禍話リライト番外編:忌魅恐『フジサキくんの家のお葬式の話』
事情があって会社を休んでいた先輩のAさんが久々に出社してきたときの話である。
後輩のBさんは、昼休みに腕を組んでなにやら悩んでいるAさんを見かけた。
(休んでいた間のことは細かく伝えたつもりだけど、聞きそびれちゃってわかんないこととかあったのかな)
「どうしました?わかんないことあったら教えちゃいますよ?」
「いやぁごめん、仕事に関係ある話じゃないんだけどね、ちょっと家のことだからさ」
Aさんと親しかったこともあり、気をまわして声を掛けると、Aさんはへらり、と笑って答えた。
「……あ、だったら仕事終わってから飲みとか行きません?前によく行ってたあの店とか、最近美味しいメニューが出来たんすよ」
「いや嬉しいけど、早く家に帰んなきゃいけないからな」
「家に帰らなきゃ?そうですか……じゃあまた飲みは今度にしましょうか 」
Aさんの言葉に引っかかるものはあったが一旦そこで話を終え、Bさんは午後の仕事に取り掛かることにした。
終業時間後も、Bさんはやり残した仕事を片付ける為にちょっと残業することにした。自分の他にはAさんと、Cさんという女性が残っているようだった。
30分程で仕事に一区切りが付き、まぁ残りは明日の自分に任せようかとなった頃、AさんもCさんも同じようなタイミングで仕事を終わらせたらしく、なんとなくそろそろ帰ろうか、という空気になった時。
お前らには言っていいかなぁ、とAさんがぼそり、と言った。
「いやホント馬鹿な話……家庭の話なんだけどさぁ」
「家庭の話、ですか?」
「全然いいですよ、なんでも聞きますよ」
BさんとCさんがそう返すと、いやそれがな、とAさんは話しだした。
「昨日なんだけどな。明日から復帰しますって会社で挨拶しただろ。それで家帰ったらさぁ、なんか線香の匂いがするんだよね」
「線香?え、いやでも線香の匂いぐらいするんじゃないですか?」
「うーん、それでなんか可笑しいなぁと思ってたらさぁ、女房も子どもも家に居るんだよ?居るんだけど電気点けてないの」
「……奥さんもお子さんも、二人とも居たんですか?」
「そうそう。玄関に靴はあるのに真っ暗だから変だと思ったんだけど、二人ともリビングに居たんだよ。それぞれソファの別のとこに座って、なんか女房もチビも沈んでる感じで。どうしたんだ?って声かけたら女房が、
『お葬式があったの』
って言うのよ。
よく見たら喪服着てて。
『葬式って誰の?』
ってきいたら今度はチビが、
『フジサキくん』
って。
フジサキ君って知らない名前だったからさ、クラスメイトかな、クラスメイト全員の名前知ってる訳じゃないしなと思って、明かり点けようとしたら、『やめて』『点けないで』って二人ともがすごい言ってくるんだよ。
ショックでぼろぼろ泣いてて泣き顔を見られたくないとかかな、とか思って結局電気は点けなかったんだけど。
『フジサキ君ってどんな感じだったの、急に亡くなっちゃったの?』
ってきいたら、なんか女房が言うには棺の蓋が開いてなかったらしくて、だから事故かなんかで酷い死に方したのかな、それだったら詳しく聞くのも悪いからさ、『あぁそう大変だったなぁ』って適当に相槌打って、暗いけどリビング通ってキッチンで冷蔵庫開けてビールでも飲もうと思ったらね。
『フジサキケイタ』
亡くなった奴のフルネームらしいんだけど、女房が急に言ってきて。突然なんだ?と思ってたら
『知らない?』
知らないなぁ、家に来たことでもあるのかな、と最初思ったんだけど、でも家に来たとしてもあぁ友達なんだな、で済ませていちいち名前とか確認しないじゃん。
そしたらチビまで、
『フジサキケイタくん、しらない?』
みたいなこと言ってくるんだよ。
『いやぁ記憶にないなぁ』ってこっちが言ってんのに、二人は何回も何回も繰り返すんだよな。
『フジサキケイタ君、知らない?』
『フジサキケイタくん、しらない?』
酷い死に方でショックを受けたのかなぁ、チビだけじゃなくて女房とも仲良い家の子だったのかな、それだったらあんまり刺激しない方がいいかと思って。気まずいしソファにも座れなくて、突っ立ってビール飲んでたら、電話機の横にあるクラスの連絡網が目に入ったんだけど。
は行のとこにフジサキ君って居ないんだよな。
「居ない、んですか」
「そうなんだよ。あれ居ないなぁ、まぁ委員会とかクラブ活動とかで仲良くなった子とかなのかもなぁってそれは勝手に納得したんだけど。
またずっと、
『フジサキケイタ君、知らない?』
『フジサキケイタくん、しらない?』
って言ってきて。
(しつこいなぁ知らないっつってんのに)って思ってたんだけど、何度も何度も聞いてたらなんか記憶に引っかかってね、(あっそう言えば)って、思い出したんだよ。
二人にはそのときには言わずに誤魔化したんだけど、フジサキケイタって中学校のクラスメイトで、虐められてた奴でな。ん-、ぶっちゃけさぁ俺もその虐めグループの末端ぐらいに居たから、ときどき踏んだり教科書破ったりはしてたんだけど」
「じゃあそのフジサキ君って、知ってた名前だったんですね」
「でもそいつは関係ないだろ?そんな話家でしたこと無いし、そもそもそいつと一緒だったのは中学だけで、高校は別だったし。そいつは中学の知り合いが居ない学校に行ったんだけど、性格的に暗くて言っちゃ悪いけど付け入られるタイプって言うのかなぁ、また虐められたらしくて。
結局なんかねぇ、
『もう繰り返しはイヤだ繰り返しはイヤだ』
って遺書に書いて歩道橋から飛び降りてさ、落ちたとこをトラックで撥ねられて、結構酷い死に方したっていうんだよ。
嫌な記憶だから思い出さないようにしてたんだけど、まぁ関係ないよなと思ってそれは二人には言わなかったんだ。でも
『フジサキケイタくん、しらない?』
『フジサキケイタ君、知らない?』
とかずっと言ってくるんだよ」
気持ち悪いよなぁ、と語るAさんに、
「それ、あの、大丈夫、なんですか……?」
Bさんが恐る恐る尋ねると、Aさんは
「もう仕方ないから先に寝ちゃったよ」
と苦笑した。
「今朝もさ、出社する前に女房に『行って来るわ』って声掛けても座ったまんまで、
『フジサキケイタ君、知らない?』
とか言ってくるし、チビはチビで玄関出てくとこだったっぽいけど、
『フジサキケイタくん、しらない?』
だけ言って俺より先に走ってっちゃったんだよな。
なんか気まずくてさぁ、なんなんだろうこれ、訳わかんないよなぁ。偶然にしちゃ気持ち悪いし」
――――そこまで話を聞いたBさんは内心怖くて怖くて仕方がなかったそうだ。
「ね、ま、ちょ、ちょっと、俺、コーヒーでも買ってきますわ」
気持ちの整理をしようと立ち上がると、Cさんも同じような考えだったらしく、「わ、私も行きますね」と強張った声で言う。
「お、悪いね。じゃ、俺ブラックで頼むわ」
Aさんを残して二人で自動販売機に向かう途中、Aさんが見えなくなった途端にCさんは真っ青な顔でブルブルと震えだした。
「ちょっと、Bくん……Aさんさぁ、何言ってんのアレ……?」
「や、ヤバいよな、絶対ヤバいよなぁ……だってAさん、
奥さんとお子さんが歩道橋から落ちて、車に轢かれて亡くなっちゃって、
それで精神的に参っちゃって休んでたんだろ?」
「そうだよね……私最初、線香の匂いがするとか当たり前でしょとか思ってたんだけど、なんか『女房とチビが居る』とか訳わかんないこと言ってくるし」
「棺のふ、蓋が開けられなかったのって、Aさんとこの葬式であったことじゃんって俺言いそうになったけど、先輩すごい真顔だし、言ってることは変なのに別にヤバい人って感じでもないしさぁ……」
「いや、ほんとさ、あれどうしたらいいの?」
「どうするって言ったって、一旦戻るしかないよ……」
「えぇ、私戻りたくないよぉ……」
「俺も嫌だけどさ、戻って『ちょっとわかんないですねー』とか適当に言ってさ、さっさと帰ろ、それしかないって……」
適当な飲み物を買って嫌々ながらもAさんのところに戻ると、Aさんはまだ「どうしたもんかなぁ」などと呟きながら首を捻っている。
Cさんの方は会話もしたくないらしく俯いたままなので、
「それ、もう先輩にはどうしようもないんじゃないですか……?」
仕方なくBさんが缶コーヒーを手渡しながらそう言うと、Aさんは
「そうだよな、ごめんごめん変なこと言ってさぁ。ちょっと俺、仕事終わっちゃったからもう帰るわ」
聴いてくれてありがとな、と言いながら帰り支度をするAさんにBさんは内心(やっと解放された……)という気持ちでいっぱいだった。
そのまま職場を出ようとしていたAさんだったが、何かを思いついたようにふと立ち止まり、そしてBさん達に向かってこう言った。
「俺さ、帰ったら試しにフジサキ君のこと言ってみるよ」
「「えっ!?」」とBさんとCさんが声をあげるのにも構わず、
「いやもういっそのこと話してみたらどうなるか、ちょっとやってみるわ」
じゃあお疲れ!と手をあげて帰っていくAさんを二人は適当な挨拶も言えずに黙って見送るしかなかった。
少なくともBさんには、Aさんの思いつきが良い方向に向かうとはとても考えられなかった。
結局、翌日以降Aさんは二度と出社しなかったそうである。
事情は誰にもわからず仕舞いで、上司にAさんのことを尋ねても、
「うーん……まぁ、やっぱりなんかこう、立ち直れなかったみたい、だねぇ」
と苦虫を嚙み潰したような顔で言うばかりで、絶対にそれ以上のことは教えてくれなかったということだ。
※本記事は青空怪談ツイキャス『禍話』シリーズの「禍話X 第六夜×忌魅恐
」より一部抜粋し、書き起こして編集したものです。(1:22:30ごろから)
※忌魅恐(いみこわ)とは、全員が行方不明になってしまったとあるサークルが集めていた怖い話を紹介する禍話内の企画です。
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/653652669
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