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天皇杯長野戦レビュー~成長、誤算、未来に向けて~

<両チームスタメン>

・松本山雅

スタメンは3名変更。

GKはビクトルを継続。
4バックは龍平、常田、野々村、橋内。
前節今季初出場を果たした橋内は今季初先発
中盤は同じく米原が今季初先発、安東とのコンビに。
FWは榎本に代えて滝。小松、菊井、村越との前線に。

・長野パルセイロ

スタメンはGK以外の10名変更。

山中、藤森が初先発、高橋、森川が初出場となり、ほぼフルターンオーバーを敷いてきた。リーグ戦では前節初のベンチスタートとなった杉井、佐藤、三田らがこの試合に照準を合わせてくるなど、出番がなかった選手を思い切って起用しつつ、前節は天皇杯を視野に入れて主力を温存するなどこの試合に向けて準備をしてきたことが伺えた。

未知の組み合わせ、さらに複数ポジ可能な選手が多かったので配置やシステムなどは未知だったが、上記の並びとなっている。

<記録>

・ゴール(15)
6:小松
3:菊井
2:村越
1:パウリーニョ、鈴木、榎本、山本

・アシスト(9)
2:下川、山本
1:小松、鈴木、野々村、榎本、菊井

・警告(11)
2:野々村、菊井、山本
1:パウリーニョ、小松、住田、榎本(、武石C)

<戦評>

■見せつけられた練度の差

・プランBの疑似3バック

普段のリーグ戦とは違うレギュレーション、試合間隔の天皇杯。イレギュラーな1戦となることに加えて、信州の2チームにとっては"絶対に負けられないダービーマッチ"とあって、メンバー起用やこの1戦への捉え方、チーム全体の完成度合いなどそれぞれの指揮官の"思惑"や"色"が強く出ていたように感じる。

それが一番最初にはっきりと出た両チームのスタメンも、FPをすべて変えてきたシュタルフ長野「主力を温存するという考え方はなかった(ヤマガプレミアムより)」と言い切り、主力を惜しみなく使った霜田山雅で対照的な構図となった。

そんな山雅だったが、大きな変更点としてあったのは前節途中から起用された橋内の右SBの形。「相手がどういう布陣で来るのかが見えない部分があって、我々はリーグ戦に出ているメンバーを中心としたスカウティングをするしかなかったです。結果としてはリーグ戦のメンバーが出て来てくれたおかげで準備を上手くあてはめることが出来ました(長野パルセイロ公式より)」と語っていた敵将にとっても、ここだけは数少ない不確定要素だったのではないか。

そして、試合が始まると橋内が右に入る4バックでは仕組みの上でも違いが見られる。

今年は「2CB+2ボランチが低い位置で起点となり、SHが中央に入る代わりにSBは高い位置を取る」というのが基本的な仕組みとなっていたが、この日は橋内が2CBと同じ高さに残って、滝が大外レーンに。左肩上がりの4バック、3-2-4-1のような形になって攻撃を組み立てる。

相手はプレス時は5-1-1-3で前線までIHが飛び出してくるプレスを用意してきたが、橋内が通常よりも低い位置から組み立てていたため、プレス距離があった。橋内は時間的・心理的には余裕があり、そこから滝や菊井に当てた後も安東が浮いている形を作れていたのでそこを起点に何度か長野のプレスを回避→敵陣に侵入することができていた。

・噛み合わないプレッシング

一方、今年の理想である敵陣でサッカーをし続けるために生命線となってくる「プレス」の部分では序盤から苦労が続く。

長野は3-5-1-1という珍しい基本システムで試合に入る上に、ポジションに囚われず流動的に形を変えていくので山雅の4-4-2のプレスでは噛み合いにくいのは試合前から明らかだった。

普段のがっつり"人"に"人"を当てるオールコートマンツーマンのような形ではシステム上どうしてもミスマッチができるので、左右非対称の形を作り、特に右サイドではそれぞれが微妙な立ち位置を取ってスペースを埋めるような守備を仕込んでくる。

守備範囲の広い橋内・運動量のある滝を置き、人選的には適任のメンバーだったと思うが、プレス時にボランチを消さなければいけない菊井や小松、WBを消さなければいけない滝のようにいつもよりも後ろを気にしながらの守備になってしまっていたのでどうしても圧力はかかりにくくなっていた。

流動的な相手に対して、ポジショニングや個人の微調整で効率よく網を張り、相手のボールを高い位置で奪うことで得点につなげる……というのが理想の流れだったが、試合が落ち着くにつれて長野もポジションチェンジなど持ち味の流動性を見せ、山雅がプレスをはめ込む前に逃げ道を作っていく。

特に山雅の右サイドはシステム上のズレが大きく、ハマらなかった時は橋内がなんとかするという算段はあったはずだが、かなり早い時間から滝の背後を使われ、ドリブルを得意とする森川が橋内と良い形で対峙してしまうシーンを何度も作られてしまう。

また、長野はWBに中央の選手を置いて中央に侵入させたり、逆にIHがサイドまで顔を出してサイドに起点を作るような可変が特徴的。この試合でも途中からIH佐藤がサイドに位置取りを取ったり、原田が可変してボランチのような振る舞いで山雅のプレスを回避するようになる。

上図のようにSBがWBにピン留めされた時に、IHに自由に持たれて自陣まで運ばれてしまうというのが山雅にとってはネックとなっており、次節も直面する問題になるだろう。

3バックに対して、疑似3バックという策をぶつけるところまでは悪くなかったが、結果としては付け焼刃感はあったかもしれない。

・「1つ先」の修正を見せるが……

そして、この試合でも前半のうちに修正を施す。

この状況では、これまでは滝をWBの位置まで下げて、しっかりサイドの枚数を合わせにいくという守備の修正をすることが多かったが、今年の主軸はやはり攻撃。そして引くよりも前に人数をかける。そのコンセプトに沿って攻撃時(保持時)の形を変えて、負の流れを断ち切りに行く。

変化させたのはこの日、これまでとは違う特殊なタスクをしていた右SB橋内。どちらかというと守備に注力してたベテランががらっと動きを変えてくる。

上図のように橋内がサイドの高い位置を取ることで、それまでサイドで張っていた滝は中央で自由に動き回れるようになり、人数的にも全体が前がかりに。

攻撃時も後ろに残ることが多かった橋内が普段のSBタスクのように攻撃参加することで、それまで脅威となっていた相手のWBの攻撃を抑制、前半の終わり頃は一度山雅が流れを押し返すような展開も増えていく。

これまでは1つのことをやり続けるのは得意としていた一方、修正は人を変えないとかけられないという若いチームらしい問題を抱えていた。ただ、この日は橋内を中心に同じメンバーで早いうちに修正。柔軟な変化にはチームの戦術理解の進歩が感じられた。

■現れた準備と成熟の差

・動き出すスコア

ただ、元の形に戻すことで違う問題も浮き彫りになる。

先ほど書いたようなチームの成長が感じる修正も見えた一方で、"攻撃的SBの立ち位置に慣れていないことで橋内が攻撃(保持)時に苦労するような場面"や"前がかりになる分、ネガトラ時に橋内の戻る負担が増えてしまう場面"が見られるようになっていく。

そして、両チームが後半15分前後には、長野は藤森・山中に代えて音泉・近藤を、山雅は両WGの村越・滝に代えて國分・榎本とそれぞれ攻撃的な選手を2枚替え。試合が動き出す。

失点シーンは後半18分台のサイドチェンジの流れからミスが生まれ、それを奪われての形だったが、似たようなシーンが直前の16分台にも。

先ほど書いた通り、山雅側はプレス&攻撃時は"普段通りの4トップ&4バック"の形に戻しつつも、非保持時には橋内が中に絞り、3バック気味の形を取っていたので、右サイドの守備範囲はさらに大きくなっていた。

HT以降は監督からの指示があったのか、修正のデメリットを突くようなシーンが露骨に見られるようになっていた。

シュタルフ監督は試合後コメントで「準備」というワードを挙げたが、結果的にはこの山雅の試合中の修正により長野が用意してきた「準備」も出やすくなるという側面も出てしまう。

上図の流れからWBが起点になり、

橋内が前半のようにSBに対応に来たところで、橋内が見ていたIHがその裏のスペースにラン。野々村がついていくと

近藤がマイナスに残ってフリーになるという形。これを連続して作られて、その後の流れで綺麗にゴールに流し込まれてしまった。

ハイラインによる広大な裏のスペースやボランチの守備範囲の広さによるバイタルの空洞は"霜田山雅の目指す仕組みの弱点"でもあるのでそこを綺麗に使われた形。

相手の良さは出やすくなってしまうのは仕方がないが、その分高い位置でしっかり潰し切ってサイドを変えさせないこと攻撃で殴り勝ち、相手(特にWB)に高い位置を取らせないことがチームとして必要だったかもしれない。

特に自分たちの強みよりも先に相手の強みが出てしまうというのは今のチームでは失点以上に重要な問題であり、今後課題解決を考える時に根底に置いておく必要がある。理想と結果の両方を得るには自分達自身の強みを磨き、相手の強みを覆い隠してしまうような成熟をしていかなければならない。

・最大の収穫?ニューカマーの台頭

ただ先制された山雅もそこに動じることなく早々に意地を見せる。失点の2分後にはCKから野々村のプロ初ゴールで同点に。セットプレーでも相手の方が多くのチャンスを作ってきた中で、少ないチャンスをモノにできたのは来週や今後のリーグに向けても好材料。先制点により相手の勢いも増す中で自軍に勇気を与える一撃となった。

そして、同点に追いついたこの時間以降にはさらなるインパクトを残した人物が。それは途中から投入されたルーキー國分である。元々球離れの良さや視野の広さは高いレベルのモノを持っていたが、この試合ではまた一段とそこが光り、菊井や龍平とのコンビネーションで左サイドを活性化。

これまでの出場とは違って、前線にある程度自由が与えられていた影響も大きかったのは考慮しなければいけないが、延長で訪れたシュートチャンスさえ生かせてれば文句なしでMOMを獲得できるようなプレー内容だったので、今後に向けて大きなアピールになったのではないか。WGの人選もなかなか定まらずに決めかねているような事情もあるので、プレス面が問題なければ近いうちにスタメンのチャンスも回ってくるかもしれない。

・戦略的な失敗と誤算

しかし、お互いスコアを動かすには至らず。
終盤戦、延長とお互いにゴール前までは迫るものの、なかなか決定的なシュートチャンスを作れなかった。

連戦で似たようなメンバーで戦っている山雅にとってはこの展開に持ち込まれること自体がマイナス面が大きく、2CBと前線の菊井・小松は現状欠かせない戦力であるにも関わらず、延長含めた110分をフルで戦うことになったのは素直に痛い。

前回のレビューでも触れたような、"これまで出番のなかったような選手も交えての総力戦"にはならず、山雅側はあくまで今年の「設計図」を完成させる道中の1戦という位置づけだったのは今年の"ブレなさ"が表れていたが、それが裏目に出る形でもある。

アクシデントもあったとはいえ、山雅側は60分の両WGの交替以降はボランチの入れ替えのみで、延長以降もリスクを抑えて2トップでシンプルに裏を取るような本来のスタイルとは若干違うような戦いを選択。試合を決め切るには打つ手が少なかったのは否めない。

主力の疲労や特殊な試合というのをそれほど考慮しないで戦うのであれば『本来であれば90分で決め切らなければいけないゲームだった』というのが全てといっても過言ではないように感じる。

そして、裏を返せば、前節から主力を数名休ませてこの試合に臨んでいた長野の方がこの展開も上等で、準備周到だったというのも終盤になるにつれて現れていた。途中から主力級の選手を投入して終盤にかけてギアを上げてきていた上に、PK戦も厭わないだけの準備を入念にしてきていたので、この展開で終盤戦に勝負を持ち込んだ時点で相手の土俵だったように思う。

■この借りはまだ返せる

結局PKでの決着となったこの試合は1-1(PK:4-5)で敗戦。
天皇杯本選への出場権も逃すことになった。

この負けは今季だけではなく、山雅の歴史においても重い。

簡単に切り替えられるものではない。

だが、この気持ちを抱えて次にぶつけられるというのは幸運とも考えられる。

リーグ戦で長野との再戦がすぐ待っており、そこで勝てば順位も入れ替わる。この悔しさをぶつけるには最高のシチュエーション。

ここでこれまで以上の熱い気持ちでぶつかっていけなければ信州の覇権は取り戻せないし、「挑戦者」としても失格である。この立場に立たされたからこその熱量や反骨心を今こそ見せていきたい。

注目ポイントに挙げたいのは3つ。

①「立ち上がり15分」
ダービーで明暗が分かれ、心理的に余裕や充実感があるのはやはり勝者側。そこに一泡吹かせるためには先制パンチを喰らわせるようなアグレッシブな立ち上がりを見せなければいけない。手数勝負になるとどうしても分が悪いこともあり、勢いを持って入れる早い時間帯に何としても先手を取りたい。

②「アンカーへのプレス」
長野は逆三角形の中盤に加えてWBもボランチの位置に入ってくるため、前回の試合ではこれまでのように2ボランチがアンカーの位置まで出て行けず、前線が受け渡しながらケアしていた。が、2トップはCBへのプレスにもいくので失点シーンのように空いてしまうシーンも。本来であれば宮阪がこのポジションでタクトを振るうので、より要警戒ポイントになる。逆にここへのプレスに明確な解を見出せれば長野を全く別のチームに変えることができるだろう。

③セットプレー
昨年からのJ3でのダービーを見てもやはりロースコア決着。固い試合になりやすい傾向になるが、そうした試合で勝負を分けるのがセットプレー。現に今回の野々村の同点弾、そして昨年のホームゲームでも先制点が生まれたのはセットプレーから横山の得点だった。最近はキッカー菊井のフィーリングも良く、期待感は高い。対して、相手もセットプレーから6得点でリーグトップの数字を記録。強力なキッカーとストロングヘッダーも戻ってくるはずなので守備の面でも警戒したいポイントである。

以上。

わずか中5日という限られた時間だが、やることははっきりしている。

こういう逆境の時こそ原点に返り、サッカーを楽しむ気持ちを大切にしつつ、チームとともにプライドを取り戻す1戦に。

今こそ共に闘おう、俺たちの松本。

END

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