外気温3℃の半袖【feat.SASUKE】
テニスの打ちっぱに行くが、会員証を忘れたことに窓口で気づいた。
バッグの中を整理した時によけて戻し忘れたに違いない。試験で筆記具を忘れた時のような気まずさに思わず俯く。
気温のぐっと冷え込むこの時期、ここに来る人もぐっと減るようだ。窓口で記名をするのだが、赤青黄色のように同じ名前の組み合わせが上から順に続いている。ふと目をやった外に併設されたコートでは、四肢を露出した軽装のシルエットが動き回っている。ナイターの照明に浮かぶ白い息。その色の濃さと格好のギャップに身震いする。
外気温3℃。頭おかしいとしか言いようがない。
毎年この時期になると放送されるSASUKEを結構楽しみにしている。
父方の祖父母が存命の頃には、台所で料理をしている祖母とその手伝いをしている母を横目に、高い高い跳び箱をポーンと跳ぶのを見ていた。毎年見ることで何となく知っている面々。その中でも近年目につく男がいる。
SnowMan岩本照。
いや、SnowManすっごい人気だから、前に神社行ったら絵馬に「SnowManのライブ絶対成功しますように」とか「SnowManに会えますように」とか、全然Snowな時期じゃなくてもいっぱいかかってたの知ってるから、あんま滅多なこと言えないんだけど、ってか全く本家知らないっていう前提で聞いて欲しいんだけど、たぶん目というよりも鼻についた。
所詮ジャニーズ枠な男がニコニコしながら毎回口にする「SASUKEへの感謝」はサムくて、1stステージ始まる前に土下座するのとかも胡散臭くて、「感謝」と口にすることで「1人じゃできなかった。仲間がいたから」と口にすることで得られる「一種フォーマットじみた一定以上の心証的何か」含め、セルフプロデュース及び番組製作者への媚びがすごいですね、と思っていた。けれど、
予想だにしなかった1stステージでの脱落後、男が数秒の間の後「楽しいなSASUKEは」と笑ってみせるのを見た時、ぐ、と込み上げるものがあった。
本当の動機は知れない。けれど努力したこと自体は本当だ。事実男は前回2ndステージまで行っている。成果を残すためにはその何倍もの努力が必要で、だから人の目に触れるのはほんの一部でしかない。加えて本人だけでなく、会社、グループ、舞台関係者、スポンサー等々、大人になるほどにその一挙一動が本人のものだけではなくなり、重責を押し退けるだけの心の強さを手に入れるには、そのさらに何倍もトレーニングが必要になる。前回結果を残している分、それ以上の成果を求められていたのも容易に想像できる。とにかくとんでもない重圧の中、それでも続けて来られたのは、根っこが「好きだから」
キャラは作ってもいずれ無理が出てくる。身体の健康は心の健康とか、それはあくまで結果論で、本人が好きでやっていることが結果的に心の健康に通じる。大事なのはそれが能動か受動か。能動的に苦しい方に向かうのは、だから好きだからでしかない。そこにかかる負荷及びストレスは、同じ負荷やストレスと称するものでも全く異なる。
本当に好きだった。それさえ信じられれば、パフォーマンスではない本心であったと分かれば、腹の底から出たそれが「感謝」であり「1人じゃできなかった。仲間がいたから」であれば、私の中を通る道も変わる。
「今を楽しもう」と男は言った。
〈塚田くんが切り開いてくれたこのジャニーズがSASUKEに挑めるっていうチャンス〉
〈こうやって背中を見せる機会もこれから何回あるか分からないので〉
男もまた、今がピークであることを知っている。
〈一番サラけ出している現場はSASUKEかもしれない〉
〈膝から崩れ落ちるくらい嬉しかったことはSASUKE以外ない〉
感情が理性をたやすく越える瞬間。心はもう飛び出した跡。
〈お金じゃ買えないこの気持ちが動く感じがSASUKEは最高なんだよな〉
その恍惚とした表情に、恋人だったら間違いなく「何言ってんのこの人」ってガン引きする。
しかしそれは、別の場所から自分の気持ちを言語化される感覚。
私だってテニスコートにさえ入らなければ、理性的な大人でいられる。
外気温3℃。浮かぶ濃い息。弾ける笑顔。
頭おかしいと思った。自身が四肢を失っていたら、金網に手をかけて暴言を吐いていたかもしれない。それほどまでに幸せそうに見えた。
打ち終えて窓口に戻ると「すいませんでした」と再度頭を下げる。受付の人はにっこり笑って「いいえ」と言った。いつも通り「お疲れ様でした」と見送られる。
外気温3℃。外に出れば凍てつくような寒さが容赦なく肌を刺した。
浮かび上がる濃い息。手に残る打球感と耳に残る声。
「それ」はただの愛情。私だけが知っていればいい密やかな想い
「サーブは手からじゃない。肩から、胸から。手は一番最後」
を、知っている人がいること。
残る声。
〈存じ上げています。次回見せていただければいいですよ速水さん〉
軽装で帰ると、旦那にううわという顔をされた。
ガン引きだ。おかしいと、口にされなくても分かった。