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暁月振り返りうさナ旅36 この世界の終末

暁月MQ62 この世界の終末


なんかどこかで見たクエストタイトルじゃね?
ハイ、漆黒5.0の終盤ですね。
「明かり灯りし地→ある世界の終末→その者の結末→漆黒のヴィランズ」となる。アーモロートに辿り着いて全私が「は!?なにここ???」ってなったとこです。今回はリアルに今終末なうな現在、この世界でございます。

何を言っているのか。
タイトルだけで暴走するのやめよう、よし、深呼吸だ。

ここでやっっっと、ラザハンのエーテライト解放。なっがかったわよ!!!
そしてロールクエストも開放。
漆黒はロールクエクリスタリウム(最初の開放都市)からだったので、ラザハン開始は意外だった。
先に言ってしまうと、このロールクエ、メイン中に進行していると、これ解決(メインクリア)した後話ズレちゃうんじゃないの?と思うが、そうならない結末だったのがね、さすがだなと。
恒星がなくなっても夜空の星はまだ輝いているように、終焉の謳う者が謳うことを終わらせてもデュナミスによって宇宙に響いた絶望はすぐにはなくならないし、アーテリスの天脈がゾディアークの敷いた強さに戻るわけでもない。
だから、絶望を持った生き物が獣に転じる「隙」は残ったままになってる。ロールクエだけじゃなくて、暁月エリア全体の「終末の獣」が関わるクエストに大きな齟齬がないようになってました。当たり前だけど、ついメインのお話が終わると片付いてしまうと思いこんじゃうから、こういう設定は大事だよなぁ。ロア好きには。
とりあえずロールクエはある程度纏めてやりたいので後回しに。戻ってきたらやるからさ(二周目の余裕)戻ってきたら(察して)

ロールクエ以外にも、ラザハン内でクエストが発生したのでやっていくよ!

え?もしもし?

って、いきなり倒れてるじゃん、不吉じゃん?アルカソーダラ族の大食漢、というモブ名なので腹減ってんだなと察するけどせめて座り込むとかさあ…?
かと思えば、こっちはウルダハで請け負ったのがラザハンが配達先ってなかなかアホの子だな?キミ。しかも、こんな時に。こんなところにも
!ロウェナ商会!!さすロウェナ!!

それな。

ゲームシステムとして突然新しい街にポンとロウェナ商会デス、ってNPCが突っ立っているんじゃなくて、馴染んだシステムだからこそちゃんとすでに取引があるんだよって匂わせる。サブクエこういう世界観好きよ。

こちらは生まれてくる赤ちゃんに贈るシルク生地を選んだ……りしたら、その身重の奥さんというのは騒動のときにグ・ラハに助けられたらしい。

わかるわ。
おおっと?

隙あらば英雄の話するって、あんた…どんだけヒカセン大好きなの…。

落とし物お届け承り〼
これです

神結びの聖紐、ミサンガみたいなものなのかな。生き残ってよかった、助けてもらったという話と、近しい人を亡くしてしまったという話と。当たり前に、終末という状況ではよかったね、ばかりではないから地味にしんどい。
でもまだ終末そのものについて何もわかってないんだよなぁ。というモヤっとした状況でサブクエを淡々と。おいかけっこもしたよ☆

小悪党が小悪党で草

ここでパーラカ装備を揃えるためにめちゃくちゃ停滞した。6.2は来るしレイドレースでほとんどのヒカセン達と一緒に古傷をえぐられたりもした。

演出そのものだけじゃなくて、「絶」が誰かの願いや夢であるなら、それぞれが冒険者でそれぞれが光の戦士というのなら、ワイヒカセンには偽りといえど彼を救う夢すら見ることができないんだなぁと打ちひしがれたというか。
※念のため説明すると、絶コンテンツの解放にはコンテンツ追加時点での現行最新零式を踏破していることが条件。絶竜詩ならパンデモ辺獄零式。
いやぁ……我、めんどくせぇオタクだなおい。知ってたけど。

そういう時に、こういう…NPCを置いておくからもう…

少し休んだらまた立ち上がる。
しんどい時のこれは、ものすごくしんどいんだよね……。
今がそれだよォ!立ち上がりたくねぇんだよ!
エモいのはわかるが、配信盛り上げたいエンターティナー性も理解するが、あんまり絶(エンドコンテンツ)にメインが絡む物語性を持ち込まないでくれというのも半分は正直なお気持ちだったよ。

(だいぶ)おまたせ

NPCがぼったちじゃなくて、座って待っていたりするシーンが増えたのも表現の変化を感じますね。毎度ちゃんとヒカセンの場所を開けておいてくれるの、ほんときみたちヒカセン好きだよねって、中の人がほっこりする。

そろそろ真面目な話をはじめようぜ

「エルピス」について、ヤ・シュトラはアニドラスの記録に「エルピス」という言葉は見当たらなかったという。
アニドラス・アナムネーシスがどういう役割を果たす施設であったのか、明確な示唆はなかった気がする。
「創造物管理局」のようにわかりやすい名前でもなく「アナイダアカデミア」みたいに学校とか研究所っぽいという名前でもない。
イデア保管庫があるけれど、ある程度の施設にはその施設で必要なイデアを保管してある用具倉庫とか資料室的な場所があってしかるべきだと思うので、ただの保管施設とも考えにくい。道中の机の小道具なんかを見ると事務というよりは研究とかそういう感じの施設なのかなとは思うけど。
そも、ヤ・シュトラがすべての記録を見れたわけでもないだろう。
ただ、二周目になってここで「エルピス」という単語が全くアニドラス・アナムネーシスで拾えなかったということは、あそこは生物創造に関する施設ではなかった可能性が高い、というくらいのことしかわからない。
何か生物を創造する、もしくは創造したイデアを研究する場所ならば、エルピスとのやり取りが記録されている可能性が高いだろうと思うので。

……エリディブスだ。

とまぁ、ヒントの少ない考察はさておき、ここでエリディブスの名前が出た途端BGMがtomorrow and tomorrowのイントロになるんですけどね、これsyadowbringersと同じメロディーと歌詞なんですけどね、涙腺にくるんだよ!
『誰が戦い、誰が逃げ、誰が倒れる。』
まさに今、そんな世界なんですよ。
立ち向かう者、逃げ惑う者、立ち尽くすことすらできずに倒れる者。

エリディブスの名前を見た時に、初見は頭抱えた。うわ、って声が出た。
5.3でクリタワに封印した後、あれ、白聖石みたいにクリタワ壊さないとエリディブスそのままでは?と思ったりもしていたけど、まさか維持のために封印したエリディブスの魂まで使う予定とは思わなかった。地味にエグい。
リアルで時間が経つとエリディブスは白(聖石の中)=停滞≒封印状態で眠ってるみたいなものなのかなぁなんてふわっとしたイメージになっちゃってて。そんなえぐい話だとはさぁ…。

とにかくここにきて。おいおい。まってくれ、お前、お前まだ「最初の希望にして最後の反逆者」っていう役目を終えてなかったのか?マジで?って変な情緒になった。
確かに封じただけで砕いてなかったことは気にしてた。最後に残ったって仕方ない、と言った魂をバカでかいクリタワに縛り付けたまま、漆黒は終わってしまった。ふわっとしたイメージにしてたのも、深く考えたくなかったからかもしれない。
公がああなってしまったら、もうクリスタルタワーを制御できる人は第一世界にはいない。自我を欠きながら永らえ、ようやくアイデンティティを取り戻した魂は、5.3の終わりに置き去りのままだった。
暁月の旅で、ゾディアークが、実は私たちが知る由ものなかった、「往時の半数ほどの古代人の魂を抱えた揺り籠」でもあり、その最後の拠り所もなくなって、彼が本当にひとりぼっちになったと知ってしまった。
彼に、まだ、役割があるのか?
……っていうか、まだ古代人使うのか?

そこにぶっこんでくる、この言葉。

一人と独りの違い。

まぁね、二周目はエリディブスが本当に独りきりではなかったとわかるから若干穏やかな気持ちだけどさ、初見の時はえぐい対比するじゃん……という心持ちでした。

ひとときの休息は過ぎ去り
ついにそのときが来る
さあ すべてを明かしに行くがいい───
終わりを巡る 始まりの地へ

かーらーのー!突然ナレーション!!!
情緒がダブルラリアット級に回り続けてしまうよ!?
初見では(当然あんな所に行くとは思っていないので)新エリア到達でもないのに急にしゃべるなよ6位おじさん!って動揺しまくった。
この流れで、エリディブスとは多分会えるだろう、そこで過去視でもして何か「終末の始まり」的なネタが明かされるんだろうなっていう想像したんですよね。クリタワでいつものもやーん頭痛がくるんじゃろって。
初見!初見の私!そんな事考えてないで聞いてよく見て考えなさい私ィ!声で動揺しまくってちゃんと聞いてない!!
「終わりを巡る 始まりの地へ」って「エメトセルクが」言うの、エリちゃんのとこだったら違うでしょ。始まりの地へ行くのであれば、レイクランドじゃない。だって、レイクランドは鏡像世界だ。
「ついにそのときが来る」というのもおかしな表現だと気づけてない。過去視が来るだろって言う予想からするとその言い回しに違和感持って、初見の私。
ここまで来て、ようやくナレーションの違和感の正体がはっきりする。
二週目、頭では暁月のエメトセルクが「エルピス到着以前の時系列はすでに知っている」ナレーションであると理解している。だというのに、絶妙にただのヒカセン観察呟きだと思い込んでいたフシがあって、ここでようやくエメトセルクが「エルピスで聞いたことを思い出して、それを確認しながら追っている」言葉遣いだということに気づくんですよ。

おっそ!!おっそい!二週目のここまで気づいてない!阿呆だ!
拍手喝采レベルのおまぬけさんだぁ!

二週目だからわかる「エメトセルクが忘れていた古代での出来事」と「ヒカセンが今から体験すること」が交錯する、ついにその時が来る。その時が交錯すれば、否応なく「見送った何者か」が「自分を斃した者である」という時系列のつながりが確定してしまうわけですよ。
……結果、どうなるのか、そこからはエメトセルクも知らない。
ここまでは、エメトセルクが思い出した記憶が事実だとすれば、かつて邂逅した「未来の自分にその先の託された者」から聞き及んでいた内容をなぞらえていた旅に過ぎない。自分の言動も含めて。
自分が星と命を託した「英雄」が、本当に「あの人物」なのか、そしてその後どうするのか。星と命はどうなるのか。

託した癖に、後は任せた、って投げ出さずに見守っちゃうの、本当になんて言うかヴェーネスもだけど、愛情が深すぎるんよ。真面目なんよ。
ただあの人たち、大概自分でなんでもどうにかできるから、許容範囲がデカすぎる。故に、他の物事に対しても、なりそこないレベルの善悪では測れない許容しすぎ案件多すぎて、なりそこない感覚には怖いんだよなぁ。

オタクの早口全力すぎて(これでも大分我慢してる)てライフがもうない。ここからまだ盛り上がるのに。

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