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月を探す、1【feat.中上級②】




 ふと「全体を10とした時、7、5というのはどれくらいの割合に当たるのだろう」と思った。目は見えているのに何も見えない。音としては聞こえているのに入ってこない。手の感覚はあるのに思った弾道でボールが飛ばない。
 テニスの王子様で視力を奪う能力を持つ人がいた気がするのだが、その世界は大げさでもフィクションでもなく、本当にあるのだと知る。


 早々に2回目。再び中上級にやってくる。
 今回は全部で4人。固定はうさぎと(おそらく70オーバーの)パワフルじーじで、初見の細身の男性は白黒。前回も似たような背格好の白黒の人いたけど、今度は別の白黒。打球で判別可能。ここに私が入る。

 交代がないため、打つ数が普段の比じゃない。今回過去最多の1時間半で634球をマークした。ちなみに前回は616。5から4に減っている分、人数換算したら増える割合自体は少ない。原因はわかっていた。ボレーがへっぽこすぎてラリーにならなかったため。球数制限で交代が早まった分、他の人(この場合、同サイドに入ったうさぎ)が削れた私の分もたくさん打っていた。
 加えて今回初めて起こった事がある。純粋な負荷、疲労の蓄積による「両足言うこと聞かない現象」だ。元より無尽蔵と言われ、常にマスクをしたまま高地トレーニングさながら誰より動き回ってきたつもりだったが、この時初めて肩より先に足をやられた。これは必ずしも悪いことではなく、力任せに打っていた訳ではないという裏付けではあるものの、原因は分かっていた。鬼が現れたからだ。先に言う白黒。前回の男性と区別をつけるため、今回いた方を「鬼」とする。

 鬼って、知ってるか、笑うんだよ。
「すいません」と謝る男は、打球が伸びずこちらがつんのめると、アウトだと思うと、一様に声を上げた。レッドのようなうるささとはまた違った、それはあくまで謙虚に謙虚に(決してレッドが謙虚じゃない訳ではなく、受け取る側がプレッシャーを感じるか否かの差)「ありがとうございます」と言い、「ナイスボールです」と言う。柔らかい雰囲気。ふんわり癒されるような、男は生粋の鬼だった。私が見て来た中で、打って来た中で、過去最高に上手かった。愛らしい笑顔で、男もまたどこまで本気で打っていいか探ると、
 打ってきた。私の弾道に合わせて。
 違う。私は低い弾道の方が力が入る。けれども男の打球の重さに押され、どうしても上がってしまう。結果、互いにベースラインギリギリを攻める、高さのあるラリーになる。以前も言ったが、伸びが違う。私はとにかく逃げないように前へ前へと押し返す。この弾道は、やりとりは、知ってる。
 弾道後の伸び、高さ、頭上を通すスイング。
 ナオトだ。
 ハマる。ギリギリのラインで拮抗する。
 短くなる。緊張から振り出しが早まるからだ。テンポを遅らせて、再び前へ。微調整で同じ弾道を描き続ける。

 笑えないのは、ななコがなかなか止めないから。ラリーに関しては球数ではなく時間制限。その時間の長いこと。例えば一球で20往復したとして、3度ボールを取りに行った。一回に4球持って再び打ち出すから20×3×4=240。240球鬼と打ち合ったことになる。実際これはあり得ない数字ではない。総数240/634。全体で1時間半の内、最初の30分に当たる所で1/3(+α)消費は、次のメニューのボレーでほとんど打てなかった分、きちんとならされる。ちなみにいつものクラスでの総打球数は約半数の300そこそこ。この段階で普段の4/5の体力を消費していたことになる。いやちょっと待って。
 4/5っていうのは、すなわち8/10でしょう。開始30分で8割削られるってどんだけハードモードだよ。冒頭の「7、5」っていうのは精神的な面も加味したもので、じーじに0.5、少ないライフ残り2は

「もう一球」

 かっぴらく。正気かと思った。
 相も変わらずよく食べるななコは、3球交代のボレストで3球おかわりする。どうでもいいけど自分がミスったら「なし!」とか言って球数追加するのやめてほしい。こちとら既に膝ガクブルしてるんだよ。鬼と打ってる合間、ボール取り行く時はあはあはあはあ言ってたの分かってるだろ。ちきしょう。花粉さえ飛んでなきゃこんなマスクとっくに投げ捨ててるのに!





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