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純度の高い遊びにマナーはつきものです、2【feat.レッド】



 突風が突如止む。ここぞとばかりに打ち込むと、短い返球2球の後、打球が向こう側のネットにかかった。


 まさか翌週再来すると思わなかった。コートにいるのは前回見たのと同じメンツ。思わず「え、デジャヴ?」と玉ちゃんにツイートする。玉ちゃんははにかみながらリツイートした。
 ショートストローク。レッドは進んで対面に入ると打ち出した。
 レッドとショートストロークなんて「あの人中上級じゃん?」以来。あの時は初めて見るその回転量に驚き、速さに驚き、この人来る場所間違えてないかと思った。私自身、当時ビッグサーバーやメガネくん、ソウさんと打ち合っていたがためにどうにも慢心気味で、新しい人が来てもどうせすぐいなくなると思っていた。だからこそ、そんなガチモンの登場に動揺して声をかけた結果、ビッグサーバーの持つ価値を知ったのだ。日頃近くにいることで、当たり前になることで見失いがちなものを、他者評価によって改めて気づかされる。

 フォア、バックのトップスピン、スライス。
 あの頃と同じではない。私はきちんと受け取ると、かつ自分のコンディション整えるため、バックのスライスを織り交ぜた。レッドの打球はどうにも浮き気味で、私の打球が緊張すると上がりやすいのとどこか似たような性質を持っていた。互いにスライスを織り交ぜてやりとりを落ち着ける。その時だ。聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。


 先日は失礼しました。


 続くラリー。初めて打った時ななコが見せたものと同じ、それは自己紹介。


 挨拶がまだでした。自分はこういう者です。


 実に多彩な球種を見せる。
 情報の開示。たぶん男は前回私が目を凝らして見ていたものに気づいた。そうして一歩引いて、やかましい影響力を一旦自分の中に収めた。
 突如止んだ突風。センター、サービスライン上に落ちた打球は球出し。張り詰めた中に現れた異質。「遊び」それは誰にでもつくれる訳じゃない。あえて打ち込ませることでその上限を測る。そうしてこの女どこまで打てるかと私の輪郭を探ると、後のゲームで男は「サーブ」と言ってボールを寄越した。

 後衛のフォアサイド。
 ストローカーが欲するものを、だから当然この男も欲するはずのものを、そうして私に譲った。
 驚く。感じたのは敬意。

 後衛は基本土台だ。前衛が決定打を打つことが多く、影になりやすい。けれども。
 感じたのは敬意。まるで社交ダンスの最後、男性が女性を手のひらで示すかのような。

 たぶんレッドは先週後々自分だけ楽しんでいなかったか振り返った。相手を見ていなかったと感じた。無理もない。初回でひここに対面したのだ。あの時、レッドとラリーをしている時、この人相変わらず上手いなと思いつつも、どこか余裕のなさを感じた。そうしてそうせざるを得なくしている要素を嗅ぎ取った。レッドはひここのサーブを一本も返せていなかった。
 温度差。レッドはバケモノだ。
 だからこそ孤独をよく知っている。相手の顔色を敏感に読み取ってしまう。
 相方の強みを活かすため道を開ける。本人もできることを任せる。それは任せるだけの価値を私の中に見出した上でと言えないか。「楽しい」の中でもちゃんと男は結果にこだわっていた。

 自分にとっての相手と相手にとっての自分。
 理想は敬意で繋がれるような。ああ。ほとほと身に余る。
 この男が尊重するに値すると思ったその心は、私には恐れ多いもので。

 叩き込む。前衛を打ち抜く。

 先日、『テニス自体、華やかで、高貴で、紳士的なスポーツで、そのために美への高い理想を持っている男女が多い』とネットの記事で見かけた(ついでに「テニス自体上手くなくてもモテるポイント」的な記事も見かけたが、テニスYouTuberのぬいさんがフォームと箸の持ち方をかけてマナーと説いているように、最低限打ち方だけでも気にした方がいいというのは個人的な意見。旦那のテニスは笑いながら見てる)

 礼儀、マナー、美意識。
 この競技には、もう一つ深いところにもマナーが存在する。それが分からないと同じところに立てないような。それは上手い人ほどゆったりとしたラリーをするように、見る側がはっきりと自分と相手を区分してしまうような。
 ノンバーバルコミュニケーション。誰も教えてくれない、見つけた人だけが、そこを辿れるだけの技術を持つ人だけがたどり着ける場所。そこはきっと、溢れんばかりの敬意で満ちていて。
 戦うこと、コミュニケーションをとることが深いところで合わさる。
 相手を理解する。合わせなきゃ勝負できない。
 ゆったりとしたラリーは余裕。相手の声に耳を傾ける。キャッチ。掴んで、染めて、返す。野球だってグローブで取って利き手に持ち替えて返す。それと一緒。
 テニスは上手い人ほど性格が悪いなんて嘘だ。理解しなきゃ勝てない。頂点に立つのはいつだって最上級の理解者。


 そうして私自身も前回の反省を活かして、ファーストインプレッションだけで判断することはしない。
 礼儀に見えたそれは、はたして本物か。
 道を開けることは表面上誰にでもできる。「何でもいいよ」と同質。けれどその背景が「負えと言われれば負いますけど」なのか「自信がないから逃げた結果」なのかによって受け取り方は変わる。その「やさしさ」は誰のためのものか。身の振り方一つで香ってしまうもの。

 レッドは私のストロークに一定の評価をつけた。ある程度サーブで稼げることも分かった。一方で、ひここと対峙するのを嫌がった。直接の対戦相手になるのを避けた。どっちか。はたまた両方か。点灯したのは別の人とペアを組んでいた一つ前のゲーム。男は前衛でドロップショットをネットしていた。
 ゲームという緊張感の中、リスクを避けるのも一つ、リスクを負うのも一つ。
 テニスは技術だけが全てではない。肝心な時、結局心の強い方が勝つ。
 無駄に目が肥えるのも考えものだなと思う。ただ見たいものだけを見ていた方が圧倒的に幸せなのに。さて。


 紳士か。紳士ヅラか。


 相手が私を評価するように、私も相手を評価する。
 しっかりと目を凝らす。


 あなたはどっちだ。





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