禍話リライト『群れる家』

「その建物がもう存在しなくなったから話せるんですよ」
そう語ってくれた人の口調や訛りから察するに、関西の話ではないかということだ。


明言こそされてはいなかったが、どう見ても新興宗教関連の施設だったと思われる廃墟が山の近くにあったという。そこには『机の上に置いてある分厚いノートを決して見てはいけない』という噂があり、ネット等ではなく口伝えで広まっていた。その噂について語るときには誰もが「絶対に見るなよ」と言葉を添えていたというのだから、それなりに信憑性のある話として受け止められていたらしい。
そこに、3人程の若者が行ったときの話だ。
まだ日が沈む前に辿り着いたその廃墟は平屋だったがやたらと広く、どこまでも部屋、部屋、部屋が続いている。しかも和室ばかりと思っていたら急に洋室があるような、よくわからない造りになっていた。
「途中で増改築でもしたのかな?」
なんとも奇妙な造りの廃墟を懐中電灯で照らし、ひと部屋ずつ確認しながら進んでいく。
「こんだけいっぱい部屋があったらさぁ、どこの机のノートが見たら駄目なヤツなのかわかんないじゃん」
軽口を叩きながらも噂のノートを探すのだが、どこの部屋にもそれらしいノートや冊子が置いてあり、それはそれで気持ち悪い。
そうこうしているうちに突き当りの一番奥の部屋にたどり着いた。その部屋は今までの部屋よりも広く、集会所として使われていたようだった。
「ここでセミナーというか洗脳的なことやってたのかな」
「あー同じこと繰り返し何回も言わせたりとかするんだろ」
「うへぇ気持ち悪い……」
壁の一角には格言のようなものを箇条書きで書いた額が放置されている。達筆風ののたくった字で書かれていて読むのに苦労したが、読んでみてもいまいち何を伝えたいのかが判らない。
「これさ、ここの教祖?が適当に書いたんじゃね?」
「ここが使われてたときにはこういうの大声で読み上げたりしてたのかなぁ、やっぱ新興宗教って怖えよなぁ……」
一通り見て回ったことだしもう帰ろう、という話になり、来た道を引き返す。
すると、行きの道中で確認した部屋は全部扉を閉めて進んで来た筈なのに、とある部屋の引き戸が開いてるのが見えた。
「あれ、お前ここ開けたまま出たっけ?」
「いや、ちゃんと閉めてきたと思いますけど……」
首を傾げながらも部屋の中を見てみると、ぼろぼろになったカーテンの隙間から部屋の中に外からの光が差し込んでいる。
その光がちょうど当たっている位置に、1冊のノートが置いてあった。
「なんかよくわかんないけど、噂のノートってこれのことか……?」
いかにもな状況に思わず顔を見合わせるが、ようやく目的のものを発見できたのだ、これを放置して帰る訳にはいかない。
「こ、怖いからさ、廊下に持って来て見てみようぜ」
こわごわ部屋へと入り、ノートを持って仲間の居る廊下に戻った。3人で顔を突き合わせてノートをのぞき込む。
「確かにノートにしちゃ結構分厚いよな」
「何が書いてあるんだろ」
表紙をめくって中身を確認してみると、名前、日付、それに意味は解らないが、+5、-3、といった具合の数字がずらずらすらと羅列してある。
「こんな大勢の人が通ってたんですかね」
「1回しか来なかった奴とかも居るんじゃない、無理やり勧誘されてきた人とかだったら」
「あれですかね、借金の帳簿、みたいな……いくら貸して返ってきたみたいなこと?」
「いやでもここって別に金貸しとかやってた訳じゃないよな?」
「それにお金の貸し借りだったらもうちょっと『¥5,000』とか書かない?こんな書き方するかな?」
想像とはかなり違う内容に戸惑っていると、1人がポツリと言った。
「これ、なんかのノルマってことですかね」
「……気持ち悪いこと言うなよ!ちょっと俺ぞくっとしちゃったじゃんか!」
一頻り目の前のノートについてああでもないこうでもない、と話し合ったが、結局どういった意図で書かれたものなのかは判然としなかった。
じゃあ噂のブツも確認したことだし早く出ましょうか、と言い切る前に。
一番奥の部屋から、突然妙な”何か”を感じた。

(……奥の部屋、今めっちゃ人居るんじゃないコレ?)

声がした訳でも、物音がした訳でもない。
それなのに、例の集会所だったと思しき場所から、自分たちを意識している大勢の気配を感じる。
他の2人も”それ”に気付いたようで、戸惑いながらお互いに顔を見合わせた。
「あ、あのさ、今思ってること、3人で一斉に言いません……?」
恐る恐る確認を取るとやはり全員が同じように、この建物の一番奥から大勢の人間の気配を感じているとのことだった。
「うわー、駄目だぁ……」
1人が天井を仰いで嘆息する。
「駄目ですよ、まだ太陽出てる時間でコレって、暗くなったらどうなっちゃうんですかここ……」
暫し嫌な沈黙が流れた後、
「ちょ、ちょっと俺入り口近くまで行って見てくるわ」
雰囲気を変えようと思ったのか、1人がとんでもないことを言い出した。
「え、危ないですよ!」
「3人が3人とも同じこと考えたんだから、もうそういうことですよ、確認なんかしなくていいですって!!」
残りの2人で説得するが、確認したいと言い張る彼が3人の中では一番先輩だった為、結局は強引に押し切られてしまった。
「入り口まで行って懐中電灯でちょっと照らしてみるだけだから。中までは行かないから!」
残った2人が見守る中、先輩がそろそろと突き当りまで廊下を進んでいく。突き当りの1歩手前までじりじりと進み、広い空間をサッと照らした、次の瞬間。

「ヤバいヤバいヤバい!!! 逃げろ逃げろ逃げろ!!!」

先輩は踵を返して物凄い勢いで廊下を駆け戻り、そのまま自分たちを追い越して出口に向かって走っていってしまった。
「ちょっと待ってくださいよ、どうしたんですか!?」
「逃げろ逃げろ、ヤバいって、逃げろ逃げろ逃げろ!!」
尋常じゃない様子の先輩を残りの2人が慌てて追いかける。、先輩は普段あまり運動をしない人とは思えないスピードで、あっという間に停めてあった車に辿り着いた。
「ヤバい、ちょ、くるま、早く乗れバカ!!」
「い、いや、ちょっと説明してくださいよ……」
「ッ説明とかいいから早く乗れバカ、ヤバいってバカ!!!!」
急かされるままに車に乗り込むと、ドアを閉めるか閉めないかのところで先輩が車を急発進させた。
そのまま廃墟から何kmか離れたところで先輩はやっと車を止め、大きく息をついた。
「ごめんごめん、でもあれは絶対ヤバい、ヤバいヤバい……」
「え、あの……やっぱり人いっぱい居たんですか?」
(さっきからヤバいしか言ってないなこの人)と思いながら尋ねると、青い顔で予想もしなかったことを言われた。
「……うん、すっごい人居た……異様に背が小さい人がいっぱい居た……」
「せ、背が小さい、人……?」
思わず聞き返すと、先輩は嫌そうに続けた。
「幼稚園ぐらいの背丈なんだけど、顔つきや服装は完全に大人の背だけ縮んだみたいな奴らが、よくわかんないけど全員外向きに立ってたんだ。
す、凄い人数がギュウギュウに立ってて……その、すごい小柄なよくわかんない連中が、一斉に明かりの方にギュンッッッと視線を向けて来たんだ…
それがもう怖くて怖くて………」
あそこおかしいよ、絶対もう行くべきじゃないよ、と言葉を切った先輩に、残りの2人は何も言えなかった。


その建物は、ある日突然業者が一斉に入ってあっという間に取り壊されてしまい、前述の通り既に跡形もないそうだ。

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本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』の「シン・禍話 第六夜」より、こちらのリクエスト(https://twitter.com/hayaca3010/status/1376530223051591686?s=20。)
にこたえてくださったものを書き起こして編集したものです。
(1:05:20頃から)

https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/678004855

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