岐阜戦レビュー~待ち焦がれたヒーロー~
<メンバー>
・松本山雅
スタメンは2名変更。
負傷の大野に代わって今シーズン初めて篠原がメンバー&スタメン入りで右HVに、そして中央には野々村が入る。さらに右WBで下川→宮部が変更となった。
ベンチメンバーには変更なし。
・FC岐阜
コロナの影響で8名の選手が離脱した岐阜だったがスタメンの変更は1名のみ。チームの中核の庄司→ヘニキへと変更、ボランチを本職とする選手が他にいなかったため、ここのやりくりは苦労したように見えた。
ただチームが6戦勝ちなし(4敗2分け)と不調の中でもFW藤岡が6戦5発と好調。先制点を取られたくない山雅にとっては特に要警戒の人物だった。
<記録>
・ゴール数(37)
10:横山
6:外山
5:小松
3:住田、常田、榎本
2:ルカオ、TPJ
1:菊井、宮部、下川
・アシスト数(24)
4:外山
3:菊井、ルカオ、常田
2:佐藤、下川
1:住田、濱名、ビクトル、小松、横山、野々村、浜崎
・累積(43)
5:常田<1>
4:パウリーニョ<1>、住田<1>、外山<1>
3:菊井、ルカオ、佐藤、榎本
2:村越、前、大野、宮部、横山、安東<1>
1:米原、浜崎、小松、野々村
<戦評>
■前回対戦とは全く異なる構図に
・似た課題を抱えた両者
リーグ5位の保持率、前回対戦でも山雅に対して58%の保持率を叩き出していたが、今回はそのキーとなる柏木・庄司が共に不在。代わりにボランチに入ったのはパワフルさが売りのヘニキ、マルチプレイヤー生地の2人。
タレント力ではJ3全体では群を抜いている柏木や庄司がいない中で、前半戦のように深い位置から繋いでいくのは質を維持するのが難しく、そういうスタイルを得意としないボランチの組み合わせでもあるということで、この戦い方の切り替えはある意味、強烈な個を持ったタレントがいるからこそできることではあるが、成熟や手数という意味ではどうしても少し乏しくなってしまう。
岐阜は監督交代や主力の離脱などもあり、その状態に陥ってしまった感もあるが、それをシーズン前から覚悟し、「カメレオン」とあえて言語化して進んできた山雅も同じような課題に直面している。
そして、今日の相手である山雅も、持たせておいてのショート/ミドルカウンターを得意としていることもあって、今回ボランチを経由してのボールの出し入れはかなり少なく、シンプルなロングボールでンドカ・藤岡を狙い、セカンドボールをSHやヘニキらボランチ陣が狙うということを重視した、前回とはまるっきり違う攻撃をメインに行ってきた。
・山雅ペースではあったが……
試合が始まると、早々に山雅が主導権を握る。
岐阜はCBへのプレスにはそれほど来ず、442のブロックを組んでいたが、篠原常田の両HVと中央の野々村といつもより幅を取れるメンバーだったことでいつもより距離を取り、そのことで両WBが高い位置を取る。この組み合わせは実践では初めてだったが、普段よりボール回しがスムーズだったのは先ほども書いた"カメレオンならでは"の特徴かもしれない。
いつもより幅を取ってテンポ良く左右に散らせていたことで、システムのズレは起きやすくなる。ズレを埋めようとSBがWBに出て行くと必然的にSB裏のスペースができてしまうので、そこに横山が流れて起点を作るというところまでは何度かできていた。
ここまでは今シーズン再現性は持てている。ただ、そうしたシーンが多ければ多いほど直面するのはいつもの問題。「抜けた後どう崩すか?」である。
ただ、横山が裏に抜けた後、「①(距離的に)フォローに行ける味方は限られる」「②味方を待てば敵も戻ってくる(=密集になる)」「③ドリブルを開始するとパスの選択肢は限られる」などの点がネックに。
その結果、この形になったら「中央の選手(小松、菊井)はフォローに行かずにボックス内でクロスやこぼれを待ち、WB(外山)もフォローには行くが近づきすぎない(ドリブルのスペースを残す)」というのが恐らくチームの共通認識となっているように思う。
もちろん、ゆくゆくはパスや駆け引きもやっていかなければいけないが、現状はできるだけ判断はシンプルに、ドリブルのコースを空けて、チャンスメイクをさせるのが横山も長所を生かせる形となっている。
ただし、そうはいってもまだ横山は万全ではない。この試合でもそうだったように仕掛ける・仕掛けない(味方を待つ)かを判断するかは横山自身になる。味方を待たずに勝負をするのであればそれなりの成果を残さなければいけない。
万全ならばCBとの勝負は迷わず仕掛けたくなるところだが……ここからカテゴリーが上がった際にも直面しそうな問題でもある。自分の形では絶対仕掛けるドリブラーになるのか、味方を使いつつ、崩せる選手になるのかは興味深い。
■狙いを遂行した岐阜
・求められる保持時の柔軟性
こうして、保持では横山の裏抜けが脅威になっており、岐阜も元々それを折り込んで「持たせるスタンス」で入ってきたため、徐々に山雅が岐阜陣内に押し込む展開になっていく。それによりCBは余裕を持ってボールを持つことができたが、岐阜側もCBが持つのは許容していたように感じる。
しかし、ここである問題が生まれる。
良い時間帯は菊井・佐藤が高い位置を取り、サイドに入った後も選択肢を持てていたが……
時間と共にアンカーのパウリーニョがいつものように最終ラインまで下りてきて、自由に持てているエリアに加わるように。自由に持てる選手が3人から4人になった代わりに前線の人数は減少する。
例えば、菊井が裏に流れると中に人がいなくなり、FWが下りてきてボールを貰わなければいけないし、⇩
FWが流れて菊井がハーフスペースに入っても中央の人が少なくなり、前線の選択肢が欠ける状態に。さらに流れたFWにボールを出しても敵のラインは低くなっているので先ほどよりもスペースも時間も少なくなってしまう⇩
先ほども書いたように常田・野々村・篠原とパス距離を出せる3人の組み合わせが初めてで、3バックに自由にボールを持たせる岐阜のやり方も対松本用だったので、想定していたのと違ったのかもしれないが、相手の狙いを汲み取り、より嫌がる位置取りを保持でも適切に行うというところは経験豊富な選手には特に求めていきたいところ。
・プラン通りの一撃を喰らわせた岐阜
一方、岐阜はポゼッションが低くなる分、狙いを絞ってきていた。
まずは左サイドで密集を作ってのセカンド回収。FWのンドカは必要に山雅の右サイド裏を狙い、起点になろうと繰り返し試みる。
そして、最大の脅威となっていたのは右サイドの窪田。
前回対戦では下川を相手に縦突破を成功させ、先制点となるアシストを記録したのは山雅サポでも鮮明に覚えてる人は多いかと思うが、この試合でもあえてサイドに孤立させておいて外山、もしくは常田との1対1を仕掛けるシーンが見られた。
何度かこの形を作られてしまったのは怖くはあったものの、左サイドの2人を中心にうまく対応できていたと思う(安東がイエローを貰ったのは残念だったが……笑)。
もう1つの狙いだった山雅の攻撃時のミスを狙ったロングカウンター。これは見事に得点に直結した。
失点に至る経緯を振り返ると、プレーの始まりは山雅のプレスがハマったシーン。下りてきた藤岡に宮部が激しくプレスに行き、横山・小松・菊井でそれぞれパスコースを消しつつ、連動して奪ったところから始まる⇩
前線のプレスには課題を抱える山雅だが、このシーンは意思疎通やカバーシャドウがしっかりとできていたと思う。あと一歩で大チャンスという奪取に成功。
だが、チャンスを逃すとピンチあり。
人数をかけてプレス→両サイド追い越し→前線に人数をかけていた最中に、岐阜のCBの岡村のポジションを捨てての一か八かのプレッシャーを受けてしまい、ボールロスト。
これを窪田が拾ってカウンター発動、4vs5で状況が一転する。さらに素早くパウロが窪田に対応に行ったが、これを裏街道で交わされて3vs5とさらに状況を悪化させてしまう。
この軽率なロストからの軽い守備で一気に自陣のゴール前まで戻ることを余儀なくされた。なんとかこの攻撃は一度は防げたものの、その直後のCKで痛い先制点を献上してしまう結果に。
まずは自分たちのいい守備からいい攻撃の最中に、相手の守備の圧に負けてあっさりとボールを奪われた点、そして数的不利なのでディレイ→止められなければ最低でもファールで止めるという場面であっさりと突破された点がなにより痛かった。結果として失点はCKだったが、それ自体よりもその前のシーンが反省点、課題点だったように感じる。
■文字通りひっくり返した後半
・待ち望んだ救世主
そのまま1点ビハインドのまま前半終了。
多くの時間、敵陣でプレーをして決定機も作りつつも点が取れなかった山雅はHTで小松・佐藤に代えてルカオ・TPJを投入、勝負に出る。走力の部分では勝算があったとはいえ、前節守備が耐えきれなかった形を後半頭からぶつけていくのはかなり勇気がいる交代だと思ったが、監督もそれだけ最後の得点の部分で劇的な変化を求めているのは明白だった。
そして、その期待にわずか3分で応えたのがこの日のヒーロー・TPJ。さらに起点、アシストをしたのも同時に投入されたルカオだった。古巣戦でもあったTPJは岐阜の選手に相当左足を警戒されていたようだが、その裏を突いて見事ニアに突き刺すシュートを放つ。これで一気に空気が一変。
一時は同点に追いつかれてギアを上げた岐阜に盛り返されるようになったものの、そのことで得意のカウンターも発動できるようになり、徐々にオープンな展開となってくる。
・今季の良い形が見られた得点
また、逆転弾も安東投入により後ろの保持のテンポが上がり、常田→横山への裏抜けから得たスローインの流れから。
①菊井が左IHになったことで後半から左サイドの攻撃が活発化、常田が高い位置でプレーする機会が増えていたところで、
②受け渡しによるマークのズレが徐々に生じるように。SH窪田は外山に対応、その分FW藤岡が下りてきて常田につく。
③ただこれによりアンカーの安東がフリーに。それを感じた安東が前線に顔を出す。このタイミングで外山がSHを引き連れてボックス内に。
④藤岡は自分がついていた安東の対応に戻ろうとするがその背後、大外を追い越していった常田がドフリーになってしまう。
岐阜も急いで常田サイドにスライドしていたが、それによりルカオのブラインドで待っていたTPJがフリーになってしまう。そこから決め切った決定力は見事としか言いようがないが、岐阜も個々の対応はそれほど間違ってなく、システムのズレ、マークのズレから難しい形を作られてしまった(悔むべくは後ろに重くなりすぎてしまったことか……)
その形を作れたのは『WBのボックス侵入』や『それに連動したHVの追い越し』『安東やTPJ、ルカオなど選手の個性による攻撃の変化』『ブラインドサイドへの飛び込み』など今年取り組んできた良い部分が詰め込まれた攻撃からだったように思う。
あとは良いところまで行ってもクロスやシュートの精度が伴わないことが多々あるのが残念だが……それが結実するとこうした再現性のあるこうしたグループ戦術の向上もクローズアップされていくだろう。
・刺せなければやられる
これでスコアは2-1。ここまでの試合展開からも「これを続けても同点に追いつくのは難しい」と判断した岐阜の横山監督は、同じくリスクを負って攻撃に出た名波監督同様、劇的な変化を加えにかかる。
最終ラインに服部を入れてボランチを生地1枚に。そして、松本・山内(のちに窪田)をWB化、元々SHを務めていた畑・窪田(のちに藤岡)をIHにする超攻撃的フォーメーション(3142)に変更。そして、この采配は効果を発揮する。
通常ここでHVに出ていかなければいけないのはIHだが、リードしている今、優先順位は後ろの畑・窪田になるので迂闊に前に出て行けず。FWが2対4の数的不利な状況になってしまうので、どうしても後追いになり、ある程度自陣に運ばれるのは許容せざるを得ない展開が続いてしまう。
もしも、ハメに行かなければいけない展開だったり、メンバー的に可能であれば……
⇧こんな感じで相手に合わせて形を変えていくのが今シーズンの選択肢としてはあったはずだが、この試合・このメンバーでは無理に形を動かさなかったのは正解だったのではないかと思う。
代わりに高い位置を取るHVやIHの裏は山雅にとってもカウンターを発動させるチャンスでもあった。『刺すか刺されるかの勝負』に持ち込まれて攻められる時間も強くなった分、やらなければいけないのは「必ずこぼれてくるであろうカウンターチャンスを逃さず、ダメ押し点を取り、試合を終わらせること」だったように思う。
実際、ルカオ・榎本を中心に大チャンスとなるシーンはあったし、いくら攻撃的な布陣を取っていたとしても2点差はさすがに重くのしかかっていたであろう。岐阜は岐阜でさらに前がかりになるしかもうないのでひょっとすると4点、5点という展開もあったかもしれない。
結局ラストワンプレーまで勝負を分からなくさせてしまったのも自分たち自身であり、「この試合だけだと解決したとは言えない」問題である。
このままTPJがストライカーとして覚醒させ、残り5試合を駆け抜けるも良し、この試合のように日替わりヒーローを誕生させるも良し。ただ理想を言えば、TPJも好調を維持しつつ、他のストライカーもそれに負けじと競っていく「本来の今年の理想像」を残りのシーズンで体現させたい。
■次はU-19のエース対決
そして、次節は今治戦。
前節はYS横浜に1-2で敗れたため、現在、山雅とは勝ち点4差の6位と昇格争いの上では数字上かなり厳しい立場にいるが、前線から最後尾までタレントが揃い、攻撃だけではなく、守備でも連携面の質が高い。
中でも要注意なのはU-19日本代表・千葉。9月には「AFC U-20アジア杯ウズベキスタン2023予選」にて横山の代わりに招集された甲府の内藤の代わりとして代表に招集されていたが、そこでダブルハットトリックなど含む9得点の大活躍。そこで得点感覚を取り戻したのか、代表から再びクラブに帰って以降は4戦5発と絶好調となっている。
本来であればエースとして代表に呼ばれていたはずの横山にとってはこの上なく、意識している相手のはず。そして、世代別の代表常連でありながら横山にその主役の座を奪われかけた千葉も横山を意識してきた1年だっただろう。その両者がこの重要な1戦でどのような活躍を見せるか。この2人の活躍が大きく勝敗を左右することになる。
さらに、前回対戦では捕まえるのに苦労し、得点も与えてしまった万能型FWの中川、(ここ数試合は不在だが)鹿児島相手にハットトリックを記録するなど爆発力ではJ3屈指のインディオ、CBながら6ゴールを奪っているエアバトラー・安藤、大宮から移籍してきた経験豊富な中盤の掃除役・三門など、個の力を持った選手たちとあらゆる局面で激しいバトルが見られることだろう。
この先、生き残るためにも、まさに「決勝戦のつもり」で遠方アウェイの今治の地で勝ち点3を持ち帰りたい。
END