榛名山のはるなさん。

1話 ギャランとはるなの物語

クソッタレめ!!何なんだよコイツは!?

暗闇の中、せわしなくハンドルを切る。
常人から見れば狂気としか言いようのない、狂ったスピード。
たった2つのライトだけを頼りに、2台の車が事前に打ち合わせでもしてあるかのように30cmにも満たない距離で走っている。

ここは走り屋の聖地、榛名山。

その中でもぶっちぎりに早いと言われている一台の車。
どれだけ大排気量の車とのバトルでも持ち前のドリフトスキル、コーナーへはオーバースピードともとれる突っ込みをかますその車は榛名では未だ負けなしであった。

地元では漆黒のEP91と言われていた。
今となっては珍しいスターレットのターボモデルだ。
しかし、彼は貪欲に走りを追求していた。そして最近、最高の車と出会った。最近発売されたばかりのシビックタイプRである。
2.0のV-TEC、6速ミッション、最高出力は320馬力。
ソイツの技術力とシビックの性能。
榛名山では誰もが太刀打ちできなかった。
そう、ケンスケはまさに最強だった。

今日までは。
あの黒い車が突然現れるまでは。

誰もがその存在をナメていた。最近車を買ったばかりの貧乏な走り屋コゾーだと。
シビックに乗り換えたばかりのケンスケもそう思っていた。榛名の上りでソイツはいた。
ソイツからはなにも感じなかった。
当たり前のようにケンスケの仲間達はソイツをぶち抜いた。頂上で仲間達といつもの一服。そしていつものように
下りを走りに出た。仲間達はケンスケがちょっと本気を出すと全くついていけない。

既にバックミラーにはメンバーは誰も映っていなかった。
ケンスケはため息を大きくついた。

「やっぱ乗り換えるんじゃなかったかな」

スターレット、EP91ターボモデルに乗っている時からそうだった。誰もケンスケについていけなかった。
しかし、最近はそれが顕著に出ていた。
シビックの性能と相まってケンスケは本当に速かった。
いや、速すぎた。孤立してしまう程に。

中盤のコーナーを越えた所でバックミラーにライトがみえた。

ケンスケは小さく笑った
お、やっと追いついたか。

アクセルを緩めようかなと思ったがソイツは違った。メンバーの人間じゃない。スグに分かった。ソイツは俺より後にコーナーに侵入したにもかかわらず、この俺の車のケツギリギリに一気に近ずいた。

それだけでケンスケはゾッとした。
走り屋の亡霊だと思った。何故なら榛名山でケンスケより突っ込みが速い車など存在しないのだ。そのケンスケでさえゾッとするようなオーバースピードで突っ込んで来ないとこの距離まで食いつくことは出来ない。

「何もんだ?コイツ?」
ケンスケは一気に戦闘態勢になる。やや急勾配のコーナーに差し掛かる。ケンスケは道路をめいっぱい使う為にアウトへ。アウトインアウトのセオリー。
常人から見れば完全なオーバースピード。それでも臆すること無くギリギリめいっぱいでフルブレーキ、右足を器用に捻りヒールアンドトゥ、ケンスケ得意の高速シフトダウン

ズギャアアアアアアアア!!!!

タイヤから悲鳴のような音をたてて、ホイルスピンした車は二車線の道路を塞ぐように横向きになる。
フロントバンパーは今にもガードレールに当たりそうだ。
ハンドルの切り返しも必要最小限。
誰もが見惚れる最高のドリフトだった。

ケンスケはコーナーを抜けてバックミラーを一瞬だけ見る
そこには謎の車はもういなかった

「マジかよコーナー前のストレートとコーナーでこんなにすぐミラーから消えちまうのかよ、はははっ!」

違う

左側だ。イン側にライトが、、違う!!
ソイツはもう既にケンスケのシビックと並んでいた。

「はあ!?」

理解出来ない。そんなに速いはずが無い。
ライン取りは俺の方が完璧だったはずだ。
なのに何故そこにいやがる??
なんだコイツ?車種は、、、、ランエボ??

それ以上考える暇はなく、短すぎるストレートが終わり左コーナー。
ケンスケはアウト側。謎の黒のランエボはイン側
一気にケンスケは抜かれる。

流石ランエボ。クソッタレな立ち上がりだぜ、、、

いや、、、違う!!

コイツランエボじゃねえ!!ギャランだ!!
ケツのエンブレム外してんだかなんだか知らねえがエボじゃねえ!!

「ふざけんなよ!!こんなゴミ車に抜かれるなんて漫画じゃねえんだぞバカヤロウ!!!」

今度はケンスケがギャランのケツにつく。

「シビック抜くなんて有り得ねえことやりやがって!タネ明かしの時間だ。後ろからてめーのライン知った後に一気にぶっちぎってやるよ!!」

悪魔の様なスピードでコーナーに侵入
ケンスケがブレーキを踏んだ後、絶句する。

何故なら、、前のギャランはまだブレーキを踏んでいなかった。

ガードレールに突き刺さる!ケンスケはギャランがガードレールに突き刺さるイメージが見えた。

その瞬間、ギャランのブレーキランプがパッと点灯する。

何故か一瞬にしてドリフト態勢に入るギャラン

しかしブレーキングがあまりにも遅すぎた。ギャランは外側のガードレールに吸い込まれるように、アウト側によせられていく。

奇妙な動きだった、ガードレールには衝突した。確実に。

それはリアバンパーにほんのわずか。手で撫でた程度の衝突だった。きっとコンパウンドでこすったらすぐに消えてしまうだろう。

ギャランはそのわずかなタッチで態勢を変える。
コーナーが終わって立ち上がる。その時にはもうシビックは、車一台分離されていた。

みるみる離される。
非現実的な光景だった。絶対に有り得ない光景だった。
しかしそのままのスピードでヘアピンに差し掛かる。
おかしなコーナーリング。すぐにケンスケは気付いた。

「溝落とし、、、マジかよ、、、」

ケンスケがヘアピンを抜けた時、そこにはもう暗闇しかなかった。

「完敗だ。誰の目にも明らかなぐらいのな、、」

ケンスケはアクセルを緩め路肩に車を止める。
本当に現実か?なんなんだ、あれは?

たった1日、夜の数時間、いや、数十分のできごと。

全てが変わった。

この時は誰も知る由もなかった。その車がたった1人、ボロボロの車庫で組み上げたばかりの車だった事、しかもこの日が初めてのシェイクダウンだった事。

そして、、その日が免許を取って初めての運転だった事。
それが18歳の女の子だった事。

全てが有り得ない。

その日から伝説が始まった。

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