価値ある一打(後編)【feat.やえ歯くん】
その後、最終週の最終ゲーム、1時間まるっとゲームをした最後に組んだのがやえ歯くんだった。サーブを引き受ける。サウスポーは気を遣わないからいい。以前いた「準レギュラー」なボレーヤーは「俺こっち」と言ってオートでアドサイドに入った。そんな互いに主体性を持てるところに魅力を感じる。
さて、ここに来て答え合わせ。さっき見たなんだか良さげなストローク戦、未成年Aと味方として合わせてか張り合ってかの答えは、
張り合って、だった。
気づいた時にはもう跳んでた。
全く見えなかった。そこから叩き落とす。
通常例えるならバレーだと思う。トスを上げた時にはもう跳んでる。クイックというやつだ。ただ私の中で変換されたのはバスケのシュート。シュートを打つ時、ジャンプと同時に放るのでは高さから取られる可能性があるから、ギリギリまで待って、最高到達点まで行ってから手放す。そもそもシュートモーションに入ったら妨害してはいけないため、ボールを手放すその瞬間までは無敵なのだ。そう。
無敵なのだ。あのコンマ何秒の間は完全に。
地面に叩きつけられたボールは、高い弧を描いてバックネットに沈んだ。
価値ある一打というのがある。金額換算と言うといやらしいが、とにかく「いくら払うからそれ頂戴」と言いたくなるような、同じ一点でも味方をぶち上げたり、相手の心をへし折ったりするものを指す。
動く美術館。後衛は、特等席だと思いますよ。
だからなかなか平行陣やらん訳じゃないけど。
見たことがあるようでないのは、通常今の立ち位置から見るものではないから。アドサイドからのサーブ。身体の左側に飛んできた返球に対して、男はフォアハンドでスマッシュを決めていた。続けてストレートアタックをブロックボレーでシャットアウトする。
未成年Aの打球自体は早い分軽い。それは私も一本ボレーで仕留めているから知っていた。フォアサイドのサーブからのストレートリターンは、サウスポーのフォアハンド。私自身も以前前衛に立った時、ストレートを抜かれたことがある。どちらも相手を見ずにしているテニスだ。
羨ましいと思った。
未成年Aが来た時、私自身暗に勝敗を退けた。それはその子のペースに巻き込まれることで、豊かな時間を害されることを拒んだからだ。けれどそれは同時に勝負から逃げたとも言える。
まっすぐ張り合う。
怒りによってパフォーマンスが上がるのは何も私だけではないらしい。気を遣う隙間をなくす。そうして自分のするべきこと、できることに集中することで本来の力を発揮する。
最終やえ歯くんのダブルフォルトで終わった。けれど2本ファーストを打った結果だった。いんじゃね、と思った。
未成年Aは早いところななコに出会えるといいなと思う。ななコもきっとまっすぐ殴り合いに応じる。ハナからキャッチできる余裕がなくとも、ブラザーにして仕舞えば話は早い。ただ何よりまず最低限のマナーから学んだ方がいいというのは、一般人A個人の考え。
私自身、改良はし続けているつもりだ。育ち方が全然追いついていないだけで。
1STが入らないと味方を苦しめた。やえ歯くんは2NDになろうと前衛の立ち位置を下げなかった。引く気はなかった。スマッシュ2本とブロックボレーを決められて殺気立っている未成年Aは、容赦なく前衛を狙ってくる。
やえ歯くんの気持ちも未成年Aの気持ちも分かった。分かっていてできなかったのが、せめてイーブンな状態からゲームを始めることで、これが玉ちゃんやひここや戸塚だったなら、2NDでも相手を下げられるだけの力があったなら、と思った。
素晴らしいプレイをしていた。私にできないことを補ってくれた。
けれど最終勝てなかった。初手の弱さから私の心が引けていたせいで。
自分が活かすなんて烏滸がましいことを言うつもりはない。
でも自分のせいで、と思うくらいには価値を感じた。あのスマッシュは値千金だった。
それだけをもってして勝てなかったというのは、結構クるものがあった。肝心な時に力を発揮できない、個人にとっては逃げたツケが回って来たに過ぎないとしても、味方を巻き込んじゃダメだ。さて。
土台は、たぶん正しい方向に向かって積み上がりつつある。けれどだからと言って際限なくずっと積み上げられる訳ではない。
「若いのが決めてくれるといいねー」
ゲームも後半となると、足が止まっている人と動いている人の差が如実に現れる。そんな中で、
ごめんねコーチ。私も若くないんだわ。
ストレッチの時間が伸びていく。身体を休める時間に重きを置くようになってくる。
そういう意味でも変化を余儀なくされる。けれど心はまだまだ前を向いていて、私だってニコニコしながら未だ腹の中に未成年Aを抱えている。今は音無しくしているだけで、何をきっかけにまた暴れ出すか知れない。そうしていつ何を壊すか分からない。
ゆっくり。ゆっくり。
だから今は、次に自分のすることだけを見つめる。