禍話リライト『仕掛ける女の子』
高校時代の、ある夏。
肝試し合コンのような感じで、女の子と肝試しをすることになったという。
どこでやろうかと男友達と相談して、とある団地の奥に廃屋があるらしいということで下見に行ってみたのだが、そこは廃屋ではなくただの倉庫だった。どうやら団地を建設中に資材を置いていた倉庫で、団地が完成したので放置されているようだった。
団地の向こうに古ぼけた建物が見えるから、てっきり廃墟でもあるのかと思っていた一行はすっかり当てが外れてしまった。
「肝試しもう明日なのに、なんだこれ。全然怖くねぇぞ」
辺りを見回してみても茂みが多少ある程度で、道も舗装こそされていないものの車が通れるくらいの道幅はあり、怖い要素はほとんどない。
「駄目だなぁこんなんじゃ」
「まぁでも夜になれば雰囲気出てなんとかなるでしょ。作業員が死んだとか家を潰して建てたとか、適当に嘘でも言ってさ」
「口裏合わせとけばバレないだろ」
「そうだよな」
他に候補もなかったので、肝試しの会場はその倉庫がある団地ということになった。それなりに距離がある場所なので、免許を取ったばかりの先輩に車を出してもらうよう頼みにいくことにした。
「すみませんけど、話合わせてもらって……」
とついでに口裏合わせもお願いすると、ノリのいい先輩は「しょうがないなぁ若い子たちは」と軽く請け負ってくれた。
「俺も神妙な顔しとくからうまくやれよ、『あそこに……行くのか?』とか言ってやるからさ」
「が、頑張ります……」
翌日。先輩の大型車に男三人、女の子三人が乗り込んで、その団地まで連れて行ってもらった。
「俺はオススメしないよ~?あそこはヤバいって評判なんだ」
向かう道中で、先輩はうまく盛り上げて女の子を怖がらせてくれる。
「ホントですか?こわぁい」
怖がる女の子たちに適当な相槌を打ちながら、
(演技派の先輩で良かった、これでもう吊り橋効果を超えたな)
と男性陣は内心ガッツポーズだった。
団地に到着して、男女一人ずつがペアになり、早速一組目が肝試しに出発した。
例の倉庫に近付いたぐらいで、
「ああぁ……!」
女の子が声を上げた。
(なんにもなかったはずだけどな、何だろう?)
彼女の視線の方に目を向けると、倉庫の入り口から少し入ったところにある柱の、上の方に真新しい白いお面が引っかけてあるのが見えた。当然、下見に来たときにはなかったものだ。
(あ、これアイツだな)
仲間の一人に割とこの近くに住んでる奴がいる。全然怖くないからとそいつが仕込んだんだなとピンと来た。
そう思ってよく見ると、白い仮面は買ってすぐの汚れてもない状態だし、柱にもなんだか頑張って引っかけた感がある。
女の子はそれに気付いていないのか、
「うわぁ怖い、やだぁ」
と怖がっている。
(真新しいけどなぁ、なんで地面で汚すとかしてくれなかったんだよ)と思いながらも、自分たちが下見に来たことは当然伝えていないので、女の子に合わせてあげることにした。
「怖いね、不思議だよねぇ。いやー俺も初めてここ来たけどこんな仮面良くないよね、なんかカルト的な儀式の可能性もあるし」
などともっともらしいことを言い、それなりに盛り上がって一組目は終了した。
戻って来て、二組目と交代しようとしたが、
「え、ホントに怖かったの?ちょ、ちょっとわたし心の準備が……」
と女の子が言い出し、出発するまでにちょっと時間ができた。
「おい、お前ちょっと来い」
その隙に仕込み疑惑の奴を呼び寄せて、
「お前仮面置いたろ?」
と言うと、案の定、
「よくわかったな。なんで俺だってわかったんだ?」
とぼけた答えが返って来た。
「お前が一番近所なんだからわかるよ!いやそれはいいんだけど、ありがたかったんだけど。もうちょっとさぁ、仕込むにしてもなんかこうあるだろ。買ったばかりのもん引っかけたってバレバレじゃねぇか。地面で泥つけて汚すとか削るとかなんかしてくれないとさ、あんなんじゃ盛り上がんないよ」
クレームを付けると、やっぱり?と言う。
「俺もさぁ、下見来て何にもインパクトなかったからどうしようかと思って、まぁチャリで行けない距離じゃなかったから。でも意外とああいうの高くて、一番安いの適当に買ったらなんにも装飾ない真っ白いやつで、もうこれでいっかと思って夕方に急いでセッティングしたんだよ」
ここって今みたいに完全に夜になったら居ないけど、とその彼は辺りを見回して続ける。
「その時間は人通りがない訳じゃないから、夕方だから人通っててさぁ、通りがかりの女子高生に『何してるんですか?』とか声かけられちゃってさ、恥ずかしかったよー」
軽口を叩くそいつに、馬鹿じゃないのと悪態をついてから、
「あーでも、暗いなかに白いのがポツンとあって女の子はけっこう怖がるから、能面だーとか言ったら距離があってそれっぽく見えるんじゃねーの」
と助言らしきことを言ってやると、
「そうかそうか、頑張るわ!」
二組目は張り切って出発し、アドバイス通りに能面だとかそれらしいことを話したらしく、わぁわぁ騒ぎながら帰ってきた。
「盛り上がってるねー、じゃあ俺たちも行ってくるわ!」
と、最後の三組目が出発した。
それを見送って、まぁまぁ面白かったんじゃないの?などと感想を言い合いながら待っていたが、先の二組が帰ってきたぐらいの時間が過ぎたはずなのに一向に三組目が帰って来ない。
「あの仮面があるとこ以外に盛り上がるところないし、まっすぐな道で危なくもないし、おかしいなぁ」
「迎えに行った方がいいんじゃないの?」
男性陣も(あいつも昨日一緒に下見に来てるんだから、絶対迷うはずないしなぁ)と内心首を捻った。
「女の子がすごく臆病で、仮面に驚いて転んじゃったとか?」
「だったら携帯とかに電話してくるんじゃない?」
ここで話していても埒が明かないので、
「ちょっと行ってくるから、君らは車の方行っといて」
と女の子たちに声をかけて、野郎二人で様子を見に行くことにした。
倉庫の方に歩き出して間もなく、暗がりから三組目の二人が歩いてくるのが見えた。
あぁ良かった、辺りを散策でもして遅くなったのかなと手を振ると、
「おーい、終わった終わった」
「怖かったよー」
と向こうからも返事があった。
そこでふと、その返答の声に違和感を覚えた。
(なんか、声がくぐもってる?)
さらに二人が近づいてきたとき、その理由が分かった。
歩いてくる二人ともが、例の、真新しい白い仮面を被っていたのだ。
「……ん?」
思わず隣の、仮面を仕込んだ男に、
「あの仮面、二つあったの?」
と確認するが、
「ないよ?俺は一つ買って引っかけただけ、だよ?」
近くにそんなものを買えるような店もないし、そもそもこんな短時間で買いには行けない。
「……仕込んでた?事前に」
「いやぁ……」
そう話している間にも、二人は前からどんどん近付いてきた。
とりとめのないことを言いながら歩いてくるのだが、フルフェイスの仮面なので、声がくぐもって聞こえる。
(あれあれ……?)
さっきより近付いたことで、彼らはそれ以上の異変に気付いた。
向こうから歩いてくる二人のうち、自分たちの知り合いの男の方しかわからなかったが、服装が、最初に出発したときと違っている。
違っているといっても、見覚えはあるのでそいつの持ってる服であることはわかった。でも今日着て来た服ではないし、中に重ね着したりできるような服でもない。
(え、なにそれ……)
目の前で起こっていることに理解が追い付かない間にも、白い仮面の二人は、何でもないように手を振りながら歩いてくる。
仮に、万が一仮面が仕込みで、それが被ったのだとしても、もうネタばらしして笑い出してもいい頃合いだというのに、
「どうしたの?」
と話しかけてくる声の調子が変わることはない。
(これはひょっとして、ヤバいんじゃ……)
彼らには申し訳ないが、これは自分たちの手には負えない。
そう判断した男二人は、踵を返して走り出した。
普通、仲間が走って逃げだしたりしたら、「ごめんごめん」などと弁解して追いかけてくるものだと思うのに、仮面の二人はほほほほ……と何故か笑いながら、速度を上げるでもなく歩いてくる。
(怖い!!)
その反応が恐ろしく、全力で逃げた男二人はあっという間に女の子たちに追いついた。
「どうしたの?」
不思議そうにする女の子たちにどう説明したらいいものかわからず、
「あいつらのことは一旦忘れて、ちょっと落ち着こう!」
と言いながら、ずっと待っていてくれた先輩の車まで戻った。
「先輩ヤバいっすよ!」
「なに?なにがヤバいの、大丈夫?」
と訊かれて、
「なんか、あいつら、よくわかんないけど、仮面かぶってて……あいつのようであいつじゃない、私のようで私じゃない、私以外私じゃ……」
何かの歌のようになってしまったが、
「とにかく一旦離れましょう!!」
と言い張って、先輩に車を出してもらった。
自分たちが乗ってきた車が発進したら、普通なら置いて行かれたと慌てるはずなのに、仮面の二人は歩みを乱さず、笑いながら歩いてくる。
どこに向かったら良いかわからず、ひとまず人の多い繁華街まで行くことになった。
「何、なに?」
「なんで仮面被ってんのあの子?」
車の中で、女の子たちはまったく訳がわからないながらも、自分たちの友達が仮面を被って笑ってたのが怖いようだった。
冗談でそんなことする子じゃない、と女の子たちは主張する。
「絶対おかしい、ヤバいって!」
四人が車内で騒いでいたら、不意に車がキュッと止まった。
信号待ちか?と思い前を見たが信号は見当たらない。
「先輩?信号じゃないですよ」
「あぁごめんごめん、でもゆっくり行かねえと」
深夜の団地で車通りもほとんどないような道である。ましてや今は非常事態である。そんな時に、ゆっくり行く必要があるだろうか?
「先輩、ゆっくりじゃなくていいですよ」
と言いながら何気なく先輩の方を見て、凍り付いた。
運転席でハンドルを握っている先輩も、後ろから歩いてくる彼らと同じ、真っ白の仮面を被っている。
「いやもう仮面被ってるからさ、前が見えにくいんだよ。だからゆっくり行かないとな」
演技でも冗談でもなさそうな感じで先輩は言い、自身の言葉の通り酷くゆっくり車を発進させた。
「仮面被っちゃってるから、前が見えにくくなって危ねぇから。悪いけどゆっくり行くよ」
そのさも当然のことを言っていると言わんばかりの口調が逆に怖くて、四人はドアを開けて、車から飛び出した。
「うわあああ!!」
慌てて車から離れる後輩たちを気にすることもなく、そのまま先輩の車はゆっくりと、蛇行するように走っていく。
「え、えぇ!?」
「なにこれなにこれ!?」
飛び出した四人が顔を見合わせ、息を整えて現状を把握しようとしたその時。
「ちょっとは怖かったですか?」
歩道の隅から、見たこともない女の子のが声をかけてきた。
(誰だこいつ、なに言ってんだ?)
その子はそんなに嬉しそうでもなく、「ちょっとは怖かったですか?」と重ねて訊いてきた。
「は?な、なに?」
と思わず尋ねると、
「その場しのぎというか、急ごしらえだったんですけど……怖かったですか?」
(あ、もしかしてこれ答えなきゃいけないのか?)
と思い至るより早く、自分たちの連れの女の子が、
「はい!怖かったです!!」
と大声で答えた。
「あぁ怖かったですか。良かった良かった」
その子は女の子の答えに満足したようで、ふらりと角を曲がって行ってしまった。
「え、なに!?」
慌てて追いかけるが、角や路地が多い所為なのかもう見える範囲に人影は見えなかった。
「なんだったんだあの子……」
と呆然としている、ゴン、と音がした。
全員で音の方を見ると、そう離れていないところで先輩の車が柵か何かにぶつかっていた。
慌てて駆け寄ると、どうも仮面を被って視界不良のまま蛇行運転でゆっくりぶつかったらしく、大きな事故にはなっていないようだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「イテテテ……何これ?仮面?気持ち悪いな」
先輩は大きなケガをしている様子はなかったが、ぶつけた箇所を痛がりながら、仮面を不気味そうに眺めていた。
「先輩これ、この仮面はいつ被ったんですか、ていうかいつから持ってたんですか」
「お前らを待ってたときに、たまたま全員居なくて一人だけになったときがあって……なんか運転席側を叩かれてコンコンって……それから覚えてない」
その答えも怖かったが、ひとまず先輩は元に戻ったようだから、残してきたあいつらも戻ってるんじゃないか、と彼らを残してきた方向を確認すると、
「「ひどすぎるぅ!!!」」
と泣きながら追いかけてきていたので、あっ元に戻ってるとひとまず安堵して彼らを出迎えた。
置いて行かれたと怒る二人をなだめながら、
「お前らその仮面どうしたの?」
と尋ねると、肝試しに出発して、「いやー怖いねぇ」と言いながらぐるっと倉庫の外側を一周したときに、袋を持った何者かに声をかけられて、それから記憶がないということだった。
※本記事はツイキャス『禍話』シリーズの「THE禍話 第25夜」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(26:14ごろから)
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