「親に言えなかったこと」に気づけば、自分らしく生きられる♪
自分らしく生きるとは、自分の本音で生きること。
そこで、
あなたは親に言えなかったことがありますか?
「本当はこうしたかったけど言わなかった」
それってかなりの本音です。
なので、親に言えなかったことから
自分らしさがわかるはずです。
それではいきます♪
こどもは「親に嫌われたくないから」
または、
「やらないと親ががっかりするかも」
あるいは、
「親が喜ぶから」など忖度してしまい
親の言う通りにやる。
それで自分の本音とは違うことを
してしまうことがある。
◉学校について
自分の場合、親に言えなかった
そのひとつは学校のことだ。
僕は学校が苦手で小学校に行きたくなかった。
なので、自由の国アメリカに憧れていた。
当時の夢というか願望は、
「小学校を中退したい」である。
でも、「オレ学校やめるわ」(小1なのに?)
そんなことは親に言えなかった。
親が悲しむから。
怒られるかもしれないし。
今、振り返れば
小学校だけでなく中学、高校、大学さえ
心底行きたい場所ではなかった。
しかし、世間は
「大学くらいは出ないと」
という風潮だった。
最近では、
「大学院も出たほうがいい」という人もいる。
自分の場合、
小学校でさえ行く気がないのに
大学院などに行ったら
校門の手前で
気絶するかもしれない。
学ぶ気はあるが、
学校が苦手なのだ。
そもそも
僕は机に向かって
教科書で勉強というのが苦手だ。
それより
体育の授業やスポーツが好きだ。
もし学校に
体育と部活がなければ
本当に小学校をやめていたかもしれない。
もちろん、学校が好きな人もいるし
人それぞれでいい。
◉親孝行はしたいが
「親の期待に応えてこそ親孝行」
「親が金を出して学校に行かして
くれるのはありがたいことだ。」
「弱音を吐いている場合ではない」
確かにそう思う。
実際、僕も親の期待に応えたかった。
兄弟が医者だったので、雰囲気的に
「俺も医学部目指すのが普通だよね」
となっていた。
となると、
医学部に行けるような進学校で
頑張って勉強するのはキツイ。
だが、
高校に入ってから自分は
「本当に学校が体質に合わない」と
つくづく感じさせられた。
こうなると
医学部どころの話しではない。
「今頃わかったのかよ」と
思うかもしれないが、
学年が上がれば
自分も人並みに学校に馴染むかもと
淡い期待もあり、
自分の感情をずっと押し殺していた。
◉勉強をお休みします
しかし、学校に馴染めず
「自分にはムリ」と悟りを開き
高1の1学期の半ばごろから
勉強は「お休み」することに決めた。
代わりに野球部に入り部活に専念した。
「やっぱ医学部より野球部だよ」
ところが、病気とケガでこちらも
「お休み」となってしまった。
あっという間に高3になり、
病気は回復に向かっていたが、
アスリートレベルには程遠かった。
失意の中、大学受験が近づいた。
勉強してなかったので
成績はよろしくない。
親は大学に行かせてくれると
いうのでありがたいのだが。
でも、やる気ないしなあ。
いや、その前に学力ないし。
つまり、行くとこないし。
けど、親は期待しているだろうなあ。
と葛藤が続いた。
結局、ほぼ無試験で入学できる
英文科に入った。
(英語にも興味があったので)
面接と小論文だけで学科試験はない。
(学科があったら落ちてる)
まあ、ほどなく中退したが。
◉自分の本音に気づく
大学では、医学部、法学部、文学部など
様々な学問が学べる。
どの学部に行くか人それぞれ。
では、自分は
本当はどの学部に行きたかったのか?
忖度なし、親やまわりの期待、しがらみ
一切なしなら、
僕は「体育学部」に行きたかった。
日本の大学なら
国際武道大学か日本体育大学に
興味があった。
「医学部」ではなく「体育学部」
今ならそう言えるけれど
当時は、本音を押さえていたので
この気持ちに気づいたのは
かなり後のことだ。
小学生の頃から体育だけは
好きだったから、もし体育学部に
行っていたら大学も
卒業していたかもしれない。
(単なる推測だが)
また、
受験の前に自分の本音に気づいて
「体育学部に行くから」と
親に相談していたなら
「いいよ」と言ってくれた
かもしれないが、
昔は目指すなら
なるべく良い大学で学歴もあり、
「医者か、弁護士か、青年実業家」
という雰囲気があった。
僕はといえば、
中退複数、
偏差値30点台、
大卒でもなし。
まあ、
親の期待には応えられず
親には大変申し訳なかったが
これが自分なので致し方ない。
でも、
カリフォルニアで起業したので
青年実業家みたいなことは
できたからいいかなと思う。
◉親に聞きたかったこと
親は実際、自分のことを
どう思っていたのだろうか?
他界した今となっては遅すぎるが。
なので、親が生きてる時に
本当に言いたくても
言えなかったことは、
という「謝罪」と「質問」である。
今となっては直接聞けないが、
子供の頃は母親から
「上を目指しなさい」と言われていた。
しかし、中退したりしたからなのか
その後は、
と言うようになっていた。
なので、
「肩書きはどうでもいいから
生きているだけで価値があるから
おまえはおまえで生きればいいんだよ」
という境地になったのだと思う。
親はもういないが、
親より先に死なないことはできた。
◉気づいたこと
人が何かする時、
自分に尋ねたほうがいい。
僕の場合、「医学部を目指す」のは
忖度であり、自分軸ではなかった。
やはり好きなのは、
運動、自由、英語の音、音楽、
ヘヴィメタルなど洋楽、自然、
海外&田舎暮らし、ブルースリー、
考えることなどだ。
好きなものは変わることもあるが
その時の自分の気持ちを
ちゃんと見てあげるほうが
自分らしく生きられると思う。
最後までお読み頂き
ありがとうございます。
Thank you for reading!
Have a good one!