禍話リライト『火車』(怪談手帳より)


「通夜の席でね、棺から音がするんだよ」

Aさんはかつて住んでいた町で噂されていたという怪異について語ってくれた。
「いやそんな大きい音じゃないんだけどね。内側からこうゴッ、ゴッって叩いたり、モゾモゾゴソゴソって身動きするような音がしたりね」
町で死者が出るとそういうことがしばしばあり、そして。
「そういうときには裏口――表と逆にある出入口だね、それを見に行けって」
そうすると裏口から出たところで、必ず見える範囲に猫がいるのだという。
「絶対どっかに気持ち悪い猫がいる。要するに『そいつが悪さしてるから追い払え』っていうんだ」
何かそういうのって、君の好きな妖怪にもいるんじゃなかったっけ?とAさんは不意に尋ねて来た。
まさしくその通りで、猫が死体に悪さをするといういう俗信は古くからある。ひいては猫を正体とする妖怪の仕業として葬儀の際に棺が壊れたり死骸が触られたりという話もまた多く存在する。
そのようないささか月並みな解説をすると、
「やっぱりそうなんだ。いや、うちのはそんな死体が持っていかれるとかそんな大げさなもんじゃないよ。ほんとに棺が動いたり、音がするぐらいで。でもさ、今、俺『気持ち悪い猫』って言ったろ?」
Aさんが言うには、裏口で見つけた猫はしばしば亡くなった人の声で

「おい」

「ねぇ」

などと短く話しかけてくるのだという。
「いや話しかけてどうなるどうするって訳じゃないんだけど。ただそういう声を出すってだけで。
で、ただそれだけじゃなくてさ、『とにかく早く追っ払え』と。
あんまり長くそのままにするなっていうんだけど、その理由がさ」

そのままにしていると、猫の顔つきがだんだん亡くなった人の顔に似てくるのだという。
それは確かに気持ちが悪いと言わざるを得ない。
「まぁ葬儀なんてそんな頻繁に出るもんじゃないし、そこで毎回起きるって訳じゃあない。
実際俺も何度かお通夜は経験してるけど、そういう席で見たことはないんだ」

「でも……なんていうかなぁ……」
Aさんは言葉を切って少し黙り込んでからこう言った。
「それって通夜のときだけじゃないんだって、ちょっと前にわかったんだ。
俺もはっきり見ちゃったんだよね、そのキモい猫。俺の家で」

それは彼の父の葬儀が終わり、帰宅したときのことだったという。
「親父が動いたんだよ。あぁ、その……『親父の骨』が」
納骨をする日まで骨壺は遺族によって家で安置される。
その骨壺が彼や家族の見ている前で、

カツ、カツ、コッコッコッ……

独りでに音を発して小刻みに震え出したというのだ。
「ちょっとの間皆固まってたけど、お袋の悲鳴でハッと例の話を思い出して、慌てて勝手口の外に出たんだよ、裸足のまんまで」

そこにいた。
まるで必然であるかのように、不気味なほど大きな白い猫がいた。
Aさん曰くそいつは「屈んでいた」のだという。
「そういうときって頭ん中ちゃんと働かなくて、(ほんとに居たヤバい怖い)っていうのと(これ早く追っ払わないとヤバいんだよな)っていうのがグチャグチャになっちゃって……」
武器になるものを探して虚しく手を動かす彼の前で、その猫の顔が不意に崩れた。

目も鼻も口も縦長の亀裂のように真っ黒く陥没していく。

それはまるで、崩された髑髏のようであった。

「うわぁ……っ!」
と声をあげたAさんがようやく竹ぼうきを拾い上げて叩きつけようとしたときには、白い猫はどこかへと駆け去っていった。


「声?あぁ、声はしなかったよ。
――もう、喉も焼けて無くなっちゃってるから、だろうな」

Aさんはそう言ってから自分自身の言葉に顔をしかめた。

「通夜の晩だけじゃないんだな。……ってことはさ、何日も何日も、ずっと『あいつ』はいるってことなんだろうな」

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本記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』の「元祖!禍話 第一夜 完全ノープラン人怖祭 」より、余寒さんの怪談手帳「火車」を抜粋し、文章化したものです。(35:00頃から)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/729276477

禍話まとめwiki
https://wikiwiki.jp/magabanasi/



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