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犯人はヤス、|第2話|追跡

「はい、指名手配中である中島安は……」

30分弱の説明が入り、事件の情報を共有する。その間、固まったようにピクリとも動かず二人は目をつむったまま、静かに聞いていた。

ここからどのように古谷警部は事件を解決していくのか。

一通り説明が終わると、一瞬ができた。すると、会議室中にガサツな声が響き渡る。

「大体終わったようだな。じゃあ、そろそろ高校生を探すとするか」

左手を伸ばしながら合図をし、何かを要求する古谷警部。

着物の女性はにらみつけるように色白の男を見る。色白の男は、抱えているクーラーボックスから慌ててキンキンに冷えた缶ビールを古谷警部に手渡した。

当たり前のように缶ビールを開け、勢いよく飲むと、地図の上に音を立てて置き、叫び出した。

「ぷはぁ、うめぇ! さぁて、どこに隠れてるのかなぁ、安は」

ようやく体を起こし、立膝たてひざの体制で地図を眺める古谷警部。すぐさま、また缶ビールを含みながら地図に置き、全体を見渡した。

「なぁんだ、近くにいるじゃんまだ」

長年の勘なのか、それともはったりなのかは分からないが、堂々と近くにいると言いだす古谷警部。

そして今度はおもむろに、袴の袖からタバコを取り出す。そして当たり前のように火を付ける。

「すみません古谷警部、ここは喫煙NGですので……」

上司の一人が止めようとしたその時、着物の女性が持っていた和傘を喉元に突きつけ、睨みつけた。

萎縮し固まる上司。会議室にいた全員の顔が引きる。

それすらお構いなしにタバコを咥え、深く煙を吐き出した古谷警部。この異様な光景はもう、ただのヤクザ事務所にしか見えない。

そして、その煙を眺め、突如不思議な事を語り出した。

「『神』って漢字がえるな。神がいるとこっていったら神社か。おい、学校から1番近くの神社はどこだい?」

この状況が全く掴めない上司たち。

反応が遅れる上司の代わりに、新人の日野悟ひのさとるが立ち上がった。

「あっはい。学校から南へ1キロ程下がったこの辺りに……」

悟が説明しようと手で示した先には、古谷警部が置いた缶ビールがあった。

口が止まってしまった悟は、そのまま古谷警部の顔を見上げた。

すると、なぜか地図を見ずにいかつい顔のまま、悟をじっと見つめていた。

変な間ができてしまう。

(まさか、怒っているのか?)

その時だった。

タバコの煙のせいで天井にあった火災報知器が反応し、鳴り出した。

その反応により、廊下のベルも鳴り出し会議室は大騒ぎ。

さらに天井からシャワーが降り出し、キョロキョロと上司たちが戸惑い出す中、着物の女性は淡々と和傘を広げ、差し始めた。

何もできずに唖然あぜんとする上司たち。差した和傘の中に古谷警部と着物の女性、そして指を差したままの悟の3人だけが、天井から降り続く雨を遮り、薄紅色の別空間に包まれていた。

「あぁ、すまんな、あんちゃん」

古谷警部が言いながら缶ビールを手に取ると、一箇所だけ濡れてない円の中に神社が現れた。

「じゃあ、この春留はるどめ神社へ行くとするか」

目を丸くしたまま不思議な気持ちで体を起こした悟。それより高い位置にある和傘。

そして、真上から睨むように見下ろす着物の女性が、「アンタの為に差しているわけじゃない」とでも言わんばかりに、その和傘を持ったまま鋭い目線で悟を威圧していた。

この着物の女性が古谷警部のパートナー、三輪みわさおり警部補だ。

「そういやぁ、今ちょうど一人足りねぇんだ。わりぃけど彼、借りてくよ? この辺の事、詳しそうだし、いいだろ?」

「……あっ、はい」

びしょ濡れで座ったままの上司が、か細く返事をすると、酒臭い古谷警部に肩を抱かれ、悟はそのまま濡れることなく、シャワーの中を連れていかれた。

「じゃあ、そういう事で。ご苦労さん」

鳴り続ける火災報知器の音と、立ち上がることも忘れたままのびしょ濡れの上司たち。

こうしてここから悟は、なぜか特別捜査チームの一員となった。



――事件当日

安は高校2年の夏休み明けに普段通り登校した。

そこで、異様な悲鳴やざわつく生徒たちに気付く。

ふと、安は自分の下駄箱にあった手紙を目にし、内容を読むと一気に体が震えた。

そのタイミングで声が聞こえてくる。

「犯人は安、安が殺したんだ! 安はどこだ!」

安は、学校を抜け出し、自分を守る為、神社へ身を隠した。

(一体、どういう事なんだ? 僕が殺したって……)

神社の縁の下に隠れながらTwitterを開くと、逃げた犯人の情報があった。そこに映っていたのは、自分の顔だった。

現実を全く受け入れることの出来ない安は、さらに読み進めると、後ろから頭を殴られたかのような目眩めまいがした。

殺害されたのが親友の深瀬ミノだと分かったのだ。

落ち込むべきところ、安はなぜか冷静だった。

「ミノが言っていた事って……」

過去のあやまちに気づき出した安。

縁の下の暗闇がより一層深くなり始めた時、不意に地面に付いた手の平に何かが触れた。

「あの時のコイン……そういう事か!」

安が求めていた答えがそこにはあった。

覚悟を決め、隠れるのをやめる安。そして、ある場所へ向かった。



「やっぱりあるねぇ。上靴の跡が。安がここに来たのは間違いなさそうだが……」

和傘で陽差ひざしに守られながら、缶ビール片手に痕跡こんせきを探る古谷警部。

さっきの魔法のような出来事が脳裏のうりに焼き付き離れない悟。

まるでタバコの煙で占う詐欺占い師のようなあの光景。そして実際、ここに安が来た形跡がある。

(これが古谷警部の不思議な能力……)

どうやら豪快なただの強面警部ではなさそうだ。

「古谷警部、縁の下から高校の制服を発見しました! 刺繍ししゅうで中島安とわれています。逃げた本人の物で間違いないかと」

「安がここで着替え、逃げたのか。ならまず計画的な犯行と普通なら考えるが……ん?」

縁の下の土に何かの物がある事を発見すると、部下に写真を撮らせる古谷警部。

「何かのコインみたいだな……名港めいこう水族館? 近くにあるのか、あんちゃん」

「あっはい、あります」

悟が伝えると、まじまじとコインの柄を除き込む古谷警部。

「まぁ、せっかくだで寄ってみるとするか。さおりさん、また車出してくれ!」

「……」

三輪警部補が、着物のまま車を運転する。ハイヒールだけは脱ぎ、ストッキング越しの素足でアクセルを踏み付けた。

真っ赤なポルシェのSUVを乗り回す、三輪警部補。

エアコンを付けたまま助手席で窓を開け、タバコを吸い続ける古谷警部。

後部座席でトランクからストックしてある缶ビールをクーラーボックスに詰め込む、忙しそうな同い年くらいの色白の男が、既に悟の唯一のり所の気がしてきていた。

すると、バックミラーで後部座席をチラ見しながら、三輪警部補が一蹴いっしゅうする。

「アンタ、本当に馬鹿なの? そもそも何でアンタを警部が連れて来たのかぐらいは当然分かっているわよね?」

「……すみません、地元に詳しいからぐらいしか」

「ちょっと警部! またこんな若造を連れてきて、一体どういうつもりですか?」

「まぁまぁ、落ち着きなよ。とりあえず安全運転でよろしく頼むよ」

そう言うと、古谷警部はタバコを三輪警部補に差し出した。三輪警部補がイライラを抑えながらタバコを取ると、古谷警部が助手席からライターで火をつける。

まるで上司は三輪警部補の方だと思えてくる逆転の光景だ。

運転席の窓を開け、外へ吹きつけた三輪警部補は、もう一度悟を睨みつけた。

「アンタが今やるべき事はTwitterから、犯人を探ることでしょ? その為にガキんちょのアンタをわざわざ連れてきたのよ? さっさと調べて報告しなさいよ! 全く」

「あっはい、すみません分かりました……うわっ!」

気性の荒い三輪警部補はタバコをくわえたまま急ハンドルで車線を変更し、カーブでアクセルを踏んだ。完全に悟のせいだ。

揺れるはずのない高級車の後部座席で、隣のクーラーボックスのひもを強く握り締めながら、悟たちは名港水族館へ向かった。


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早坂 渚
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