犯人はヤス、|第1話|かくれんぼ
「ねぇ安? 安は占いって信じるタイプ?」
「そう、安なら何となくそう言う気がした。なら、きっと大丈夫だね、私……」
「はぁっ、はぁっ、何なんだよこれって! 何で僕はまた追われているんだ……」
――警視庁本部
「これより、私立世美高等学校殺人事件についての、緊急対策本部会議を開始する! まずは、被害者の特徴の説明を!」
「被害者は17歳の女子高生、深瀬ミノ。現場は私立世美高等学校の2階にある被害者が在籍するクラスの教室でうつ伏せで血を流し、倒れていました。発見日は、夏休み明けの9月14日の朝7時40分。死亡推定時刻は朝の6時から7時40分です」
「被害者の家族は4人で、被害者の他に父、母、妹がいます」
「では、その他の情報を!」
「はい、死亡した深瀬ミノの左手には1枚の紙があり、そこには『犯人はヤス、』と書かれた文字がありました」
「事件当日、同じクラスの中島安だけが授業に出席しておらず、紙に書かれた中島安との関係が深いのではと推測。ただ、中島安が登校した形跡は残っており、下駄箱には中島安の靴がありました。発見が登校時であった為、中島安は慌てて上靴で逃げたと思われます」
「事件当日から学校は自宅待機となり、その2日後には同級生の二人が川で浮いているのを発見、その後死亡が確認されました。二人のポケットからはまた、『犯人はヤス、』と書かれた紙があり、この事件との関連があるかと思われます」
「さらにSNSでの拡散により、『犯人はヤス、』が瞬く間に拡がり、日本中の若者がこの事件の真相を暴こうと注目を集めてしまっている状況です。更なる事件へと発展しない様、現場近く及び自宅周辺部を緊急体制で警戒し、捜査しております。しかし、6日経った現在も中島安の消息は掴めていません」
「分かった。現在、この事件によりTwitterで中島安の顔写真が日本全土へ拡散され、2つの事件が注目されてしまっている状況にある。中島安を全国的な緊急指名手配、特別捜査チームを立ち上げ、警察としても一刻も早い事件の解決を目指す。特別捜査チームには、警察から4名を派遣した。各部署との連携を図る為、今から派遣する4名の名前を読み上げる」
「古谷章雄警部、三輪……」
「もう1回、安が犯人な! 今度はここだけじゃなくても大丈夫だ。さぁ、隠れてみな」
(また、僕が犯人……次は……)
小学5年生の安は、公園の柵を超え近くの神社へ逃げ込んだ。
その神社の本殿の縁の下に潜り、うつ伏せになって身を潜める。
5分もしないうちに、同級生の声が聞こえてくる。
「今度は神社かぁ。どこにいるかなぁ、安」
(どうしてまたバレた?)
賽銭箱の隣から同級生の足が見えた。
緊張したまま安はゆっくりと後ろに後退りする。
すると、安の左足に何かが当たる音がした。暗闇の中、手に取るがよく見えない。
それは、何かのコインのようだった。
「何だろ? これ……うわっ!」
コインに集中する安の脚を掴み、引きずり出す。
簡単に見つかり外へ出されてしまった。
本堂の裏手で立つ同級生3人。
「今回も簡単だったな、安。もう少し上手く隠れてくれんとやり甲斐がないよ。だからもっと頑張れよ!」
「まぁ、どれだけ逃げ回っても無理だけどな」
毎回すぐに捕まる安。左手の中にコインを隠したまま、夕暮れの川沿いを歩き家に帰る。
さっきポケットにしまっておいたコインを思い出し、取り出そうと一度手を突っ込んだ。
(いや、見るのは今じゃない気がする)
一人、ポケットの中で感触を確かめながら家路を歩いた。
――警視庁捜査一課
「おい、今から特別捜査チームのあの古谷警部が来るらしいぞ。有名なあの古谷だよ、えっ? 知らないのか、お前⁈ とにかく、指示を拒むな。怪我したくなかったらな」
12畳ほどの会議室はいつもと違い、何やら慌ただしい。テーブルいっぱいに町周辺の地図を広げ、複数人の上司が部下に携帯を片手に罵声を飛ばしながら綿密に状況を確認し合っていた。
いつも厳しい上司たちでさえ焦らす古谷という人物。
今年入ったばかりの新人たちは、ただ、隅っこで姿勢良く立ち、眉間に皺を寄せている上司たちを見守るだけだった。
「くそっ、よりによってあの二人が来るとは」
酷く苛立ちを隠せず頭を掻きむしる上司たち。そこへ、扉がノックされた。
「失礼します。まもなく特別捜査チームの方々がお見栄になられます」
その一言で会議室中の上司たちが青ざめ、手を止めた。
静まり返った会議室。そして皆が携帯を切り、渋々座り出した。
「きゃー!! 何するんですか!」
「いいじゃねぇか、減るもんじゃねぇし」
何やら廊下から聞こえてくる悲鳴とガサついた声。そして全員が扉に集中する。
「おうおう、待たせたなぁ。捜査一課の皆さん」
扉から出てきたのは、スキンヘッドの強面の真っ白な袴を着たヤクザのようなおじさん。
隣には、派手な赤い着物を着た背の高いスラリとした女性の姿があった。インパクトのある赤いメガネをかけた気の強そうなオーラを纏い、右手にはなぜか赤い和傘を持っている。
そして、後ろには、スーツを着た新人のような出で立ちの若い色白の男性が、なぜかクーラーボックスを抱えて立っていた。
予想を遥かに超えた派手な装いの二人にのまれ、完全に萎縮してしまった上司たちは、誰一人挨拶もせず、呆然としていた。
威圧するように女性の赤いヒールの音が鳴り響き、上司たちの後ろを通り過ぎると、地図の横に立ち止まり、キャスター付きの椅子を蹴飛ばし仁王立ちした。
そして、その隣の席にどかっとあぐらを組み、背もたれに腕を掛けたスキンヘッドのおじさん。この人が噂の古谷章雄警部だ。
配置についた3人。すると、さっきまでにこやかだった古谷警部の表情が一変し、鋭い目つきへと変わった。隣の着物の女性が口を開く。
「さぁ、説明してちょうだい」
上から目線どころじゃない目線で、着物の女性が指示を仰ぐ。
ここから、今までに見た事のない異様な会議が始まった。