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讃岐戦レビュー~苦しみの先に光あり~

待ちに待ったJ3開幕戦。課題があるのは当然として久々の勝利、劇的な展開をエンジョイしたサポーターがほとんどではないか。ということで今年もそんな松本山雅の戦いを振り返り、あれこれ言っていきたいと思う。

<両者のフォーメーション>


・松本山雅

ここ数カ月、待ちに待った開幕スタメン。コロナによる情報遮断もあってプレビューでも「山雅史上最も読めない開幕戦」と個人的には位置付けていたが、案の定、その期待を裏切らないラインナップとなった。

各媒体でも3バック予想が大半で、開幕戦ということを考えても去年の3バック、経験のあるメンバーがベースになると踏んでいたが、名波監督の思い切りの良さがそれを上回る形に。

メンバーではGKはビクトル、最終ラインは左から下川、常田、宮部、前。「①これまでは左右のCBとして攻撃面で貢献していた常田・宮部の組合せ」は特に意外なポイントの1つだった。

その前にはボランチとして米原、パウリーニョが、左右SHに佐藤、山本龍が入る。意外なポイントとしてはもう1つはSH。山本龍はキャンプの情報を知っている人からすると妥当かもしれないが、「②佐藤の左SH」はこれまでの山雅での起用を考えると意外な起用と言える。中盤以下は富士フイルム杯で伊藤敦・岩尾・柴戸・関根を並べたリカルド浦和に似た構成&可変だった。

FWはルカオ、横山で昨年の最終節・長崎戦と同じ組み合わせに。ただ榎本・小松・菊井と「③FW登録の3人がベンチ入り」したのはシステム予想が狂わされるほど意外なポイントだった。

・カマタマーレ讃岐

対して讃岐は予想通り352の布陣に。
後ろは昨年の中心メンバーが並んだが、アンカーには足元の技術に長けた鯰田ではなく、元CBの守備的アンカー長谷川が起用され、「①守備の強度を重視した選考」に。

WBでは「②昨季のチーム得点王で10番の川崎がベンチスタート」。右に国士舘大の内田、左に関西学院大の臼井のルーキーコンビが両翼に起用された。IHは昨季も在籍していた後藤・中村駿。

そして、FWは「③鳥栖からのレンタルで注目されていたドゥンガが不在。ユースから昇格の18歳ルーキー・小山が抜擢」された。後に調べて分かったのだが、讃岐U-18は昨年プリンスリーグ四国で優勝、小山個人も2位の13点を大きく引き離す22点で得点王を獲得していた模様。確かにこれは期待される。。。

<記録>

◆ゴール数
1:横山、外山

◆アシスト数
1:常田、菊井

◆累積
1:佐藤

<戦評>

■「カメレオン」の正体

・山雅の基本システムをおさらい

まず序盤攻勢に出たのは讃岐。山雅側の立ち上がりが安定していなかったのが要因としてあるとはいっても、誰の目にも「システム・配置が読みづらい」のは明らかだった山雅を相手に、本来であればまず様子見や立ち位置確認をするのがセオリーだが、選手が足並みを揃えて攻勢に出たのは讃岐側を褒めるべきかもしれない。本当に危険なシーンこそなかったが危うい立ち上がりになった。

この日の山雅は基本布陣は4-4-2で、非保持時は2トップがアンカーを挟むように監視し、SHが1列前に出ていくようにプレスをかけながら後ろもそれに連動するようにして数を合わせに行く形。

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非保持時

讃岐は繋ぐところは繋ぎつつもロングボールは多めで、CF2枚に収まれば山雅のSHより後ろで一気に6対6が仕掛けられる状況である一方、うまく収まらなかったり跳ね返されると山雅はボランチ陣に加えて中に絞るSHも中央のセカンドボール回収隊に加わわっており、キャラクター的にも佐藤・山本龍の2人は守備時のデュエルやセカンド予測の部分はSHとしては長けている方なので時間とともに山雅の回収率が目立つようになっていく

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跳ね返せれば中央のセカンド回収は優位に

・左右非対称&攻守可変システム

10分過ぎからは山雅側がボールを握り、主導権を取り返すような時間に。

自陣での保持時はCB-SB間に米原が入り、後ろは3枚でのビルドアップに。前と下川は1列前に上がり、352のような形に可変

左は下川がサイドレーンに入り、相手のWBをけん制。時には低い位置に落ちていきながらFWに高精度のパスを供給する。佐藤はハーフスペースでIHのように振る舞いながら第3のボランチとしてボールの受け手になっていた。

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左ビルドアップ

そして、右も米原が入るところまでは変わらなかったが、左と同様の形を持ちながら山本龍がサイドのライン際に張って幅を取り、代わりに偽SBとしての経験がある前がハーフスペースでIH役になることが多かった。

右ビルドアップ

山本龍は逆足SH。前半はチーム全体が横山ルカオをシンプルに使うシーンも多かったので実質的にはWBの位置に入ることも多かった山本龍は順足の下川と違い、高い位置から外巻きになるボールを供給させる意図があったのかもしれない。

山本の器用意図

ただ、そもそも山本龍までボールが回ってくることが少なかったのと後に投入された菊井のインパクトの大きさもあり、少し損な役になった感はある。

■前半で見えたメリット・デメリット

・振り回されたのは讃岐IH

それに対して相手はどうだったか。讃岐側は2トップを警戒してるという事前情報があったが、このビルドアップは想定外だったのではないか。

特に左からの組み立てでそれは顕著に出ており、こちらが442の形になった際は讃岐IHはSBの下川にプレスにいくことになっていたが、352に可変した際には左CB寄りに入った米原にもプレスに行くことに。その場合、前の数は合うのだが、背後でSB下川、SH佐藤のどちらがフリーになる。最終ライン3枚をFWと数的同位にするとルカオ・横山に優位性があるので人数は割けず、IHが2度追いを強いられることに。

IHが重労働に

結果的に讃岐は352においてセカンド回収、FWとの経由地としても重要なIHのタスクがほとんどこの追い回しになってしまった
後に讃岐の両IHは68分にはガス欠を起こして交代に。今年のキーマンにもあげられていた中村駿は本来であればこの時間に下げては行けない選手のはずだが、前半から走らせたことによって下げざるを得なくなったのだと思う。

・教訓になる穴からの失点

しかし、実際に先に失点したのは山雅だった。しかも352の可変の穴を突かれての失点というのは今後に向けての教訓になるだろう。

自ら作ったズレが仇に……

1つめの教訓は「①可変中の不用意なロスト」。相手とのズレを作るという目的で形を変えて保持をしてるということはロストすると一転、相手にとってもズレができている状態になる。試合を通してみると長短のパスで試合を上手く回していた米原だが、失点時のパスはチームにとっては想定外のロストだったように感じられた。

2つ目は「②サイドのリスク管理」。ここもSBが高い位置を取った時はSHが下がるといったように全体的にはうまくバランスは取る意識はあったと思うが前が持ち場を離れて逆サイド近くまで出ていった際に山本龍も相手より先に戻れない位置を取っていて両方持ち場を離れすぎてしまった。ここは左のオーソドックスなSB↔SHの関係とは違い、右は臨機応変にポジションを変えていたことによる難易度の違いはあるだろう(龍平の右SH起用はこの点もありそう)。

3つ目は「③ボール保持者への対応」。これは試合後のインタビューで特に多く触れられていたが、やはりシュートを打った相手に対して距離を空けすぎていた。寄せるのは難しいとしてもファーへの強いシュートは1番に消さなければいけなかったように感じる。CBが晒されるのもできれば避けたいところだがそれは偽SBをやるチームだと宿命のようなもの。あれだけ前が持ち場を離れてよいか?も再考は必要だが、今のうちは妥協するよりはCBの対応力が求められそう。

・右サイドはなぜ停滞していたのか

前半の保持を振り返ると左サイドと比べて右サイドからあまりうまく前進することができていなかった。この点は単に個々のパフォーマンスというよりは構造面も大きかったように思う。

1つは「①前の偽SB」。ビルドアップが左右非対称だったことには先ほど触れたがSB役の選手があそこまで柔軟に動き回る形は山雅にとっては初めてのことだった。SBが中に侵入したタイミングでボールが入るシーンが少なく、動き直しが必要なシーンが多かった。

2つ目は「②前と山本龍の関係性」。右では前の偽SBのパターンだけではなく、山本龍が中に入ってIH役になるパターンも。サイドの下川&中央の佐藤という明確な棲み分けではなく、"どちらもできて棲み分けは選手に委ねられていた"右はよく言えばパターンも多く、悪くいえば難易度が高かった。

そして地味に1番大きかったと思うのは「③配給役の後ろの選手の問題」。左の米原(左)↔常田の流れに比べて、右の宮部↔米原(右)の流れはスムーズではなかった。

一番の配給役の利き足も要因に……

特に米原の利き足の影響は大きく、米原→山本龍への視野が確保されていないことにより、相手も外への意識を向ける必要がなく、中の選手も空かないという悪循環が生まれていたように見えた。

■流れを変えた2人のスターの存在

・昨年からの積み上げが見えた同点弾

そんな停滞していた前半の中で存在感を示したのは2年目で開幕スタメンを勝ち取ったスピードスター横山

裏抜けは昨年から驚異にはなっていた横山だが、前線からのプレスの判断、ボールを持った時の判断は格段に良くなった。右に流れがちだった癖も直り、今日はむしろ左に流れての攻撃も多かった。

そんな横山の一撃はCKから。常田がまず最初に1人で動き出し、DFとGKの意識を集めただけでなく、ニアから絶妙な位置にボールを逸らして横山のゴールをお膳立てした形。

讃岐はゴール前に4人並ぶようにゾーン+追加でニアストーンに1人+常田・ルカオ・米原・宮部の4人にマンツーマンをつけていたが、GKの前に立つ横山には元から誰もつけていなかった。

GKの前の横山がフリーに

去年から狙い続けてきたニアの常田に合わせる形が決まった時点でGKがニアに寄るのは妥当な判断で、DFも含めてあとはどれだけ素早く戻れるかの勝負だったが横山がわずかな差でそれを制した。

・デビュー戦にして圧巻の存在感

同点の流れを作ったのがスピードスター横山ならば逆転できたのはやはり菊井の貢献は大きかっただろう。

当初はFWやIHとして計算されていたであろう菊井だが、後半頭から右SHに入ると主にアンカー脇でボールを引き出すようになり、右サイドの攻撃だけではなく、左での攻撃にも関わるようになる。

特に秀逸だったのはゴール方向に勝負できるボールの受け方。トラップから素早いの判断でシュートまでいけるだけではなく、ゴール方向にドリブルをしながら受け手の時間とスペースを作りラストパスを送るセンスも見せることができた。突然現れて予想できないプレーでピッチに変化を与えるその姿はまさにトリックスター(積極的に使っていきたい)。

トップ下不足が指摘されているが、この菊井を中心に佐藤和や山田真などその役割をこなしうる選手は何人かおり、名波監督も新たにそういう存在が現れることを期待していると以前話していたので、菊井がいきなりその可能性を見せられたのは大きな収穫だろう(菊井もトップ下タイプという訳では無いが……)。

・システムを変えず可変を変える

ただこの菊井のクオリティに依存する形で流れを変えたかと言われるとそういう訳では無い。というのも前半と後半で右SHのタスクを明確に修正しており、SHがより自由にやりやすい形に変えていたからだ。

先ほども触れたように前半はSH山本が幅を取り、SB前が自由に動き回ってハーフスペースで受けに行くパターンが多かったところを後半はSH菊井にある程度自由を与え、SB前は菊井がやりやすいようにバランサーとしての役割が明確に。また米原が最終ラインまでおりてくることも少なくなり、SB前に右の出し手を任せる機会が増えた。

前半との違い

結果4222で菊井・佐藤の2シャドー(IH)とも4312で菊井1シャドー(トップ下)とも取れるような形に配置が変化。人間の死角を熟知したかのような菊井の絶妙なポジショニングとそれを生かす立ち位置の調整でチーム全体の攻撃を活性化させた。

■効いてきた前半からのジャブ

・走らされた讃岐側の誤算

讃岐側も致命的な穴こそ空けなかったものの、カウンターに入ろうとしたところで山雅の素早い戻りに阻まれるなど途中からカウンターの手を打てなくなっていく。

讃岐も走力やトランジョンには力を入れてるチームで、そこの勝負は得意な土俵だったのでこれほどまでに走力で圧倒できたのは誤算だっただろう。自分もチームのコンディションが上がっていない状態でここまで走り勝てたというのはいい意味で想定外だった。

それだけ走力に力を入れて鍛えてきたのが大きかったというのは1つ。もう一つは一見うまくいかなかっただけの前半から讃岐の前線をプレスに走らせ、横山ルカオで裏返して相手を自陣に戻らせるという攻撃を愚直に続けたことで相手を疲弊させたというのは大きかったかもしれない。前半からのジャブは着実に効いていた。

・前半ついた守備の穴から2点目

さらに2点目も前半からの"伏線"が効いた形に。

讃岐の守備陣形はおなじ。外山はフリーに

菊井→外山の関係性で恐らくアドリブに近い形で決めきった勝負強さも見事だったが、前半と同様、高さを囮にしてマークされてない伏兵が決めるという同じ流れ。

讃岐の守り方は前半同様に4人のゾーン+その前にストーン1枚+マンツーマンで常田、榎本、小松、宮部に付く形。ただ山雅側はフリーになる選手をさらに1枚バイタルに残し、パウリーニョと外山の2枚に。

讃岐でバイタルに残る選手は"スペース"を見るというよりは"パウリーニョ"についていたように見えたのでデータは持っていたかもしれないが、もう1人外山がいたことによるポジション修正はなく、前半やられたGKの前に立つ選手(稲福)にも誰もつけていなかったのでもしかすると試合中にセットプレーの形を修正するような専任コーチはいなかった可能性はある

こうしてほぼラストワンプレーで劇的な逆転弾を外山が決め切り、苦しかったJ3初戦を無事白星で終えることが出来た。

■監督コメントから見えてくるもの

「今回のスタメンで開幕前に90分こなしているのは常田、佐藤、米原、横山の4人だけ。ゲームコンディションが整わない中、難しい入りになった」と名波監督も話すように各ポジションやり繰りに苦労しながらスタメンを選ぶことになった初戦。

良く言えばまだまだコンディションの部分でもスタメンの選考の部分でも伸び代を抱えたままの戦いになったわけだが、それでも勝つと負けるではチームの士気は大違い。これを負け惜しみで言わずに済んだのも結果を残したからこそだ。

また「我々はつねに挑戦者ですし、圧倒的に力のあるクラブではないんで、カメレオン戦法じゃないですけど、いろいろ駆使して、いろんな選手の特徴を出しながら、今後もやっていきたい」というコメントも今日の試合や今年のチーム作りをそのまんま表したような指揮官の本音だろう

そして、このコメントはサポーターに向けてだけではなく、選手に向けてのメッセージのように感じられる。今年の個性的なスカッドでサブの選手までうまくマネジメントしていくには妥当な戦略であり、それをオフに色々話があったであろう外山のゴールの直後に発信してくるというのも何とも名波監督らしい

分析するような人達は今年の山雅には毎回振り回されることになりそうだが、それは分析を行う敵チームにとっても同じ。次はどういうシステム、メンバー構成になるか、そしてその先に新戦力の台頭や"日替わりヒーロー"の登場などあればこの1年も充実したものになるだろう

そうは言ってもまずはYSCC横浜戦。ホームで待つ多くのサポーターのためにも必ず連勝スタートでこの勢いをさらに加速させたい。

END

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