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『キュー』
執筆時BGM:ナイトルール/煮ル果実
【前書き】
皆さんこんにちは、早河遼です。
本作は大学の授業の課題として制作した作品を改稿なしで掲載したものです。文章は拙いですが、是非執筆した当時の雰囲気を直接感じ取って頂ければ幸いです。
この作品を書くきっかけとなったのが、児童文学の執筆を主題とする授業でした。「あまり難しい言葉を使わない」こと以外の指定はありませんでしたが、出来る範囲で児童文学の文体に近付けることを意識しています。また「幼少期の思い出を元に書くといい」という助言を頂いたので、今回はそれに基づいて2割実体験、8割空想のファンタジー作品を描くに至りました。
表題にもなっている「キュー」のモデルは、僕の創作の原動力にもなった空想の物語の登場人物。名前の由来は親愛なる隣人で尚且つお化け、という特色から『オバケのQ太郎』から着想を得ています。
沢山時間と頭を作った実験作。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
プロローグ
小学三年生になったある日、親友のマサキとケンカした。
ぼくよりも別の友だちと遊ぶのが多いことに、つい腹を立ててしまったのだ。
仲直りする機会も見つけられないまま、もうすぐ一週間がたつ。どうしてあの時、お前なんか親友じゃない、なんて言っちゃったんだろう。オレンジ色にそまる部屋のなかで、ひとりうずくまりながら考えた。
むかしのひどいぼくと、マサキに謝れなくてなさけない今のぼく。その両方をうらみながら、目の前にのびる自分のかげをじっと見つめていた。
ほんとうにぼくはバカだ。マサキがいなかったらなんにもできないクセに、あんなこと言って。これからどうすればいいだろう。一人で生きていくなんて、とてもじゃないけどできっこない。
──これからぼくは、ずっとひとりぼっちで生きていくんだ。
ふと、足元に目を向ける。黒いランドセルが、オレンジ色の光を反射していた。それが今のぼくにはたまらなくまぶしくて、むねがキュッとしめつけられて、思わず泣きそうになってしまう。
もう誰もぼくと一緒に遊んでくれない。誰にも相手にしてもらえない。
でも、しかたのないことなんだ。それぐらいぼくはサイテーな人間なのだから。
だけど、やっぱりつらい。苦しいよ。
──だれか、ぼくをたすけて。
届くはずのない声が、静かな部屋のなかにすっと消えていく。
かと思った、その時だった。
夕日とは明らかにちがう、白くてあたたかい光が足元からぱっと広がった。紙がはためくような音も聞こえてくる。フシギに思いぼくは目をこらして……思わず息がつまりそうになる。
ぼくの自由帳が、太陽みたいに光っていた。
自由帳はペラペラと思いっきり音を立てると、やがてまんなかのページを開いたところでゆっくり止まった。ぼくがむかし描いたマンガの主人公。それがやさしくほほえむのを見たところで、いっそう強く光がまたたいて、バッと何かが中から飛び出した。
ベッドのふとんがめくれて、ランドセルの中からプリントが飛び出る。顔にホコリがかかってせきこみながら、目の前をうででかくした。びゅおおお、と風がはげしく部屋中で吹き荒れて、音すらも上手く聞き取れなくなる。
やがて、気がついたころには風がやんでいた。何も聞こえない。
そんな耳がしびれるほどの沈黙をさくように、はつらつとした声が聞こえてくる。
「やあ、リュウト。こうして話すのははじめて、だよね?」
聞きなじみのない、だけどどこか懐かしく感じるフシギな声。
おそるおそる、ぼくは目を開ける。
銀色のかみの毛とエメラルドに光る目。茶色いTシャツを包み込む白いマント。空想のなかでしか会ったことのないもう一人の親友が目の前で浮いていた。
「……キュー?」
その名前は、自分でもおどろくぐらいすんなりと出てきた。それでも、まだ夢を見ているかのようで思わずほほをつねる。いたい、ってぼくが顔をゆがめると、キューはおなかをおさえながらケラケラと笑った。
「ああ、そうさ! キューだよ! やらなきゃいけないことを思い出したから、つい飛び出してきちゃったんだ!」
これからよろしく──そう言ってキューはふわりと床に着地し、ぼくに手を差し伸べてくる。まんじゅうのようにふくらんだほっぺたが、ほのかに赤くなっている。おそるおそるぼくもその手を取った。
これがぼくとキューの、少し奇妙な日常のはじまりだっだ。
1
「あのさ、キュー」
はじめての出会いから一カ月が経過したある日のこと。
この頃にはもう、キューがとなりに浮いている日々に慣れていた。
「今日の宿題、すっごくむずかしいんだよ。なにか頭がよくなるような魔法とかない?」
「ばか言え。あるわけないだろ?」
学校からの帰り道、夕日が沈みかける河川敷を歩いていた時のこと。
ふわふわと空中で寝っ転がるポーズをとりながら、キューはあきれたように言った。
「前も言ったと思うけど、オイラは別になんでもできるわけじゃないんだ。頭も特別いいわけじゃないし」
「そこをなんとか! 今日どうしても見たいテレビがあるんだ!」
「何度言っても同じだよ。できないものはできないの」
うでをくんでそっぽを向くキューに、ぼくは「ええっ」と不満をもらしてみる。
あの時、自由帳から飛び出してきたキューはぼくが思い描いていたとおりの人物だった。
明るくやさしくて、落ち込んでいるときはとなりにすわって背中をさすってくれる。キューがはげましてくれたおかげで、マサキとのケンカで空いたむねの穴が少しだけいやされた気がした。
キューはぼくが描いていたマンガのように、魔法が使えた。
今みたいに空を飛んだり、パッと光をともしたり、ぼくの心のなかをのぞいたり……できることには限りがあるけど、マンガの中で友だちにやるように、ぼくをいろんな方法で楽しませてくれた。
ただ、残念ながら一つだけ、マンガと違うところがあった。
「あぶないっ!」
突然、あわてたような叫び声が聞こえてくる。びっくりして、ぼくは振り向いた。
でも、その時にはもうおそかった。
ぼくの目の前まで、野球ボールが飛んできていたのだ。
あぶない──一歩おくれてそう思い、腕で顔をかくそうとする。
けど、間に合わずに頭に当たる──そう思っていた。けど。
ボールは……ぼくの目の前でピタリと止まっていた。
ぎょっとしつつ、まじまじと観察してみる。ボールは目と鼻の先で制止した……ように思ったけど、実際は透明な布みたいなもので防がれていたのがわかった。もしかして、と真横に目を向けると、そこではキューが顔をしかめて、両手を力いっぱい広げていた。
「……えいっ!」
キューがそう叫ぶと、布が思い切り元の形に戻ろうとする。すると、その勢いでめり込んでいたボールがぼくとは反対側に飛んでいった。一瞬だけ状況を理解できないまま立ち尽くしていた。けどすぐに理解する。キューが魔法でぼくを守ってくれたんだ。
「ありがとうキュー。助かったよ」
そう言って振り返ったとたん、目をうたがった。
さっきまで元気よく空を飛んでいたキューがふらふらと地面に落ちていき、そのまま苦しそうな表情で手を突いたのだ。慌てて近寄り、ぼくより一回り小さい背中をさする。
「キュー? 大丈夫?」
そう声をかける中で、ぼくはある変化に気づき、思わず悲鳴を上げそうになる。キューのかみの先っぽから徐々に銀色が失われていき、こげたような黒色になっていたのだ。
「キュー、これって……」
「あ、ああ。大丈夫、問題ないよ」
息が整ったのか、キューはその場にふらりと立ち上がった。
「ちょっと魔力を使いすぎちゃったみたいだ。突然のことだったから、つい」
ほほをかいてはにかんだキューは、白いマントを小さくたなびかせて、ゆっくりと身体を宙に浮かせた。心配するな、という素振りを見せるけど、心の内にある不安はどうやってもぬぐい切れなかった。
マンガと違うこと──それはキューが魔法を使える回数に制限があることだ。
前に彼は話していた。自分の身体には「魔力」というものが備わっていて、魔法を使うたびにそれがだんだんと減っていく。眠ればだいたい回復するけど、一日に何度も魔法を使えばその分たくさん魔力を消費してしまう。そして、全部使い果たすとこの身体は消えてなくなってしまうだろう、と。
魔力が一気に減ると、かみの色が変わってしまうらしい。前にも見たからわかっていたはずなのに、今回は変色する速度があまりにも速すぎたせいで不安が強くなった。このまま魔力を使い果たしたら……そう考えると怖くて声が出せなくなる。
「ちょっとリュウトくん! 大丈夫?」
不意に声をかけられて、ぼくはその場に立ち上がる。見ると、クラスメイトの女の子三人ぐらいが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「さっき見ちゃったの。リュウトくんがボールに当たってしゃがみこんだところ。あれ、でもケガしてないんだ。よかったぁ」
ピンク色の洋服を着た女の子はそう言って、ほっとむねをなでおろした。
ああ、そうか。他の人にはそんな風に見られてたんだ。
「うん、大丈夫。キューが魔法で助けてくれたから。ああ、そうだ。紹介するね」
ぼくはとなりに浮いている親友に向かって両手を広げた。
「この子はキュー。すっごく優しいヤツでさ、あと魔法が使えるんだ。一緒にいるだけでぜったい楽しいから、良かったら仲良くしてあげてよ。ほら、キューからもなんか言いなよ」
肩で小突いてそう言ってみるものの、キューはただぼくにほほえむだけで何も言わない。少しだけイラッとしてしまう。何やってんだよ。ほら、あの子たちにあいさつして? ほら見ろよ、何も言わないから変なヤツだって感じで見てるぞ?
「えっと……あのさ。リュウトくん」
すると黄色い服の女の子が、少し困ったように笑って口を開く。
「さっきから……誰と話しているの?」
「リュウトくん以外に誰もいないよ?」
ラベンダー色の服の女の子も、一歩身を引いてそう言った。
思わず「えっ」と小さく呟いたところで、ピンクの子がとどめをさしてくる。
「噂にはなってたけど……リュウトくんって変わってるね」
誰かが、行こう、と言って三人はその場から去って行く。しんと静まり返った遊歩道はカラスの声しか聞こえてこない。
ああ、もう。またかよ。
どこか寂しい空気をかみしめながら、ぼくはキューをにらみつける。
「……また透明になっただろ。キュー」
「いいや、やってないさ。それに関しても前話しただろう?」
黒くなったかみの先をいじりながら、キューは目をそらした。
「オイラはたいていの人には見えない体質なんだ。この場だとリュウトだけだろうね。言っとくけどこれは魔法を使ったわけじゃなくて、この世界に来て最初から決まっていたことなんだよ」
さとすようにそう言われて、こぶしをぎゅっと握りしめる。
ぜったいウソだ。だってキューはこうして目の前にいるわけだし、何なら触れることだってできる。
きっと彼は透明になってるだけなんだ。人前に出るのが恥ずかしくて、魔法で隠れてるだけだ。そうに違いない。
「ちょっときみ、さっきは大丈夫だった?」
一呼吸置いたタイミングで、白黒のしましまのユニフォームを着た男の人が何人か駆け寄ってくる。どうやらさっきボールを飛ばしてきた人たちみたいだ。何度も頭を下げてくるのを見て、ぼくは「大丈夫ですよ」と両手を振った。
ふと、キューのいる方に目を向ける。頭の後ろで手を組む彼の周りには誰も謝りに来ていない。まだ透明になっているのか、と心の中で呆れてしまう。
もうこれ以上、誰かにいないふりされる姿は見たくない。もっと、ぼく以外の人と話してほしい。それが、最近のキューに対するぼくの願いだった。
2
「よお、リュウト。また一人でブツブツしゃべってるのか?」
ある夏の日の夕方。学校がおわってキューと家に向かっている最中、ふと後ろから声がかかってくる。
からかうような言い方ですぐにわかった。マサキだ。ふり返ると、ほかにも二人の男友だちがならんで、ニヤニヤと笑っている。
「あいかわらず変なヤツだなぁ。友だちがいなくなっておかしくなったのか?」
「うるさいな。悪いけど、別に友だちがいなくなったわけじゃないから」
ぎゅっとこぶしをにぎり、言い返した。最近のマサキはずっとこうだ。キューと話しているときにかぎってこうして冷やかしてくる。そんなに新しい友だちができたことがうらやましいのか。
「ほら、今もここにいるじゃないか。ちゃんと見てごらんよ。キューは魔法で透明になってるけど、集中して見ればわかるはずだから!」
きょとんとするキューに向かって、ぼくは両うでを広げてみせる。
マサキたちは目を真ん丸にしてぼくのとなりを見やる。そうしてしばらく三人で顔を合わせて……どっと笑い始めた。
「ぎゃははは! やっぱサイコーだよ、リュウちゃんは!」
「ガチウケる!」
おなかをおさえながらそう言うかれらを見て、頭のなかでふつふつと何かがわき上がるのを感じた。
「本当にいるんだってば! 言っとくけど、キューは魔法使いなんだぞ? その気になればおまえらを消すことなんてお茶の子さいさいなんだ!」
「へえ? 言ってくれるじゃねぇか」
おなかから手をはなしたマサキはゆっくりとこちらに近づき、ぼくの目をじっと見つめた。少しだけこわくなって目がうるんでしまう。
「だったら今すぐ魔法で吹き飛ばしてみろよ。できるんだったらな?」
ごくっと、ぼくはかたいつばをのみこんだ。
「少しは現実を見たほうがいいぞ? キューはマンガのキャラだろうが。そんな急に自由帳からパッと出てくるわけねえじゃん」
そう言われたとたん、出そうになった涙がなぜか一瞬でかわいた。こわい、という思いもどこかへ消えていく。マサキの言葉が、どうも頭にしみついてはなれなかった。
だめだ、思い出せない。
どうして、マサキがキューのことを知ってるんだろう。
「まあいいや。そこまで言うなら証明してくれよ」
ぼくがとまどっているうちに、マサキは一歩距離をおいた。するどい目の色が少しだけやわらぎ、かわりに何かをたくらむようにきゅっと細くなった。
「今からオレと勝負しようぜ?」
「勝負?」
「そうだ。ガラガラ山の頂上にある祠、知ってるよな?」
もちろん、と意志を示すようにぼくはうなずいた。
ガラガラ山──ぼくらの通う学校の裏にそびえ立つ大きな山のことだ。
「そこによく教頭先生がまんじゅうを供えに行くだろ? 今からそれぞれ別の方向から山に入って、先にそのまんじゅうを持って下に降りられたヤツの勝ち。どうだ?」
「おい、マサキ! さすがに冗談だよな?」
さっきまでへらへらと笑っていたマサキの友だちが、さっと顔を青くした。
「お供え物を盗むとか……お前バチ当たるぞ? ガラガラ山の都市伝説知らないのか?」
「あの山には死んだ子供たちの幽霊がいて、イタズラした子供をあの世に引きずり込むんだぞ?」
「てか、そもそもガラガラ山はまずいって」
「危ないから入るなって先生から言われてるだろう? 先月も山に入った六年生がケガをして──」
「ごちゃごちゃうるせえぞお前ら!」
声を荒げたマサキが、じろりと二人をにらみつける。
「都市伝説は都市伝説だろ? 本当に起きるかもわからねえことをベラベラと……それにもし幽霊が出たとしてもコイツの友だちが魔法で助けてくれるだろ」
親指でぼくを差しながら、彼はにやりと笑った。
思わず歯をかみしめてしまう。バカにしやがって。あの感じ、丸っきりキューの存在を信用していないのは明らかだ。
いいだろう。そこまで言うんだったら、見せつけてやるよ。
キューがどれだけすごいヤツなのか、ってことを。
「わかった、やろう」
覚悟を決めて、ぼくはマサキの目を見すえる。
「マサキが勝ったら何とでも言えばいいさ。その代わり、ぼくが勝ったらキューをバカにするのをやめてもらえないかい?」
「ほう? とりあえず勇気だけはほめてやるよ」
キューの不安そうな目を無視して、ぼくらは誓いの握手をした。
3
夕暮れのチャイムを合図に、ぼくとキューは山の中へと入っていった。
日がかたむき始めたガラガラ山の中は、夜道のように暗い。ところどころぬかるみや段差もあって、こしを落として進まないとすべって転んでしまいそうだ。
「なあ、リュウト」
ぼくのとなりをふわふわと浮かびながらキューは問いかけてくる。
「なんであんな約束をしたのさ?」
「あの約束って、なに?」
「勝負の話だよ。わざわざオイラのことで腹を立てる必要はないのに」
彼がどんな顔をしているのか、なぜかこわくて見られなかった。
「オイラは別にみんなに認識してもらいたいわけじゃない。ただ一つやりたいことがあってここに来ただけなんだ。それなのに──」
「だって……耐えられないじゃないか」
ついムキになって、大股で歩きながらぼくは答えた。どろがくつに染み込んだ気がしたけど、そんなことはどうでもいい。
「みんなキューをまるでいないものみたいに扱って、それでいて魔法を使えることもバカにしてきて……悔しいじゃないか。キューはこんなにもいいヤツなのに」
「だから、それはオイラが他の人には見えないだけで──」
「うるさいな。何も言うなよ。勝負を引き受けたの、後悔しそうになるだろ?」
イライラする気持ちと共に、そう言い放った。
「これはぼくとマサキの勝負なんだ。キューが心配することは何もないだろう? ほうっておいてくれよ」
「……でもさあ、リュウト」
ため息まじりの声が、やけにはっきりとぼくの耳の中で響いた。
「魔法を使うのは、オイラじゃないか」
思わず、足が止まってしまう。
どろの音がやんで、ああ、セミの声がこんなにも響いていたんだ、と関係のないことを実感してしまう。ぼくは一体、何に対して怒っていたんだろう。
「今やってる勝負の目的は、オイラの魔法をマサキに見せつけること。ってことは最初からキミだけの勝負じゃなくなってるじゃないか。オイラがサポートしつつ、リュウトが道を切り拓く……ほら、心配するほかないだろう?」
山に入ってからはじめて、キューの顔をはっきりと見る。
彼の表情は、ほほえんでいながらもかすかに悲しみの感情がにじんでいた。銀色のかみに隠れた眉根は下がっており、エメラルドの両目が水面のように揺れている。指先で触れただけでもすぐに崩れてしまいそうなその表情が、いつしか奥に隠していたあの時の後悔をキリキリと刺激してくる。
何をやってたんだろう、ぼくは。
あの頃から、何も変わってないじゃないか。また自分の中で勝手に思い込んで、誰かを傷つけようとして……。
地面に崩れ落ちそうになるのを、やっとの思いでこらえる。
「ごめん、キュー。ぼくは──」
「謝らないでくれよ。なにも全部間違っているわけじゃない。むしろうれしかったんだ。オイラのかわりに怒ってくれて、危険な勝負にも挑んでくれて」
そう言って、キューは手を差し伸べてくる。
白いマントが、彼の背中でひらりとたなびいた。
「さあ、行こう。ここまで来たんだから、オイラと一緒に勝とうぜ?」
「で、でも……ぼくは」
「急に弱気になるんじゃないよ。さっきまでのやる気はどうしたんだい? ほら行こう。証明するんだろ? オイラが魔法を使えるってこと」
手を目いっぱい広げる姿がまぶしくて、まともに見ることができなかった。
ああ……どうしてキューは、こんなにも優しいんだろう。それにくらべてぼくは、本当に最低なヤツだと思う。マサキに嫌われるのも当然のことだ。
もう二度と、同じ失敗をくり返すものか。
くじけそうな仲間に対して手を伸ばすマンガのワンシーン。自分がかつて絵に描いたその場面を思い浮かべながら、ぼくはその手をしっかりと掴んだ。汗のねばつく感触が、キューの存在を証明してくれていた。
「よし、そうと決まれば急ぐぞ! 時間は限られてるぜ?」
今度は満面の笑顔でキューは力強くそう言った。
4
「……にしてもすごい山道だな」
さっきより早いペースで足を動かしながら、ぼくは息切れぎれでそう呟いた。
どれだけ歩いてもゴールは見えず、ただうっそうとした木々の景色が続くだけだった。
「どうしよう、このままだとマサキに追いこされちゃう。早くしないと──」
そう言いかけたところで足に何かが引っかかって、がくん、と視界が下がった。
そのまま、ひざとお腹の辺りに衝撃を受けてじんわりと痛みがにじんだ。歯を食い縛りながら立ち上がろうとする中で、キューがあわてた様子で近づいてくる。
「大丈夫かい? リュウト」
すぐ横に着地する親友を安心させようと、ぼくは笑ってうなずいた。Tシャツやズボンに付いたどろをぱっぱと手で払う。
「うん、大丈夫。……それより急がないと。あんまりもたもたしていられない」
「ああ。でも焦りは禁物だぞ? ケガとかしたら元も子もない」
「わかってるって」
そう答えて、今度は慎重に足を進めることにした。足元を確認し、出来るだけぬかるみのない道を選び、それでも時間を縮めようと駆け足で進んだ。心なしか、さっきよりもいいペースで山道を進めた気がする。
が、そんな軽やかな足取りも、途中でピタリと止まってしまう。
「──そんな」
目の前に広がる惨状に、ぼくはまともに声を出せなかった。
ほぼ一本だけだった山道を塞ぐように巨大な木が倒れていたのだ。少なくとも、ぼくの身体の大きさでは乗り越えることはできそうにない。よけて通ろうにも、左右にあるのはがけか枯れ葉の敷き詰められた山肌だけ。簡単に進むことはできなさそうだった。
一回引き返そうか。そんな考えがよぎったものの、すぐに首を振った。あまりにも時間が足りない。戻って別の道を探し始めたら、本来の二倍ぐらい時間がかかってしまう。そうしているうちにマサキはまんじゅうを探し当てて、山を下りていることだろう。
「どうしよう……」
すぐにでもひざから崩れ落ちそうな中で、キューは浮いたまま木に近づき、そっと触れた。
「立派な木だな。べらぼうに太いし、当然重い。オイラの魔法ではどうにもできなさそうだ」
「そんな。一体どうすれば」
「なに。木をどかせないのなら、別の道を作ればいいのさ」
見てろよ、とキューが山肌に向き直ると口の前で指を丸め、地面に向かってふうぅ、と息をふきかける。すると驚くことに小さな息が大きな金色の風になって、枯れ葉のじゅうたんを一気に吹き飛ばした。
凄まじい風圧だ──たまらず顔をうでで隠したぼくは恐る恐る目を開く。枯れ葉は吹き去り、山肌がほんの少しだけえぐれて、壁のようだった道が歩いて進めるぐらいにはゆるやかになっていた。不安が徐々に晴れていく。これなら、問題なく先に進める。
「ついでにおまけだ。今日はいつも以上に張り切ってやるよ!」
そう言ったキューはぎゅっと両手をにぎり、何かを込めるように目をつむった。何だろう、と思ったのも束の間、かれの手の中がふんわりとやわらかい光を灯し始めた。
えいっ、とかれが思い切り両手を広げると、中からいくつもの光の粒が待ってましたと言わんばかりに飛んでいく。ホタルを連想させるそれらは山肌の至る所に散っていき、あるものは草の先に、あるものはどろの上にと様々な場所に降りていく。
そうして出来上がったのは、薄暗い山道を優しく照らし出す、一本の光の道だった。
これをたどれば安全に頂上に辿り着ける。フシギとそんな予感がした。
「ありがとう、キュー。助かったよ」
そう言いかけたところで、となりのキューがバランスを崩した。
空中でガクンと身体を震わせた、かと思うとうでをだらんとたらしながら高度を下げていく。あわててその小さな身体を掴んだところで、かみの毛先がいつかのように銀色から黒に変わっていった。
「……無茶しすぎだって」
ぼくのうでの中で、キューはへへっと力なく笑った。
「……どこかの誰かさんには、言われたくないなぁ」
かみの毛の変化は、半分以上黒になったところで止まった。いつもよりも変わる範囲が広い。キューのひたいににじむ汗を見ながら、ぶるるっと身震いした。
もう、これ以上は魔法を使わせられない。
ふといやな予感が頭をよぎって、ぼくはくちびるを噛んだ。
5
一歩、また一歩と、しめった土を踏みしめる。
さっきまで見えなかった空の光が、手を伸ばせば届く範囲まで近づいてきている。はやる気持ちを抑えつけながら、たんたんと山道を登り続ける。心臓がはち切れそうなほど痛い。のどが燃えるように熱い。けど、きっとそれもあと少しで終わる。
ミシミシときしむ身体にムチを打ちながら、足を動かす。
そうして、やっとの思いでくぐり抜けた木々のトンネルの向こうに。
「…………はあ」
その祠は、ポツンと置いてあった。
空をさえぎるものが何もないひらけた場所に一本だけ、立派な木がそびえ立っている。その根元で、屋根の付いた木製の小さな祠があるのを見つけた。まるでみんなに忘れ去られたように、寂しげに待っていた。
恐る恐る、ぼくは祠に歩み寄った。見ると、その格子状の両扉の前に、ピンク色の丸い物体が丸皿に乗って添えられている。白い粉が申し訳程度に振りかけられたそれは、今日供えられたばかりの作りたてだった。
「────あった」
あった──あった。口に出しても信じられない。
絶対に追い抜かされたものだと思っていた。けど、ちゃんとぼくの目の前に、まんじゅうがある。手で触れてみるとふんわりと柔らかくて、指先に粉がこびりついた。本物だ。マサキに勝ったんだ。
「やった……やったよキュー! ぼくらはマサキに勝ったんだ」
「ああ、よくやったな。けど喜ぶにはまだ早いぜ。何せ山を下りるまでが勝負だからな」
「もちろんさ。……じゃあ行こうか」
事前に持ってきていたふくろの中にまんじゅうを入れて、ぼくは祠に背中を向けた。
と、その時だった。
「おい、マジかよ! 先こされてたなんて……」
向こう側から、あせったような声が聞こえてくる。目を向けると、上り道を終えようとしている辺りでひざに手をおいて息を整える、マサキの姿があった。
「あそこで道に迷わなければ……クソッ、運が悪かったか!」
上り坂の途中で、かれは地面に向かって負け惜しみをしていた。いつもなら「文句を言うな」って言い返していたところだけど、今はどうもそんな気分になれない。
キューの顔をちらと見てから、ぼくはゆっくりとマサキのもとへ歩み寄る。
「……運だけじゃないよ。これもキューの魔法のおかげさ」
サクッ、と枯れ葉の音がしずかにやんだ。
「これで信じてもらえるかわからないけど、キューは本当に存在するんだ。だから、これ以上キューをいないもの扱いしないでほしい」
「ははっ、なんだよ。もう勝った気になってるのか? 悪いけどお前の思ってるとおり、こんなんじゃ証拠になりやしないよ」
まぁでも、とマサキは顔を上げた。
「……こっから勝てるかって言われるとそうは思えねぇしな。オレの負けだ」
そう言ったかれの表情は、やわらかかった。そこに戦う意志はなく、むしろかつてぼくらが親友だったときに見せたものとそっくりで、思わずドキッとしてしまう。
「なあ、リュウト」
何も言えず立ち尽くしていると、ふいにマサキはこちらに手をのばしてくる。
「引っぱってくれないか。オレ、もう足動かねぇよ」
くしゃっと笑うかれの言葉に戸惑いつつも、ぼくは手をのばした。もしかしたら勘違いしていたのかもしれない。ぼくが勝手にはなれていただけで、マサキはずっとこうして話しかけてくれるのを待っていたのかも。頭のかたすみで、そんなことを考えていた。
「お、気が利くじゃん。ありがとな」
そうマサキがお礼を言った、その時。
目の前でのびていたかれのうでが、ガクンと下がった。
「────えっ」
まともに声を出せなかった。状況の整理も追いつかなくてしばらくポカンとしてしまう。やがてマサキの小さな悲鳴が聞こえたところでようやく、頭のなかで何かがピカッとまたたいた。
マサキが、下に落ちてる。ぬかるみで足をすべらせたんだ──。
「マサキ……!」
ぼくは夢中で、親友の落ちていく方向に飛び込んだ。後ろでキューが何かをさけんでいたような気がしたけど、そんなことはどうでもいい。
勢いよく飛び込んだのはよかったものの、着地と一緒に足が泥でつるりとすべってしまい、そのまま公園の遊具のようにずるずると下っていった。思わず悲鳴を上げてしまったが、悲しいことにそれすらも暗闇のなかに溶けていく。
ああ、もうだめかもしれない。そう思ったのを最後に、ぼくは気を失ってしまった。
6
背中のいたみが、じんわりとにじんでくる。
目を開けたぼくは、おもむろにからだを起こした。あれからどうなったんだろう。服についた泥をはらいながら、そう考える。空はまた黒い木々におおわれてよく見えない。ただわずかに見えていた白やオレンジも消えていて、もう夜になったんだろうかと急に不安になった。
ここは、どこだろう。
キューは、どこにいるんだろう。
辺りを見回したところで、ぼくはふいに別の気配を感じ取る。暗闇のなかで鮮やかに映るシャツの色。切り傷だらけのやわらかい肌。ついさっき目の前で落ちていった友人が、すぐ近くであおむけにたおれていた。
「マサキ!」
近づいて、そのかたを強くゆさぶる。すると間もなく「ううん」とうなる声が聞こえてきたので、ほっとむねをなで下ろした。よかった。意識はあるみたいだ。
「大丈夫? けがはない?」
「うん? あ、ああ……だいじょうぶ……」
もがきながら体を起こそうとしたところでかれは、うっ、と顔をゆがませる。目線を追ってみると、その先で右足の付け根にむらさき色のアザがあるのが見えた。かたの辺りでいやな寒気を感じる。
「……やっぱダメみたいだ。足がまともに動かせそうにない」
「そんな──」
「オレのことなんか気にせず行ってくれ。こんなヤツとずっと一緒にいるの、お前だってイヤだろ?」
そう言ってマサキはこちらを向いて、ニッと笑いかける。その笑顔がぎこちないのは、きっと足のいたみだけじゃない。すぐケンカしたときの光景が思い起こされて、むねが押しつぶされそうになる。
ぼくたちはどこでまちがえたんだろう。むかしは一緒にいないときのほうが少ないぐらい、仲がよかったはずなのに。親友だったはずなのに。ぼくが思っているよりもはるかに遠く、距離がはなれてしまったみたいだ。
もう、あのころにはもどれないのだろうか。
いや、ちがう。たとえもどれないんだとしても。
二度と、後悔はしたくない。
「ほら、ボケっとすんなよ。早くしないともっと暗くなって──おわっ」
マサキがおどろいたように声を上げる。それもそのはず。急にぼくがかたを背負って持ち上げようとしたんだから、おどろかないはずがない。
「……何やってんだよ」
「何って、助けようとしてるんだ。マサキと一緒に山を出る。一人で出る覚悟なんて、ぼくにはできないよ」
「てめ……バカじゃねぇの?」
するどく冷たい声で、マサキは言った。せいいっぱいのいやみを込めたような目。だけどそこにかれの持つやさしさがにじみ出ていることが、ぼくには見て取れた。
「お前はオレのことキライじゃねぇのかよ。もう親友じゃないって言ったじゃねぇか。それならお前に助けられる筋合いなんかまっさらない。早く手をはなせ」
「いいや。ぜったいにはなすもんか」
「何だよ、強がってるのか? それともオレに借りを作ろうってか? バカバカしい。オレを助けてもお前には何の得もねぇよ。早くはなせって!」
「いやだっ!」
自分でもおどろくぐらい大きな声が出る。かすかに裏返る、感情が全面に出た声音。
マサキが大きく目を見開いたものの、そんな反応に気をくばる余裕はなかった。
「べつにマサキにきらわれたままでもいい。だけど、ここでマサキを置いていったら一生後悔すると思う……だから──」
言葉の最中で、ガクンと視界が下がった。全身にいたみと体重がのしかかる。
マサキの重みとぬかるみが相まって、足をすべらせたのだと察した。
「バカ! 無理すんじゃねぇよ! これでお前がケガしたら意味ねぇだろうが! おとなしくオレをおいてけ! ここに落ちたのも、けっきょくはオレが悪いんだから!」
「うるさいな……!」
なんとか立ち上がろうと、ぼくは歯をくいしばる。ひざを曲げたとたん、ズキッといたみがしみわたり、思わずさけびそうになった。
だけどこの程度のいたみ、マサキがいなくなるのとくらべたら──。
「おいていけないって、さっきからそう言ってるじゃないか。それぐらいマサキのことが大事なんだ。これから一生仲直りできなくても、マサキにはずっと笑っていてほしいんだ」
──だから。
肺のいたみをはき出そうと、ぼくは深呼吸した。
「だから……助けさせてくれよ。オレのことおいていけなんて、たのむから言わないでよ」
そんな願いが、夜の暗闇のなかに溶けていく。
──はずだった。
「そうだよ。そのとおりだよ、リュウト」
待ち望んでいた、なつかしい声。
それを聞き取ったとたん、空が真昼のように白くかがやいた。
ぎょっとして上を見ようとしたところで、地面から現れた光の円がぼくらを取り囲んだ。その内側ではいくつもの小さな丸が浮かび、少しずつ一つの模様を作り上げていく。すっかり見入ったぼくは、思わず足を止めてしまう。
「オイラはその言葉をずっと待ってたんだ。きみはマサキと仲直りしたくてオイラを呼び出した。けどきみは、最終的に魔法なんかにたよらず自分の力でマサキをたすけようとした。オイラは一人の友人としてきみをほこらしく思うよ、リュウト」
やがて地面の円から、光の筋が飛び出してくる。白に包まれる視界のなかでもしっかりと見て取れるそれはまっすぐに空へと伸びていき、ドーム状にぼくらを包み込んだ。
「だから今からやることは成長したきみへのお祝いだと思ってくれよ。……今からきみたち二人にキセキを見せてあげる」
明るいトーンでごまかされたまじめな言葉が、ドームの外から降りかかった。
「けっこう強力な魔法だからさ、もしかしたらここで力を使い果たすかも。だけど、きみたちはなにも気にしなくていい。これからもずっと……大人になっても親友のままでいてほしいな」
「ち、力を使い果たすって──」
「おっと、サヨナラなんて言わないよ。どうせきみたちとはいつでも会えるからね。だって二人の仲が本当に悪くならないかぎり、オイラはきみたちの中で生き続けるんだから」
ちょっと待って──そうさけぼうとしたところで、強い風の音がごおっと鳴り響いた。あたりを見回すと、光のかべがぐるぐるとうずまき、ぼくらを白いモヤに閉じ込めようとしている。あまりにもフシギな光景に、マサキも何も言えず目をあちこちに動かしていた。
光のドームの向こう側に、一つの影を見つけた。
空からこちらに向かって両手を広げている──キューだ。
かみの毛がだんだんと黒くそまっていき、手がふるえているのがわかる。それどころか……身体が粉のように崩れ始めている。
思わず息が止まった。
「たのむキュー、やめてくれ……」
ぼくの声は、キューに届かない。
「いやだよ、こんなところでお別れなんて……なあ、たのむよキュー」
やがて風も光もだんだんと強くなっていき、目を開けるのはおろか立つこともままならなくなってくる。ガクンとひざをついたところで、ぼくは空を見上げた。言いたいことはたくさんあるのに、白いうずが全てをかき消してしまう。
「キュー……!」
自分の声すらまともに聞こえない中、最後の力をふりしぼってぼくは空に向かってさけんだ。少しずつうすれていく意識のなかで、エメラルドのまなざしがやさしくふりそそがれた気がした。
エピローグ
目をさますと、そこではマサキの友だち二人と、教頭先生が不安そうに見つめていた。
先生の話によると、ぼくたちは山に入ったきり何時間ももどってこなかったらしく、通報を受けて三人でくまなく捜索したらしい。そうしてすっかり日が暮れたころ、ちょうどぼくが山に入ったあたりで二人仲良くたおれていたのが見つかったのだそうだ。
状況を説明されてからすぐ、ぼくらは教頭先生にしかられた。「あぶないから裏山には入るなと何度も言っているのに」だの「友だちをこんなに心配させて申し訳ないとは思わないのか」だの、感情に乗せてずらずらとぶちまけてくる。耳がいたい話だけど……それすらもまともに聞けないほどぼくの心は空っぽになっていた。
キューが、消えてしまった。
山のてっぺんに行くまでずっととなりにいたキューが、今はもうどこにもいない。かれの言っていたことは本当だった。自分の持つ力の全てを使い果たして、ぼくとマサキを助けてくれたのだ。ぼくなんかのために、自分をギセイにして。
先生のお説教を終えて、次々と友だちが自分の帰路に立った末に、ぼくはマサキと二人きりになっていた。かたをならべて歩くかれの足は、さっきのアザがウソみたいに消えてなくなっている。これも魔法のおかげだと考えると、よけいに胸がしめつけられる。
「……なあ」
なにもかける言葉が見つからず、沈黙が続いたところでマサキが声をかけてくる。
「お前の、言うとおりだったな。キューは本当にいた。さっきオレたちを……魔法で助けてくれた」
一言一言選び取ったかのようなたどたどしい言葉に、ぼくは「うん」とうなずいた。
「オレがバカだったよ。意地になって、お前の言葉を信じなかった。……本当だったら、まっさきにキューの存在を信じるべきだったんだ。お前となかよくなったきっかけが、あの魔法使いなんだからさ」
「……え? どういうこと?」
「なんだよ、おぼえてないのか? 言ったとおりだよ。たまたま見たお前の自由帳に、キューが出てくるマンガが書いてあってさ。それがメチャクチャ面白くてさ……はずかしい話だけど、そこでお前となかよくなりたいって思ったんだ」
びっくりして、ぼくはその場に立ち止まってしまう。
そこから数歩進んだ先で、マサキも歩みを止めた。一つため息をつき、なにか覚悟を決めるようにこちらに振り返る。今にも泣きそうな、ぎこちない笑顔だった。
その瞬間、目の中でピカピカと光がまたたいた。
小学校に入って間もないころの話。人と話すのがニガテで、ただひたすら絵をかいているような何の面白みのないぼくに、マサキは声をかけてきた。鼻に貼られたバンドエイドがすごく印象に残っている。
──何を描いているの?
とまどって、オドオドするぼくなど気にせずにマサキは自由帳をじっとながめる。マントをつけた男の子が、光の魔法で悪魔をたおすバトルマンガ。ただ自分のためにかいていた意味のない絵を、かれはかたがふるえるほど大きな声でほめてくれた。
──マジかよ! お前こんなおもしろいマンガかけるのかよ! すげえ!
すぐさま集まってきた、いくつものするどい目線。当時はとてつもなくはずかしかったけど……それを打ち消すほどあたたかくやさしい感覚が体に満たされたのを思い出した。
どうして、忘れていたんだろう。
あれからいろんな人に絵をほめられるようになったせいで、はじめてほめてもらった日のことを忘れてしまっていた。その相手がマサキだったことも、となりにいることが当たり前になったせいで頭から抜け落ちていた。
そっか。そういうことだったんだ。
最初から、キューはこの瞬間のために自由帳から出てきてくれたんだ。
どうしてわすれていたんだろう。ずっとぼくは願っていたはずなのに、いつから本当の願いから遠ざかってしまったんだろう。
ありがとう。本当にありがとう、キュー。
きみのおかげで、ぼくは……。
「本当に、ごめん」
言葉にしたとたん、鼻がツンといたむ。
「友だちじゃないとか言ってごめん……。ぼくが、勝手なことを言ったせいで」
しずくがこぼれ落ち、ぽつぽつと地面に落ちていく。
マサキの前で涙を見せる資格なんてないのに。一粒一粒を手でぬぐっている中で、ドンと強く背中を叩かれた。驚いて横を見ると、昔と同じ親友の笑顔がまばゆくかがやいていた。
「相変わらず泣き虫だな、オメェは。さっきのカッコイイ姿はどうしたよ?」
かれが背中をバンバンと叩くたびに、言葉にできなかった想いがほほをすべり落ちる。まだぼくらの間にある大きなカベもきっと乗りこえられる。そんな予感がした。
ふと空を見上げると、ぼくらのヒーローの目と同じ色の星が、にじむ視界の中でほんのりと光をはなっていた。
了