暁月振り返りうさナ旅32 燃える空
暁月MQ53 燃える空
クエスト受注LVが85、単純にLVだけなら折り返し地点ですが情報量が折り返しどころじゃない。普通だったらもうX.0終わっていいんじゃねぇかこれ。
そりゃカットシーンも入れておきたくなるよ、何のクッションもなしに、それこそシャーレアンのサブクエが解放されることもなく、急転直下で終末の災厄に物語が突入していく。
今までゾディアークの活性の力で補われていた「天脈」が古代の終末と同じような状態に戻ったことで、天脈の薄い場所から終末が起こり始めるというのはわかるが、マジ早い。驚きの速さ。
見よ 獣は解き放たれた。
それらは人々を殺し 街を焼いた
明日は燃え殻となり塵となった
滅びは影のように速い
すべてが失われようとしていた───
終末の災厄発生後のエメトセルクのナレーション
アーモロートで進むにつれて字幕のように出てくる仕掛けとしてエリア名になっている言葉がそのままエメトセルクのナレーションで語られる。
ヒカセンが降り立った地に広がる景色はエメトセルク自身の「執念の始まり」だった終末の災厄そのもの。それも、創造魔法のように不定形の力の暴発ではなく人が魔物に転じていること、人を人と成すエーテルどころか薄いと評した魂までも失せていることだってきっと視えていたんだろう。
低く、呟くような声で語る、かつて自分が創造したアーモロートの「再演」ではない今現在の災厄。
つまり、推しの声がよくてしんどいofしんどい。(燃え尽きた語彙)
アリゼーも、ぎゅ。
カットシーンが終わるとフィールドBGMではなくてヴァナスパティと同じBGMになってて不穏というか、急き立てられる感じがする。
今回変化の仕方はもやもや仕様だからテスリーンショック省略して繭からぽん!だけになった感あるけど、事の真相はもっと悪夢だったね…。
そして85ID、終末樹海ヴァナスパティ突入。
ヤ・シュトラ、いきなり意味深な事を言う。
事あるごとにヴリドラが「サベネアの子ら」っていうのが好きなんだよなぁ。竜騎士クエやってるとわかるけど、竜だって孤独は辛く感じるもの。番となる竜もいないサベネアの石窟にずっといたのは、「サベネアの子ら」がヴリドラを孤独にしなかったからだろうなって。
自由に天翔けることのできない不便はあっても、それ以上のものがあったからなんだろうなって。
サベネアの子らには見合う咎などなかろうに、とヴリドラ言ったけど、あなたにもないよ、これは罪とか咎とかそういう理屈じゃないよと話せる時間もないままだったな。
グ・ラハ。きっと罪喰いとこうやって戦ってきたんだろうなっていうのをちょいちょい出してくるよねほんと…。
ちなみに、このPT(ヒカセン+ヤ・シュトラ+エスティニアン+グ・ラハ)だと、ここの一連の会話がこうなります。動画じゃないので拾いきれてないかもだけど。
子供(早く逃げようよ…/お母さん…?/ど、どうしたの?)
グラハ>子供たちが!
ニャン>何かがおかしい…警戒を怠るな!
シュトラ>これは…エーテルの輝きが失われてゆく⁉
グラハ>正気をたもて!助けに来たんだ!
母親(無駄よ…何をしたって…アアアアァァ!)
ニャン>……
シュトラ>連鎖が始まるわ!備えなさい!
グラハ>親が…子を…くそっ!!
子供(お母さん、助けて…カラダガァァァ……!)
シュトラ>これが、終末…
ニャン>……悪いが、やらせてもらうぞ!
ここでシュトラはほぼ確信してるんだろうな、エーテルが消えてるって。
当時はネタバレ防止でググれなかったし、ヒンドゥー教関連は自分の厨二成分薄くて元ネタわからんばっかりだったのよねー。
だがクリア後に検索してわかりにくい単語なので、共通用語としての意味合いは薄いのかなという風には思っている
※共通用語=厨二履修度合いによるが、ガンダムと言えばメカバトル、ドロンジョ様といえばセクシー美女、みたいに固有名詞で共通の事項を連想できるネタ、というか。ハーデス=冥王もそういうニュアンスでとらえてます。その辺の話は気が向いたら。
グラハは罪喰い化を見ているし、ニャンも竜人や竜化をみているから、「人が異形になる」ことに変に耐性はついてる。どっちも見てるヒカセンも。
ヤ・シュトラもそうなんだけど、この場では明かされていない「エーテルがなくなる」という現象を一人だけ道中で見せつけられてる状況で戦うのは、さすがに姐さんでも動揺もするよなー。
エリア3で「太陽の回廊」という名前に、すぐ我アゼムぞって思ってしまう弊ヒカセンの中の人。
正面がファーストビーストと同じと思わせておいて割れた面のようなものもついていたり、身体は東洋系(蛇系)ドラゴンみたいだったりと、なんか特徴が忙しい。
太陽を闇で隠して日食を起こすアスラ族の名前と同じらしいが。
ボスエリアの像が壊されると、ハルオーネ像が壊されるダスクヴィジル3ボスを思い出すなー。
今まで、謎を解明するときのシュトラって怒りだったり考えながらだったり、低めのトーンが中心のイメージがあるんだけど、今回はパターンが違っておや?と。
そこでようやく語られる「エーテルが消える」という現象に、え?なにが?消えるってどういう???無なの?無になるの?無ってなんだ?
な ぜ だ の人(※エクスデス)のやつ?
腐る、腐敗というのは物質の変化であって、消失ではない。エーテルが腐り落ちる、ってどういうこと?INT5にもわかりやすく頼む!?
ヤ・シュトラに視えているということは、もう一人視ているひとがいるということだ。
薄い魂すら残さずに腐り落ちた「なりそこない」の姿を。
二周目だと終末冒頭のナレーションでおじさん今どんな気持ち?になるが、初見の時は、そりゃ、すべてが失われようとしていた、だよねこれ…とぞっとした。
さあ、とっとと空を制しに行くぞ。
にゃんが話しかけるところでBGMが蒼天になるのもいいねぇ。好評だからというのもあるだろうけど、ほんとBGMの演出多くなって大変だろうね…。
顔と声がいいなくそぉ…!ありがとうございます。
エーテルが巡ることが正しいとも善とも言えないが、星の在り様が変わってしまうということは今を覆されるということではある、ので生きたければ抗うしかないんだよね。正義を振りかざすんじゃなくて、生きるための物語。
この辺はまだ、うわひでぇ…(渋面)だったんだ、まだ
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