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日本一小さな町のnote #03[猟]
日本一人口の少ない町・山梨県早川町の魅力をお伝えするnote、たびたびカメラマンの鹿野がお送りします。
前回は2軒の飲食店を紹介しましたが、どちらもメニューの中にジビエ(主に鹿肉)がありました。早川では猟の免許を持つ人が多く、解禁される冬の間は山間に銃声が響き渡ることも珍しくありません。もっとも山や森の中で鹿を撃った場合、ひとりで運び下ろすのは至難の業。かといって谷底や平場で待っていても、鹿はなかなか現れません。そこで複数の猟師で役割を分担。勢子(せこ)役が高いところで犬を放ち、鹿を追い込みながら、河原で待つマグサ役が仕留める“勢子(せこ)猟”というやり方があります。鹿は犬に追い回されると、体を冷やして体臭を消そうと水を求めるという習性を生かしています。
その“勢子猟”を町内で実践しているのがかのし会です。1985年頃、奈良田や下湯島など町の北端の集落に住む、若い猟師が集まって生まれました。「かのし」とは奈良田の言葉でニホンジカのこと。当時はひとりで山に入るベテラン猟師が多く、それに負けじとグループを結成したそうです。今は当時からのメンバーのほか、移住した若手も加わって猟期には活発に猟を行なっています。
今でこそグネグネ道や悪路もなく走りやすい県道37号ですが、戦後しばらくは町の北部まで行くのは大変だったといいます。かのし会の古参メンバーに話を聞くと、日々の食糧を確保するのもひと苦労。必然的にどこの家庭にも猟銃があり、猪やウサギ、キジなどを獲ってタンパク源にしていました。もっとも今は増えすぎて食害を起こし、猟の主な対象になっている鹿は、昭和の終わり頃までは少なかったそうです。
そんなかのし会では毎年12月29日を“肉の日”として、猟納めとささやかな忘年会を行なっています。僕も猟銃の代わりにカメラを手に、幾度となく参加させていただきました。そして2023年、この記事のために久しぶりに“肉の日”を追いかけました。
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朝8時過ぎに集合して、手早く支度と作戦会議を済ませると、それぞれ配置につきます。各自トランシーバーを持っていますが、犬の首輪にもGPS発信機が着けられ、端末で現在地がわかります。白黒の粗い地図に点が示されるだけですが、猟師さんたちは地形や獣道が頭に入っているので、点の情報を線や面で捉えることができるのです。実際に鹿を追う過程は、まさに人間と鹿の命を懸けた知恵比べ。僕も何度か一部始終を見ていますが、開始早々に終わるときもあれば悪戦苦闘するときもあります。
この日はもっとも若い、そして紅一点の大木彩さんが撃ち手を務めました。大木さんは東京の下町生まれ。地域おこし協力隊で早川町へ移住し、3年の任期が終わった後も集落支援員として、農作物の栽培や販売を手掛けています。
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犬に追われた鹿が山から飛び出した瞬間、僕の目の前で大木さんが引鉄を引きました。ただし必死だったのか、想定していた獣道を通らず、ショートカットして崖を駆け降りてきたのです。弾は外れたように見え、鹿と犬は遠くへ行ってしまいました。
結局はその先で別の猟師さんが仕留め、大木さんは悔しそう。免許を取得して2年の大木さんは、罠にかかった鹿を捕獲したことはありますが、走っている鹿を仕留めたことがなかったのです。しかし後で鹿を解体すると、弾こそ見つからなかったものの脚に傷痕が。大木さんが撃った後、なぜか遠くまで逃げなかった(逃げられなかった)ことから、先輩たちは「彩ちゃんの弾が当たったんじゃないか」と推測。結論として……
「彩ちゃんが最初の一撃を与えた」
ということで落ち着きました。それでも大木さんはやっぱり悔しそうでしたが。
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ちなみに体重は72kg。まずまずの体躯でした。手早く解体すると、まず犬たちにごほうび。そして人間たちも山の恵みをいただきます。
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小屋で反省会。まずは全員で盃を回し、山の神に感謝を捧げます。捕獲したばかりの鹿のほか、この日のために冷凍保存していたとっておきの珍味、熊の頭もいただきました。そして過去の武勇伝や失敗談も酒の肴にしながら、その日の猟を振り返ります。これが先輩から若手へのアドバイスに。この日はやはり大木さんの一撃が話題の中心でした。きれいに仕留めれば、正真正銘“初めての獲物”になるはずだった肉を前に、大木さんは「予想と違う場所から鹿が現れて焦ったのかも」と悔しそう。それを聞いた先達たちは「俺たちだって50年近くやってるけど、向かってくる鹿を撃つときは今でもドキドキするさ」。気がつくと山の向こうに太陽が沈み、小屋のストーブに火が点いていました。
猟師の皆さんが意識しているのは、なるべく鹿を苦しませずに撃つこと。ストレスが肉の味に影響するというのもありますが、それ以上に命をいただく最低限の礼儀を守っているということを、とくに古参メンバーの方々は口にします。人間に危害を加えた熊を駆除しても苦情がくる時代。早川町でも鹿による森林への食害は深刻で、かのし会のメンバーも町の指定管理鳥獣捕獲として猟を行なっています。だからこそ、獲れた鹿はきれいに捌き、調理法を工夫しながら内臓まできれいにいただきます。
かのし会は獲れた鹿肉を自家消費していますが、一方で名湯・草塩温泉の向かいには食肉として購入したり、料理を食べることができる早川ジビエもあります。レストランは土・日・祝日のみ(平日は要問い合わせ)の営業ですが、鹿ロースト丼や鹿ほうとう、鹿焼肉定食、鹿肉カレーなどがいただけます。また予約をすればバーベキューやしゃぶしゃぶで、滋味を存分に味わうことも可能です。
運営するのは早川町で唯一、猟を職業にしている望月秀樹さん。2014年に町が設置したジビエ処理加工施設の運営も担っており、獲った動物はすぐさまそこへ搬入。県のガイドラインで、食用の鹿肉は捕獲から2時間以内に処理するのが条件だからです。
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これは僕が町内にいるとき、秀樹さんから「熊を獲ったぞ!」と連絡を受け、加工施設に駆けつけて撮影したもの。秋は北海道へ遠征して、巨大なヒグマを撃つこともあります。
秀樹さんの猟には僕も何度か同行させていただいたことがありますが、かなりハード。基本ひとりで山に入り、道なき道をどんどん進みます。急斜面から滑り落ちた僕を、天狗のように駆け降りてきた秀樹さんが引き上げてくれたこともありました。そして鹿を見つけると急所の頭部や頚部を一撃。弾の当たりどころが悪いと鹿が暴れ、肉質が落ちてしまうからです。
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そんな秀樹さんもまた、祖父も父も猟をしていた環境で育ちました。町内の建設会社に勤めていましたが、自分の腕を信じて脱サラ。しかも獲るだけでなく、東京のレストランへ販路を拡げたり、自分でもレストランを始めたり、そこで解体などのイベントを開いたり、さらに肉を有効活用すべくペットフードを開発したり。とにかくアクティブなのです。
そんな早川ジビエの鹿肉は、南アルプスプラザに併設された農家レストラン早川舎やヴィラ雨畑、手打ち蕎麦と山の食 おすくにといった町内の飲食施設でさまざまな料理に使われています。また鹿肉の缶詰やペットフードは南アルプスプラザでも販売しています。ぜひご賞味ください。
早川町の観光に関するお問い合わせは、早川町観光協会(TEL0556-48-8633)までお気軽にどうぞ。県道37号沿いの南アルプスプラザには、スタッフが常駐する総合案内所もあります(9〜17時・年末年始以外無休)。
■写真・文=鹿野貴司
1974年東京都生まれ、多摩美術大学映像コース卒業。さまざまな職業を経て、フリーランスの写真家に。広告や雑誌の撮影を手掛けるかたわら、精力的にドキュメンタリーなどの作品を発表している。公益社団法人日本写真家協会会員。http://www.tokyo-03.jp/