちらは、この地球に残された、最後の植物。偶然、発芽したばかりの状態で発見され、そのまま冷凍保存されたものです。2枚の小さな葉が生えています」
現存する奇跡の植物。
これが、オークションの目玉だった。
草木の生えなくなった地球に、唯一残された植物。怖い物見たさに集まる者も大勢いた。
「我々は、この植物を手に、いつか英雄が宇宙へ飛び立ち、再び帰ってくる日を心待ちにしています。そして、その時、この唯一の植物が、かつての緑豊かな地球を取り戻す種子となるでしょう」
誰もが、その唯一の植物の輝きに見惚れていた。
「リノ、どうかしたか? 身体が震えてるぞ」
「……大丈夫、心配いらない。そういうことだったのか。あの植物は、偶然見つかったたものなんかではない。あれは、僕の大切なおじいちゃんの宝物だ」
「おじいちゃんのって。もしかして……」
「5年前、おじいちゃんから、あの植物を奪い取るために、大人たちが突然押し掛けてきた。あの月を見た直後に……」
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![早坂 渚](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/168143166/profile_c2e9dbf35cc54996d9a2da7c57423fa6.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)