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あの夢の続きを


 珍しく職場の人の話を出したのは、勤務地に近い居酒屋だったからかもしれない。カウンターに横並びの分いつもより距離が近く、内緒話をするには丁度よかった。
 
 つい先日、職場の同僚と話をしている時、話に出した人。
「あ、話が長い人ですね!」
 そんな相槌にたまらず笑ってしまったのは、純粋にその通りだったのと、何より私自身、その人が大好きだったから。肯定的な、好ましく思う相手は、名を聞くだけでも、「その人」に通じるヒントを聞くだけでも、自然頬が緩んでしまう。
 


 ただの半年に過ぎない蜜月。束の間の夢の断片を思い出す。
 肩で風を切る、その背中が好きだった。速水、と呼ぶ声が好きだった。「分かるか?」と15歳の差をならそうとする目が好きだった。前だけを見る人。もうその視界に入ることはない以上、それはいい思い出として終わりのはずだった。けれど、
 
「ようやくGOサインが出た」
 
 悪い顔で笑う旦那曰く、「話の長い上司」が、越権として丸一年我慢していた業務を任されたという。思わず私も笑ってしまった。
 笑わない人だった。仕事の話をする時、何時間一緒にいても業務時間中一度もその笑顔を見たことがない。だから先日、旦那のプレゼンを褒めた時、「GOサインが出た」と旦那に打ち明けた時、たぶんこの人は私の知らない表情を見ていて、
 
 心が伝わる。「あの人ならやりかねない」
 だって私が在職時にそのポジションをやっていた人だから。後に立場が変わろうと、その仕事をやったことがある、内側から物事を見られるというのは、底知れぬ武器になる。
 その人がうれしいと自分もうれしい。その共通項が旦那との間にあった。常日頃、直にプレッシャーを受けているにも関わらず、何だかんだ言いながら旦那もあの人が好きなのだ。
 ふとただの半年に過ぎない蜜月、束の間のどこかで言われたことを思い出す。
 
〈アイツ、いい奴なんだ〉
 
 まるで親のように、兄のように、親友のように、ポツリポツリと旦那のいい所を語った。当時付き合っていたけれど公表していなかった私は、内心ずっとニヤニヤしながらそれを聞き、そんでそっくりそのまま本人に渡した。自分では補えない不足を、大切に大切に思っている相手を託す。「アイツ」の良さを、私なら理解できると思った。
 
 私の在り方は旦那に影響する。その先にその人がいる。
 旦那のプレゼンを褒めた時、「GOサインが出た」と旦那に打ち明けた時、その場にいないのに私にもその人の喜ぶ温度だけは分かる気がして、力になれる旦那を心底羨ましいと思ったし、同時に本来知ることのない夢の続きを見ている気がした。
 
「内緒だよ」
 
 もう私はそこにいない。だから関わる人誰に話したとて通じることのない話。でもそれは、そんな悪巧みは、あの人も、この人も、そうして私も大好きだ。
 全力で支援して、と思う。私はその後ろでこの男にバフをかけ続ける。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 余談だが、2人の間で偶然私の話になった時、あの人は「懐かしいな、九州とか一緒に行ったな」と言ったという。
 私が帯同したのは名古屋で、出先で珍しい調味料をカゴに入れるのを、複雑な表情で見ていたのを覚えている。たぶん旦那のことを思い浮かべてだと思うが、兎にも角にも九州は私じゃねえ。



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