長野戦レビュー~用意された「動」と「静」~
<メンバー>
・松本山雅
今治との上位直接対決を制し、連勝を飾った山雅だが藤枝との勝ち点差は2。引き分けすらも許されない中でダービーを迎えたが、天皇杯、リーグ戦とどちらも90分では決着がつけられなかった長野を相手に90分での「必勝」が求められる試合となっている。
スタメン・ベンチはともに今治戦から変更なし。
・長野パルセイロ
一方、長野も相模原・YS横浜を相手に複数得点を挙げての連勝。
山雅と同様に良い形でこの試合を迎えたが、この試合では宮阪が欠場。それ以外は変わりなく、前節宮阪の負傷後に入った坪川がスタメン入り。
ただし、ベンチは宮本・原田・山口に代わって佐野・東・川田・秋山がメンバー入りと大幅入れ替え。消耗戦や守備固めを見据えてか、バランスの良いベンチ構成に変えてきた。
<記録>
・ゴール数(41)
11:横山
6:外山
5:小松
4:ルカオ
3:住田、常田、榎本、TPJ
1:菊井、宮部、下川
・アシスト数(26)
4:外山
3:菊井、ルカオ、常田
2:佐藤、下川
1:住田、濱名、ビクトル、小松、横山、野々村、浜崎、安東、TPJ
・累積(43)
5:常田(1)、パウリーニョ(1)
4:住田(1)、外山(1)、菊井(1)、佐藤(1)
3:ルカオ、榎本
2:村越、前、大野、宮部、横山、安東(1)
1:米原、浜崎、小松、野々村
<戦評>
■大一番で強気を見せた山雅イレブン
・シュタルフ長野の可変システム
天皇杯では4-1-2-3、リーグ前半戦では3-5-2の可変システムで試合に臨んできた長野だが、今回は3-3-1-3(3-5-1-1)の可変システムを採用。Jリーグ全体を見回しても似たようなシステムを使っているのは恐らくJ2熊本くらいだが、長野はさらにシステマチックに形を変えてくる。
プレス時は両翼の三田・森川が前に出て前線を4枚に。佐藤・水谷がIH気味になることでアンカー脇をカバー⇩
しかし、ブロックを組む(自陣に押し込まれる)時には中に絞ってた佐藤・水谷は最終ラインに吸収。今度は三田・森川がIH気味の位置に入り、前線はFW山本とトップ下の山中が残る形⇩
ここまでは熊本も似たような形を取るが、特徴的なのは左右非対称の可変を見せる保持時。杉井がSB、水谷がボランチの位置に入り、4-2-3-1のような形に変化⇩
右の佐藤も本来は中盤に入って仕事をするタイプなので、同様に中央に入ってくることもあったが、基本的には左肩上がりで左右非対称のビルドアップを行ってくる。長野戦ではこのシステムの変化とどう付き合っていくかがポイントになる。
・可変潰しのハイプレス&裏抜け
ただ、これについてはもちろんチームも織り込み済み……どころかガチガチに分析して、その弱点を突くような落とし込みをしっかりとしてきたのが見て取れた。
プレス時には左CBの杉井に対してWBの下川が縦ズレで猛然とプレスをかけ、篠原もスライド。対面のWBとなる水谷は中に入ってくる前提で、トップ下の菊井かボランチのどちらかが必ず捕まえるという長野側のやりたいことを先読みした守備を立ち上がりから見せる。
ここ数試合、SBはシャドー(小松・菊井)が見るという試合が続いたので、杉井は攻撃時にSBのようなタスクになるとはいえ、左CBまでWBが縦ずれしてくるというのは想定外だったかもしれない。かなりやりづらそうに見えた。
また、この可変だとネガトラ時はCB中央の乾と左CB(SB)の杉井のギャップがどうしても大きくなる。相手の左裏スペースにボールを送れば乾と横山の走り合いとなり、ここにはかなり分があったので縦に早い攻撃は相手にかなりストレスを与えていたように思う。
こうして立ち上がりから可変の弱みを突いてくる山雅に対して、長野は思うように可変できずミスが多発。全体が縮こまってしまい、配置をうまく利用することができない間に山雅が先制点をあげる。
序盤から山雅に何度もシュートチャンスを作れていただけではなく、この日はリスタートも早く、ハイテンポのまま試合が進んでいったため、長野の後ろの選手たちのミスも十分起こりうる状況だった。得点に繋がったセットプレーも元はと言えば、相手の連係ミスから得たCKから生まれている。
・消極的だった長野の要因と突破口
ただ山雅が仕掛けに行った対策が単にハマったというわけではなく、長野側からするといくつかのマイナス要素はあった。特に宮阪の不在は大きかったように思う。ハーフタイムでピッチの中心を担うアンカーを変えたことからも分かるように、元々この位置で起用されていた宮阪に比べると今日の坪川の出来は監督目線でも満足がいっていなかった模様。
ボランチがFWの背後でボールを受けられず、FWの前(視野範囲内)まで下りてきてしまうことで釣られてWG(森川・三田)もボールを受けに下がるしかなく、結果、FWが孤立しているようなシーンが起こる。
さらに選手コメントでも、
的な会場の雰囲気が山雅のハイプレスに相乗効果をもたらしたというのは実際にあったかもしれない。これまでの相手のコメントを読む限り、中の選手が一度「のまれてる」と感じたらそこからの修正できたケースはなかなかないように感じる。
そこから打開するには分かりやすくスコアを動かすのが一番手っ取り早い。
山雅はハイラインを敷き、長野は後ろに重たい状況になっていたので、どうしてもロングボールが多くなっていたが、本来の狙いが出しづらい中でも長野も得点のチャンスは十分にあった。例えば"ラフなボールやディフレクションのこぼれ球"、"早めに最終ラインの裏を狙うアーリーのボール"は山雅の守備のエラーを誘発、あわや失点に繋がる気配を感じさせる、前半で一番怖い攻撃だったように思う⇩
データで見ても、前半のシュート数自体は15本(5本)ー6本(2本)と山雅が圧倒していたが、チャンスシーンや期待値的にはほぼ互角。体感的にもやられてもおかしくないチャンスを作られているので、山雅ペースでありながらも裏へのケアにはもう少しアラートさは必要だったように思う。
■勝負を分けた「動」と「静」の切り替え
・正常さを取り戻した長野
そこからHTを挟んで、長野は先ほど書いた通り、坪川を下げ、WB川田を投入。右WBだった佐藤を坪川の位置にスライドさせてテコ入れを図る(直接は明言されていないが「選手によっては緊張もあった」に該当していそう)。
後半は中盤あたりまで長野が完全に主導権を握れる。
これは長野側の「①アンカーの選手の変更」「②HTで山雅側の想定外のプレスのかけ方を整理」、そして松本側の「③普段以上にハイペースで入ったことによる前線の疲労(判断力の低下)」「④右サイドのスライドの修正失敗」などが重なったのがあるかもしれない。
噛み合わせの良し悪しは表裏一体で、今度は長野が山雅の「動」的なスライドを利用するようになってくる⇩
CBが深さを取って、ボランチが寄っていかないことで山雅の前線3枚の守備領域は広がり、プレスは無力化。突撃する下川の背後を突破される機会が増えていく。
と試合前から縦ズレとスライドはテーマに挙げられていたようだが、前半の成功体験からか、試合のテンションからか、良くも悪くも積極的で攻撃的な縦ずれプレスは注意ポイントとして伝えられていたようだがなかなか修正が効かなかった。
・計画的「静」への切り替え
そして、失点をした3分後に山雅ベンチが動く。菊井・外山・篠原に代わってTPJ・宮部・野々村を投入する3枚替え。TPJは攻撃カードの1枚目として、宮部・野々村の同期のユニットとして信頼を掴んでいたようで、先ほど書いた縦ズレ・スライドの修正を主な使命として投入される⇩
本来は"デュークカルロス対策を想定していた宮部"、"使うと残り3人(ルカオ・榎本・安東)のうちの誰かが使えなくなる野々村"を投入するということで、若干修正が遅くなってしまったところはあるが、この思い切った3枚替えにより、山雅は再び「静」的な守備ブロックを構築して長野の攻撃の勢いを一度抑えることに成功。後半入りから撃たれ続けていたシュートもほぼ撃たれなくなり、均衡した時間が続く。
そして、その後しばらくして攻撃の切り札に残しておいたルカオ・榎本を同時投入。ただし前線をフレッシュにしたからといって前半のようにハイプレスをかけるわけではなく、532でのミドルプレスからのカウンターが主体に試合を進めたのもこの試合のキーになっていそう⇩
決勝点が生まれたのも若干攻めあぐね感が出ていた中で、ブロックの中に刺したボールが流れ、山雅ボールになったところから生まれる⇩
長野は非保持時はIH、もしくはWGが1ボランチを挟むような中盤3枚の形を取るが、ネガトラ時は構造上2枚になるためどうしても薄くなりがち。前がかりになると特にそれが顕著になるのでこのシーンでもTPJが1枚余り、前向きに受けてドリブルを開始することに成功(審判云々もあったが)。
そして、前半戦から狙っていた左CBと乾の大きく広がったギャップを突いたTPJのスルーパスが結果的にルカオの決勝点となった。
そこから長野側も急いで切り札であるデュークカルロスの投入などもあったが、時すでに遅し。ピンチも数多くあったが、分析と采配によって試合を通して先手先手を打ち、選手も勝負強さを見せた山雅がそのまま2-1で信州ダービーを制した。
■J3の信州ダービー閉幕…かはあと3戦次第。
3戦あった今年の信州ダービーもこれにて終了。山雅の2勝1分けで幕を閉じ、昇格争いでもなんとか勝ち残ることができた。
敵将からは「山雅さんにJ3に残って貰う、来季も信州ダービーをやる」という意気込みもあったが(穿った見方もできるが、あくまで試合前の意気込みなので試合後の今や変な他意はないと個人的には信じている)、山雅としては「百歩譲ってやるとしてもJ2・J1以上の舞台で」という人がほとんどのはず。長野県のサッカー文化の発展のためにも一足先にJ2昇格を果たしたいところ。
しかし、未だ山雅の順位は昇格圏外の3位。まだ何も手にしたわけではない。次負けたらこの試合の勝利の意味も薄れてしまうので、ここで一息つくことなく、再び昇格に向けての熱い気持ちを維持して残り3戦に向かっていく必要がある。
そんな次節の相手はカターレ富山。
相模原・岐阜ほどの派手さはなかったものの、オフの補強で多くの実力者を迎え入れ、個人的には昇格候補に相模原とともに挙げていた(現状とても外れている)。
だが、序盤は新戦力とのミックスに苦労。そのつまづきが響いて今年のハイペースな昇格レースで後れを取る。中盤戦で6連勝を記録して勝ち点が並んだところまでは良かったが、福島戦でのドローを挟み、目の上のたんこぶだった山雅に敗戦。良い位置にいながらも上位陣に追い越すには至らなかった。そして、第25節沼津戦での敗戦を受けて石崎監督が退任。
小田切HCを監督に内部昇格させ、逆転昇格のためのブースト狙いに近い体制変更に踏み切る。ただ現状うまくいっているとは言い切れず。序盤の讃岐戦(4-0)で好スタートを切り、その後も3連勝を飾ったがその後は藤枝・八戸・今治と好調のチームに3連敗。その3戦では4得点とそこそこ点は取れているが、長所であった守備面でもろさが出て9失点を喫する。うち八戸戦、今治戦とどちらも先制しながらの逆転負け。長野に続き、富山もこの試合で負けると昇格の可能性が消える正真正銘のデスマッチとなる。
山雅は3連勝で好調とはいえ、一寸先は闇。ここを落とすようだと、残り試合の少なさ的にどうしても他力に頼るのも厳しくなってくる。
そして、今節は「いわき(1位)×鹿児島(4位)」「今治(5位)×藤枝(2位)」「富山(6位)×松本(3位)」と天下分け目の節。2位争いに着目すると全チームアウェイ戦となる。よその結果も気になるところだが、まずは自分たちがしっかりとアウェイ戦で勝ち切り、勝ち点3を持ち帰りたい。
END