ただののべる『カスタムメイド』【2000字短編小説】
〈大丈夫、怖くないよ〉
あおいちゃんの指はいつもやさしい。化粧を落とす時、化粧水を伸ばす時、乳液をつけて、手のひらで頬を包む時。
「こうすると身体が大切にされてるって分かるの。そうすると幸福感に、肌はもっと背伸びをしようとする」
まるでもっと褒めてほしいと目をキラキラさせるかのように。
もっと自分はできるんだよと頑張ってみせるかのように。
あおいちゃんの指はとても気持ちがいい。
次にするべき動作を分かってる。迷いがない。乾燥しがちな私の肌に、当然のように美容液の入った保湿用下地をつける。中指と薬指と小指。面を使って乾かぬうちに塗り広げていく。
「無理して笑わない。笑い皺は素敵かもしれないけど、ほうれい線は気になるじゃない? だから合間に『お』の口を心がけるの」
そうして口を縦に開けてみせる。『お』その顔が面白くて、つい笑ってしまう。「失礼ね」と頬をつままれるが、滑ってすぐに解放される。
パタパタとはたくお粉。普段ブラシでつける白粉を、あおいちゃんはここにいる時だけパフでつける。ツヤ感ではなく、きちんとふんわりマットな質感。まるで大切に扱われるお姫様のように。
「そうね。まるで砂糖菓子みたいだわ」
美味しそう、と言うと、頬紅を塗る。大きなブラシ。その柔らかな毛先にうっとりする。
あおいちゃんは私の魅せ方を知っている。
「桃はオータムだから、基本は橙、ベージュ、カーキベースよ」
そうなんだ、と忠実に色を選ぶ。洋服、アイシャドウ、ネイル。自分を最も輝かせる色達。そんな私の化粧ポーチを見て、あおいちゃんはにっこり笑った。
仕上げは口紅。今日はローズ。
「他では絶対つけちゃダメよ。オータムの人がこの色をつけるとケバくなっちゃって、とても見てられないの」
あおいちゃんは詳しい。パーソナルカラーと呼ばれる、その人に似合う色を瞬時に見極めて、その人を最も美しく引き立てる色みを足していく。あおいちゃんの魔法をかけられて、これまで何人もの人が幸せを掴んでいくのを、この目で見ていた。なのに。
「あおいちゃん、またダメだったよ」
素敵だな、と思う異性に会えてもうまくいかない。みんなキラキラと飛び立っていくのに、私だけずっとこのままだ。落ちこぼれなのは分かっていた。
「ううん、落ちこぼれなんかじゃないよ」
あおいちゃんはやさしい。そう言って私の頬を両手で覆う。
「ほら、こんなにかわいいじゃない」
うっとり心から幸せそうなあおいちゃんを見ていると、本当にそんな気がしてくる。やっぱりあおいちゃんはすごい。あおいちゃんは
「ねぇ」
同じクラスの子に呼び止められる。振り返ると足早に近づいてきて、その子は言った。
「どうしてその色の服着てるの? わざと?」
橙のトレンチを指差して言う。首を傾げると「どうして?」と聞き返す。
「だってあなた、どう考えたって絶対似合わない色じゃない」
そんなことはない。あおいちゃんが教えてくれた。あおいちゃんが
「この間先生言ってたじゃない。手の甲の血管、青い子はブルーベースだって」
よく分からない。あおいちゃんはこの色が似合うって言ってた。だからこの色は私の色だ。
「絶対合ってないよそれ。プラス10歳って、老けて見える色だよ」
「やめてよ」
何言ってるの? あおいちゃんがこの色が似合うって言ったんだよ。だからこの色が。
「桃」
はっとする。あおいちゃんが笑っている。恍惚とした笑みだった。
「とってもかわいい。食べちゃいたいくらい」
〈他では絶対つけちゃダメよ〉
みんなキラキラ飛び立っていくのに、私だけずっとこのまま。
美容液の入った保湿用下地。
パフで仕上げた輪郭。
ふんわりのせた頬紅。
似合わないから、ここでしかつけちゃいけないローズの口紅。
〈この間先生言ってたじゃない。手の甲の血管、青い子はブルーベースだって。桃ちゃんはサマー。似合う色はパステルカラー。中でも最も似合うのは〉
〈他では絶対つけちゃダメよ〉
クラスメイトの目は真剣だった。私を彩るあおいちゃんと同じくらい。
〈中でも最も似合うのはローズ。サマーの人しかつけられない色〉
「あおいちゃん」
その手を押しやる。
「本当のことを教えて。私は」
押しやったその手が、指を絡ませてくる。しっかりと捕まる。
「大丈夫、怖くないよ」
そう言ってあおいちゃんは笑った。