池の中のかわざない(後編)【テニス】
同い年の整体師は私の足先に触れると「こんなに冷えちゃって」と、「かわいそうに」のニュアンスで口にした。辛い思いをしている人に寄り添う、それはまるでヴァッファリンのような
「……ッたたたたたたたたたたァァァァァッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
まさか「お大事に」な鎮痛剤じゃない。つま先をやさしく包むようにして持ち上げられると、続けて訪れたのは全身が痙攣するような激痛。一昔前、芸能人が足ツボで転げ回っているのをよく見たが、あれは決してテレビ用の大袈裟なリアクションではない。
「ここは肝臓」
目をチカチカさせて奥歯ガタガタ言わせている私にかけられる声は「こんなに冷えちゃって」と変わらぬトーン。
「たたたたたたたたたた‼︎‼︎‼︎‼︎」
リフレの前、歯医者さん怖いよねーと話していたことを思い出して手を上げる。歯医者さんなら麻酔薬を追加してくれる。でも。
だからなんだ。
必死のあまりその手から逃げようとするのは毎度のこと。ここは「痛かったら手を上げて下さいねー」な歯医者ではなく、
「痛いですか」
全力で頷く。
返って来たのは「そうですか」という静かな声。
整復のために力を使うことを生業とする整体。「2月ぶりですね」と、ついさっき見た笑顔を思い出す。「それ」は「定期的に来ないことをチクチク言う」よりはるかに説得力のあるやり取り。だから仮に手を上げたところでそれは「誰が悪い?」「はい私です」の図。
「ここ、腎臓」という声が聞こえた。私の内臓は揃いも揃ってすこぶる調子が悪いらしい。片足終わる頃には既にぐったりしていた。ただ、厄介なのはこの段階で「冷えちゃって」の意味が分かること。まるでAEDだ。血が巡る。もう片方の足の冷えにはっきりと気づく。自覚していなかっただけで、暖かくなってきた季節にも足先は変わらず冷えていた。
必要な痛み。
基本的にノッポさんの球出しは苦手だ。打点が高い。他の人が打っているのを見て思う。どう見ても肩の高さ。
「対トップスピン用の自分」あるいは必須ではないのかもしれない。狭い池の中でも信じたものが絶対。それになんだかんだノッポさんは高さを調整してくれる。何ら問題はない。だから。
問題はかち合った場合のみ。
全身が強張る山なりの弾道を思い出す。負けず嫌い。そう言えばまだかわいらしいのかもしれない。けどたぶんそんなんじゃなくて。似たような色をした、ああ限りなく近しい思いがあった。
完全なアウトボールをノーバウンドで返された、温情で生かされたのだと思った、見下されたのだと思った、腹の底から「ふざけるな」と思った、
青い炎。全ての音が掻っ消えて噴出した怒り。すなわち傷つく想定をしなければならない。weekend playerにとってだから必須ではない。けれど。
「ん。キレイになった」
矯正が済んで背中側から両肩のバランスを見ると、ホッとしたように男は言った。
「ありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
不安定な天気の続く中、この日は晴れ間がのぞいていた。
オンとオフ。頑張る時と休む時。整体とマッサージ。
キレイは何よりバランスのよさ。大事なのは偏りがないこと。
自信をつけることと謙虚でいること。ふいに「おしゃれは我慢」というのを思い出す。だからもう若くないんだって。
ぐったりため息が出る。ホント、キレイを保つのは大変だ。
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