見出し画像

同族嫌悪(後編)【feat.レッド】



〈必死感〉そんな30代半ばに突き刺さる言葉に、打っている姿を録画するようになったのはこの頃からだ。サーブなんて見れたものじゃなかった。コントかよ、と思った。
 客観視。個性だと思っていた低い打点。ネットにかかりやすいのはヘッドが落ちているから。振り遅れるのは非力を補おうとした大きなテイクバックがあるから。タイミングを合わせられないのは、本当にそのポイントでしか良い打球を生み出せない「手首の捻り」が生じているから。
 そうして「うああああああああッ!」と叫んで消して回りたい過去から、少しずつまともに見られる自分になり、(桜木花道がシュート2万本やってた、まさにアレな)少しずつ「好き」という気持ちを自分視点だけでなく、外からも見られるようになる。すなわち相手の声を聞くこと。相手のリズムに合わせられるようになること。

 レッドはテニスが好きだ。でも一人だけ熱量が違うから、いつもどこか寂しげだった。楽しそうに皆とコミュニケーションをとりながら、でも誰からも声をかけられずにいた。その姿は、どこか他人事とは思えなかった。
 この後、若いコーチと打つことになった。
 ラスト一球でミスしたコーチはその後、「もう一球お願いします」と3度言った。
 全て向こうのネットにかかった。

 気をつけるべきは、こういう「調子に乗っている時」の足元。そう。足だ。
 その後休憩を挟んで立ち上がると、全身が鉛のように感じた。その異常事態に、瞬時に熱中症を疑うも、違う。気づく。
 コロナワクチンの副反応で寝込んでいた先日。全く動かなかった1日を挟んで、課される運動量。加えて相手がレッドであるという無意識のプレッシャー。速さを出すためのスイング。「もう一球お願いします」

 バカか私は。

 まだ開始30分。完全にガス欠だった。
「それ」は緊張から一時的に爆発的な力が出たに過ぎない。
 スターの時間切れで、気づくと「赤いキノコすらとっていないマリオになってました」という体たらく。
 慌ててサーブを回転量、手首主導に切り替える。
 ラリーを7割で継続する。
 全てを回復がための省エネモードに切り替える私の隣で、レッドだけがバカみたいな速さのスプリットステップを踏んでいる。

 レッドは痩せた。病的な痩せ方だった。
「1ヶ月ぶりだからー」と言っているのを耳にした。そのうるささが、少しだけ違って聞こえた。
 あと何球打てるだろう。高校最後の夏、そんなことをよく思った。
 当たり前にしていること、できていること。変化を身につけるまで、耐えられる肉体があること。
 レッドの「好き」は分かりやすい。以前「速水さんは誠実なテニスをする」と、とあるコーチに言われた時のことを思い出す。思いは、見える。だからレッドがどれだけこの競技にかけているかが分かる。
 互いに嫌っていた。「あの人以外に興味はない」とされた時から、私が目を合わそうとしないのに気づいた時から、座るベンチは端と端だった。それでも
〈もう一球お願いします〉
 テニスを介して関係は変わる。
 絶対に声をかけないだろう相手と、絶対に近づきたくない相手と、コミュニケーションが成立する。
 レッドはきちんと「球出し」から入って、徐々に球威を上げていた。決して独りよがりなテニスはしなかった。

 ラケットを片付けてコートを出る。いずれどこかでまた会うんだろうな、と思った。
 その時までに早く体重戻して下さい、と思った。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?