禍話リライト『土葬だった家』

大学生のDさんはある日、仲のいい友人に「悪いけどちょっと付き合ってくれねぇかな」と声をかけられた。
その友人は実家が割とお金持ちの為か奢り癖というようなものがあり、Dさんも金欠のときに何度か助けてもらったことがある。
「なに、どうしたの?」と尋ねたDさんに、彼は随分と済まなさそうに用件を話し始めた。
「俺の親戚に、ちょっと人間のクズみたいな奴が居てね」
「随分と直球だな。俺、お前の親戚って皆上流階級みたいな感じかと思ってたわ」
「そういう環境にいると努力しない奴が出てくるんだよ」
「なんか深いこと言うじゃん」
Dさんが感心していると、友人は話を続けた。
「そのクズは女の人に手を出して問題を起こしたりするような奴で、このご時世にアレだけど家名に傷が付くみたいなことで親族がもみ消してたんだけど、そしたら余計に助長しちゃって、まぁゴミクズみたいな人間になっちゃってね。どうしようもなくなって、家に置いといても悪さするから反省させよう自立させようってことで一人暮らしさせることになったんだよ」
まぁ自立とかいいながら一軒家を与えてやってるんだけどね、と友人は苦笑いする。
「一軒家か、お金持ちはやることが違うな」
「でも最近はあんまり派手な遊びしてないらしいんだよ」
「じゃあちょっとは反省してるってこと?」
「俺、家が悪いんじゃないかなって思ってるんだよ」
友人はそこで一度言葉を切った。心なしかその表情は暗い。
「家が悪いって何?」
「親戚がクズに当てがった家っていうのがさ。前は人に貸し出しててたんだよ。
 普通の人たちだと思って貸してたんだけど、それが火葬しない人たちだったんだ」
「火葬しないってどういうことだよ?」
「人が亡くなったら、普通火葬するでしょ。っていうか法律で決まってるからしなきゃいけないじゃない。
 その人たちは、なんていうか変な宗教?信仰?があって、火は災いとか人類への試練みたいな意味合いがあるから人が死んだときにそういうことしちゃいけない、死者を灰にするのは良くないみたいな考えだったんだって、よくわかんないけど。それで勝手に庭に土葬してたらしいんだよね。
 書類とかは知り合いに医者か何かがいて上手く誤魔化してたらしいし、臭いはなんか色々対策してたからなかなかバレなかったんだって。でもなんか変だよってなって調べに入ったら、裏庭に土饅頭っていうのか、土の盛り上がりが大量にあって。側に、誰が埋まっているのかわかるような石とか目印が置いてあって、それで土葬にしてたのが発覚して、大変な騒ぎになっちゃった。
 もう貸してた親戚も激怒して住んでた人たちを追い出して、ちゃんと警察も呼んで埋まってたあれこれも回収させたんだけど、そんな家当然誰も住みたがらないじゃない。近所の人なんかカルト教団だゾンビの家だとか噂してね。
 だからそのクズをそこに住まわせてるんだって。
 で、毎月決まった額のお金を渡しに行ってるんだけど、その時に、自立に向けてこれだけ頑張ってます、みたいなレポートを直筆で書かせて、それと引き換えに毎月決まった額のお金を渡しに行ってるんだ。
 前は別の人がやってたんだけど、その人が『その家に行きたくない』って言いだして。行った後は喉が悪くなったり熱っぽくなったりするんだって。
 もう年だし嫌だから他の若い奴に行かせてくれってなって、ちょっと前から俺が行ってるんだけど。俺は別に具合悪くならないんだけどさ」
これ笑われるかも知れないけどさ、とやや言いにくそうに友人は続けた。
「今の時期半袖で行くだろ。そしたらなんか、腕を撫でられるような感覚がするんだよな。……で、今から俺その家に行かなきゃいけないんだよ」
友人の話を最後まで聞いたDさんの第一声は、
「そんな話聞いたら俺行かないよ?」
だった。
しかし友人は頼むよ、と手を合わせる。
「お前ぐらいしか頼める奴いないんだよ。他の奴はちょっと話したらすぐ逃げちゃってさ、お前バカだから大丈夫かなって思って」
どういう意味だ、とは思ったが、いつも世話になっている友人の頼みである。
「まぁそういうことだったら……俺は別に何もしなくて良いんだよな?」
「横に立って黙っててくれたらいいよ、要するに一人で行きたくないだけなんだ」
「じゃあ良いよ、付いて行ってやるよ」
そう言って二人で向かった先は、友人の話を知らなければ普通の立派な家にしか見えなかった。何ならお屋敷と言っても通じそうである。
チャイムを鳴らし、応答があってから門をくぐると、そこから更に家屋までは距離があるので、玄関を目指して歩く。
……なにか、異質な臭いが鼻を掠めた。と言っても先程の話から連想されるような腐敗臭ではない。
「近くで工事でもしてんの?なんかセメントの臭いみたいなのするけど……あれ?」
庭の片隅に、工事業者が使うようなセメントの袋が置いてある。
「なんでセメント?庭いじるのかな?」
友人も疑問に思ったようで、首を傾げながら玄関に向かった。
玄関に着くと、ちょっと前まではチャラチャラしてたんだろうな、という印象の男が出て来た。
(勝手な想像だけど、なんか、DVとかしそうな人だな……)
「一ヶ月ぶりだな。まぁ上がっていってよ、冷たいものでも出すからさぁ」
へらへら喋る男に、友人がさりげなく尋ねた。
「あの、庭にセメントの袋ありましたけど、なんか改装とかするんですか?」
「あぁそうそう、庭見てもらっていい?」
男が指し示した庭は異様な状態だった。あちこちにコンクリートが丸く盛り上がっており、それが水玉模様のようになっているのだ。明らかに素人がやったような雑な状態で、正直言って意味がわからない。
「これなんですか?」
友人が思わず呟いたのに、男が答える。
「夜にさぁ、俺クーラーとか好きじゃないから窓とか開けてんだけど、覗いてくるんだよねー」
(……覗くってなんだ?)
「え、テレビとかがうるさくて近所の人が来るとかですか?」
と尋ねると、そうじゃない、と男性は首を振る。
「庭からヒュッとさ、顔が覗くのよ」
「え?」
危ないクスリでもやっているのかと思わず男性の顔をまじまじと見てしまったが、そのような兆候はなさそうだった。
「人の顔が覗くんだよね。目くらいの時もあれば鼻とか顎まで見えるときもあるんだ。どうしようかなーと思って最初は石とか重石とか置いたんだけど意味ないらしくてさ。次はコンクリで固めてみたら出て来なくなって。良かったと思ったら別のとこから出て来るんだよね」
話の内容は訳がわからないが、極々当たり前のことを言っているような顔をしていて、それが返って薄気味悪い。
「こんなこと言うとモグラ叩きみたいでさ、お前らからしたら面白いかも知れないけどさ、こっちは堪らないよ」
(いや、全然面白くないんだけど……真顔で何言ってるんだこの人……)
「それでさ、しょうがないからあれこれやって凌いでるんだけど、顔が出て来るぐらい平気なんじゃないかって思うだろうけど。嫌な目付きでね、こうジトッとした目で見られるとゾクゾクッっと寒気みたいなのがしてね、具合もすごく悪くなるしね、これは良くないなと思って蓋してんだけど、もうキリがないよね、何個も何個も出てきて」
もう理解が追い付かない、これ以上ここにいたくない。
友人もそう思ったのか、話を遮るように、
「これ、今月の預かってたお金ですから」
とお金の入っているらしい封筒を男性に押し付けた。
「あぁはいはい、じゃあこれ俺の今月やった分のレポートだから、〇〇さんに見せといてね」
男性も封筒を友人に手渡す。封筒の表書きはそれなりに整った文字で、それがDさんには少し意外だった。
「じゃあまた来月来ますからね、はい」
挨拶も適当に切り上げた友人と足早に家を出る。
門を出てからもしばらく二人で黙々と歩き続け、最初の角を曲がったところでやっと足を止め、息を付いた。
「いやいやいやおかしいだろあの人、前からあんな感じなの!?」
「前に会話がちょっと止まって庭見てるな、ってときはあったけど、それ以外は普通な感じだったよ」
ホントごめんな、付き合ってくれてありがとな、と友人は何度も頭を下げた。
「とりあえずお腹減って来たしメシでも食おうや」
恐怖が過ぎ去ったところで急に空腹を感じ、ひとまず近くのファミレスにでも行こう、ということになった。
「何でも頼んでいいよ」と言う友人にDさんもあえて遠慮せず、
「じゃあもうめっちゃ食べてやるからな!サラダバーとか、店員がウザがるぐらい取ってきてやるよ!」
努めて明るく振舞いながらとりあえず目についたものをしこたま皿に盛って席に戻ると、友人が物凄く険しい顔をしている。
「どうしたの?」
「いや、そ、その、手紙がね……」
「あぁ、その封筒ね」
「どんなこと書いてるのかと思って、開けて見てみたんだけど……」
友人が便箋をDさんに見せる。そこには、

たすけてくださいゆるしてくださいげんかいげんかいげんかいです

封筒の文字とは対照的な乱雑な小学生のような字で、便箋いっぱいに書き殴られていた。
時間差でやってきた恐怖にDさんはもはや何を言えばいいのかわからなくなり、思わず
「お前の親戚ィ!」
と突っ込んだ。
「どうすんの、それ!?」
「……このまま渡すしかないかぁ」
友人も酷く困惑しているようだった。

数日後。
「あれからどうなった?」
Dさんが尋ねると、友人は暗い表情で、
「あの手紙渡したけどさぁ、あれからなんにも言って来なくてさぁ……」
「ってことはさぁ、あいつが前からああなってるのを知ってて無視っていうか、黙殺してるってことだよな……」
「俺もう縁切りたいよぉ……」
泣きそうになる友人を前に、
「お前の親戚ィ!!!」
Dさんは数日前と同じ突っ込みを入れるしかなかった。

その後何年か経ってから、友人が
「まだ住んでるらしいんだけどな、もう完全にヤバいらしいぞ……」
と教えてくれたが、何がヤバいかは怖くて訊けなかった。



※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「禍話X 第七夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(43:17ごろから)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/654871747

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?