ただののべる『一緒に帰ろう』【2000字短編小説】
「いつまでそんな所にいるつもりだい? ベイビー」
「うるさいわね長い顔。怠惰な生活にまたいくらか伸びたんじゃない?」
「So cool! 真冬の寒さもびっくりなアイスジョークだ。今の時代、野郎でも小顔がウケるらしいからな。全く、世の中分かってないゼ」
「何がSo coolよ。使い方絶対間違ってるから。あたしは好きでここにいるの。追い出されたみたいな言い方しないで」
「Oh‥‥‥ベイビー、だって現に震えているじゃないか。空調完備の空間じゃなきゃ、もはや我々は生きていけないんだゼ」
「軟弱ね」
「まさか子供にしてしなやかボディの君に言われるとは思わなかったよ。強がってないで、謝りに行こう。僕も行くから」
「嫌よ。あの人あたしのこと叩こうとしたわ。暴力反対。二度と戻らないわ」
「元はと言えば君が壁に傷をつけたからだろう。ある意味お互い様だ」
「でもあたしは相手を傷つけたりなんかしない」
「誰かと一緒に暮らすってのはそういうことなんだぜベイビー。お互いちょっとずつ譲歩して日々を生きるんだ」
「キモ。何正論ふりかざしてんの? じゃあ恐怖体験をしたあたしの傷ついた心は『ちょっと譲歩』することでお互いなかったことになるって訳? ハン! 冗談じゃない」
「ベイビー、いついかなる時も『キモい』『クサイ』『ウザい』は男に言っちゃいけないワードなのだよ。覚えておきたまえ。
君は君で性格に難があったとしても、そのことと向き合う必要がある。君みたいな子は入れない賃貸もあるくらいだからね」
「そんな所、あったとしてもこっちから願い下げだわ」
「ンー、どうしてこう強情なんだか‥‥‥。硬いものは柔らかいものに勝てないようにできているんだよ。君は最弱だ。いい加減風邪ひいちまうぜベイビー」
「‥‥‥」
「Say、『ゴメンナサイ』」
「シャー!」
「おっと危ない。謝罪はそんなアグレッシブなものじゃない。あくまで首を差し出すように」
「‥‥‥」
「Say、『ゴメンナサイ』」
「‥‥‥できない」
「できるさ! You can do it!」
「ウザい」
「君は二分前の僕のセリフをもう一度聞き直した方がいい。とっても大切なことを言っているから」
「‥‥‥できない」
「まぁ時を戻せない以上、確かに実際は聞き直せないサ。神様にもできないことだ」
「違う」
「Say、『ゴメンナサイ』?」
「‥‥‥」
「できるさ。大丈夫。きっと分かってくれる」
「分かってくれなかったら?」
「?」
「分かってくれなかったら? それで許してもらえなかったら? 『お前なんかもううちの子じゃない』って言われたら?」
「そんなことないさ」
「あるかもしれないじゃない。今回だけじゃない。記念のグラスを割っちゃったこともあるし、ゴルフのバッグにいたずらして怒られたこともある。いい加減嫌われちゃってもおかしくないの」
「‥‥‥」
「どうしよう。いらないって言われたら。それならここにいた方がいい。探してるかもって、必要とされてるかもって思えた方がずっとあったかい」
「それはないよベイビー」
「何、探すなんてあり得ないってこと?」
「違う。『いらない』なんて言うはずがないじゃないか。君はあの人をそんな軽薄な人間だと疑うのか? そんな器の小さい人間だと思うのか?」
「‥‥‥」
「そうでなければ、これは全て君の意固地から始まった茶番だ。君が歩き出さなければ何も変わらない。
僕には君の執着する理由がよく分からない。たった一言、たった三秒で済む話だ。こんな狭いウッドデッキに隠れていたって、風はしのげても、冷たい外気まではしのげないんだゼ」
「‥‥‥」
「一緒に謝るから。さすがに並んで謝られたら許すしかないと思うぜベイビー」
「‥‥‥」
「早く。僕も寒い。一緒に家に帰ろう」
「ワン!」
「おお、どこ行ってたんだワンダフル。今ミーシャがいなくて探して‥‥‥」
「ニャア」
「‥‥‥何だ、一緒にいたのか。ああよかった。外は寒かったろう。今飯を用意するからな。早く入りなさい」
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