劣等生の言い分【テニス】
ねえ、どう思う? 「中上級」
視線をずらす。前回の終わりくらいからだろうか。打ってくるようになった男は、辿ってみれば私の中でずっと「?」で表示されていた。個人として確立するようでしていない。それはずっと確信を持てぬまま。ただ、この度そのスマッシュを見た時、やっぱり頭の中で何かが引っかかった。
ずっとついて回る「?」
何度も記されている。「うさぎ?」と。
似た背格好。でも明らかに打球の質が違って。メガネ君と打っていたうさぎは、もっと何か全然違って。ただ、今思い出したんだけど、最初私の不注意でボディにボール受けたことがあって、同一人物だとしたらたぶんまともには打てなくて。でも類友、似たような人達はたぶん近くにいて、メガネ君があの辺にいる以上、ここにうさぎがいてもおかしくなくて。
「いや、」
顔を上げる。
「本気で打ってましたよ」
笑いながらそう言うのは。いいサーブだと思った、純粋に楽しんでいたあれは、あの時離れたコートから見ていたものだったのだろうか。あの人とこの人は同一人物なのだろうか。だとしたら。
サーブは玉ちゃんの方が上手いぞ。
美しさと威力を兼ね備えた、あれ以上はまだ見なくて。本人は謙遜するが(謙遜しかしないが)そういう意味ではやっぱり中級と中上級の境は私にはなくて、やっぱり単に自分だけが落ちる。
ただ、だからと言ってクヨクヨしていたところで状況は変わらなくて、しょうがないじゃない来ちゃったんだものと開き直ると、コートに入る35の打球に合わせる。球種を変えて力量を測り、徐々に力を加えていく。実はこの光景見たことがあって、
一通り教えたノッポさんは、それが実践できているか毎度確認をする。ショートストロークから高い弾道のトップスピン。ショートになった時の対応。走らされてのストレート、クロス打ち分け。「分かってるんだけどね!」と内心叫びながら、片っ端から丁寧に×をつけて回る劣等生は、だから重ねた「ごめんなさい」の帳尻をゲームで合わす。照準が合うまでに時間がかかるのだ。普段もたもたしているのが透けて見えるかのよう。
徐々に、徐々に出力を上げていく。レッドが球出しから始めていたことを思い出す。徐々に、徐々に。これが。
これが35か。
それは新鮮な刺激。この手の打球はまだ受けたことがない。
鞭のようにしなる。ガットはもはや伸縮性のある網のような役割を果たしているのか、限界までタメをつくって飛んでくる。揺れる。よく分からないその打球はまっすぐ、揺れる。ブレ球というのがある。サッカーで言う無回転。横から見ると特にその弾道に近く、けれど回転は含んでいるからそこからぐんと落ちる。
着弾。何故か伸びは分かった。人間の脳みそは思うより優秀らしい。
何だコレ。
思わず笑い出しそうになる。
打球の持つ性質。スピンだろうとフラットだろうと、それは受けて初めて起きる感情。単純な「好き嫌い」。外から見て好きそうでも実際違ったとか、逆に外から見て大して気にも止めなかったものが実際打ってみると好みだったとか、そういった類の。
「それ」は対応できるできないに依らない。すごく「好き」の部類。固さがなく、重さがある。それはテンション35だからなせる業なのか。
素晴らしい。
びっくりした。リードされながら振り遅れを修正していく。徐々にタイミングが合ってくる。視界が開ける。
ワクワクする。自分はこういうやりとりがしたかったのだと思える。けれど一方で、そうしてまともにラリーができるのは前提で、そこから駆け引きが発生して、ポイントのやり取りになるのであって、私はまだその入り口にいたのだと思い知る。「あの時」35は「i 野コーチは今日ここに来ること知ってるの?」と尋ねた。「あの時」私は身の程知らずと思われたかもしれないと思った。
全然ダメじゃんと思ったその差は、けれどもそっくりそのままバフになる。のびしろですね。
NTPRやITNは一つの指標。ただそれだけだと足りなくて、必要だったのは打ちのめされること。その焦りは、「こっちだ」と夢中になれる指針は、もたもたしている身体をぐいと起こす。
会員「でも」あると言ったな。それならいずれどこかでかち合う。
怯えているヒマなんてない。外側から見るのと内側から見るのは似て非なる。勝手に線引きするのではもったいない。私は私で都度修正をかけてきた。気まぐれに現れる化け物のために磨いて来た。玉ちゃんのサーブを受けてきた。だから。
この道で合ってる。やっと焦点が合う。
思えば見たいものしかない時間だった。贅沢だったと気づくのはいつだって後から。
ぐいぐい明度を上げる初夏。
ごめんね、山田さん。
手のひらに滲むは純粋な汗。思わず緩む頬。
今の私には楽しみしかない。
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