犯人はヤス、-終焉-|第4話|空白
「過去の記憶?」
「俺たちは、常に監視されている。しかも、記憶を取り戻そうとすると、ある方法で思考を止められてしまう」
「もしかして……」
「気付いたか? 音楽だよ。監視役の女は、悟に記憶が戻らないように、定期的に演奏会を開いていたんだ」
「そういえば、昨日のバスツアーでも音楽を流されていたような……」
「バスツアー?」
「はい。先ほど追いかけた占い師と同じ場所にいた、男性の占い師から貰ったんですよ、チケットを。蓮さん、知ってるんじゃないんですか?」
「お前がさっき追いかけたのは女性の占い師だぞ? そもそも、あの場所に占い師を配置したのは今日からだ。そしたらお前が来て……」
「じゃあ、昨日警官に捕まった占い師は、蓮さんとは無関係?」
「女性の占い師ならまだ上にいる。後で聞いてみるか」
たまたま同じ場所にいた占い師だったようだ。
「ただ、お前は過去の記憶がはっきりしてきている。ほとんどの人は昨日のことすらも曖昧だからな。そろそろ本題に入るぞ」
もう一度、蓮は『犯人はヤス、』と書かれた紙を悟に見せた。
「5年前のあの日、お前は中島安と潜水艦で海へ出た。そして、潜水艦は爆発し、お前は海上自衛官に保護された。ここまでの記憶はあるか?」
「はい。爆破したイナンナのことですね。しっかりと覚えています。確かに安と一緒に保護されました」
「では聞くが、そのあと何があった?」
「……」
「中島安は?」
「……」
強く質問する蓮に対し、言葉が出ない悟。
(確かに、保護された後の記憶がない)
「そこなんだ! 俺が今一番気になっているのは。この思考テロに、中島安が関係している可能性が高い」
解決したはずのあの事件。
さっきまで思い出すことすらなかった記憶が蘇り始める。
「そういえば、特別捜査チームのメンバーは、今、どこにいるんですか?」
「親父以外はもう、どこにいるかすら分からない。親父はすぐ側にいるよ。駐在員としてな」
「……家の前の交番! あの駐在員さん、古谷警部だったんですね。でも、何で……」
「それも監視役の作戦だろ。お前が、親父に話しかけたりしないかを見るためにな。ただ問題なのが、その親父だ。厄介なことに、過去の記憶だけでなく、何もかも忘れちまってるみたいなんだ」
「何もかも?」
「名前も人格もすべてだ」
「そこまでですか……」
「この思考テロにはきっかけがある」
「きっかけ?」
「花火だ。太平洋冲で潜水艦とイナンナが爆発した時、巨大な水柱が上がった。地面が大きく揺れるほどの衝撃とともにな。その爆発と同時に22箇所で花火が上がった。それを俺たちも眺めていたんだが、全員そこからの記憶がない」
「22箇所で上がった花火って、もしかして……」
壁に貼られた日本地図上に、複数の赤いピンが刺さっている。
「あの日、同時に開催されていた22箇所の神社祭りで花火が打ち上げられた。その花火は、ただの打ち上げ花火なんかじゃない。人間の記憶をなくす特別な細工が施された花火だったんだよ。しかも、22箇所の神社を調査した結果、花火はすべて神輿の中から打ち上げられていた」
「神輿の中の爆弾はすべて解除したはず……」
「そう。つまり、イナンナではなく、別の誰かが設置した可能性が高い」
揺れる電車の車内。
フードを深く被り、辺りを見渡す一人の男。
隣の車両から警察官が入ってくるのに気付き、顔を伏せる。
「まもなく到着いたします。お出口は右側です」
一人一人の顔を覗き込む警察官。
少しずつフードの男に、近づく。
すると、携帯の着信音が、警察官の後方から鳴った。
振り向く警察官。
その間に、人混みに紛れ、ドアの前に立ったフードの男。
誰もいない座席の下にあった携帯を拾い上げ、辺りを見渡す警察官。
「おい、待ちなさい!」
不審な動きをするフードの男に気付き、追いかける。
到着間際、電光掲示板がなぜか乗り換え案内に変わった。
そして、その文字が化け始める。
《しゃがめ》
指示通り、頭を両手で押さえしゃがみこむフードの男。
その瞬間、電車が脱線し、すれ違う電車に激しくぶつかった。
パニックになる乗客たち。
そのはずみで電車が傾き、電車は走ったまま左車輪が外れ、横転し、駅のホームを擦りながら激しく音と火花を散らし、停車した。
しゃがんだフードの男以外の乗客は弾き飛ばされ、悲鳴を上げている。
すると、フードの男の前の扉だけが開いた。
警察官が身動きをとれない状態になっているのを確認すると、フードの男は、扉から出て、線路の上を走って逃げていった。
「別の誰か?」
「そう。それが、警察内部の人間の可能性が高い。これを見てほしい」
地図上には、赤いピンとは別に、神社やお寺が赤いマーカーで塗りつぶされていた。
「俺が、透視で確認した神社と寺だ。ここは、すでに警官が住みついている。何かを守るようにな。もちろん22箇所の神社も全て警官だらけだ」
「それで春留神社にも警官がいたんですね……」
「この事件を解決するためには、もう一度、親父だけでなくチーム全員の記憶を呼び覚ます必要がある、現在、記憶が戻っているのは、田中警部だけだ。田中警部は、記憶が戻るとすぐ協力してくれた。今、重要人物の身柄を拘束し、名港水族館へ向かっている」
「重要人物?」
「橋本だよ。春留神社祭りの前に、22箇所の神社へ『犯人はヤス、』の張り紙を貼らせたあいつだ。田中警部が、事情聴取している。橋本から花火の仕組みや情報を聞き出し、この思考テロを暴く。この後合流するから、その前に、悟を占い師に見てもらうか……ちょっと待ってろ」
占い師を呼びに上の階へ向かう。
「敵だ! アジトがバレた!」
占い師は、上の部屋で俯き、血を流していた。
蓮は、銃を構えながら、ポケットからリモコンを取り出した。
すると、悟のいる隠し部屋の扉が閉まり始めた。
「蓮さん!」
「大丈夫、お前は捕まらない」
扉が閉まる瞬間、蓮が指で『14』と合図したのが見えた。
『14』の意味。すぐに地図を探る。
その番号がふられている場所は、名港水族館だった。
(ここが田中警部との集合場所……)
悟を守り、一人集中する蓮。
すると、上から煙幕が投下され、二人の警察官が入ってきた。
蓮は、すぐに一人を取り押さえた。
必死に抵抗する警察官の後ろを取り、仰け反る警察官を押さえ付けた。
「動くな!!」
もう一人の警察官に拳銃を突きつける。
すると、煙幕の中に『左手』の文字が浮かび上がった。
「くそ……」
蓮が後ろを取った警察官が、左手にあるもう一つの拳銃を手に取る。
悟が聞こえるほどの銃声が、地下室に響き渡った。
「蓮さん……」
(とにかく向かうしかない)
悟は、周りの壁に何か情報がないか探る。
警察内部の情報やイナンナの仕組み、さらには古谷家に代々伝わる禰保家との因果関係まで、細かく書き記されていた。
壁の一部が、布で覆い隠されている。
「ん……?」
気になってめくってみる。
「緑って……もしかして、蓮さんの……」
そこには、蓮が5年間会えていないパートナーとの記憶を苦しみながら辿り綴った、日付、場所、言葉が無数に並んでいた。
「婚約……」
結婚の約束を果たせなかった無念の思いが、最後に綴られていた。
「後で必ず助けにいきます」
すると、悟の足元が開き、新たに地下水路へ繋がるはしごが現れた。
はしごを降り、古い地下水路を進むと、すぐに水路が二手に分かれた。
蓮の僅かな痕跡を探す。
すると、微かにだが、右側の水路にタバコの焼け跡があった。
迷うことなく、悟は右側の水路を選び、進んだ。
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