ハニカムウォーカー、また夜を往く(ボイスドラマ版)パート11(完結)

ああ、ごめんよ。
ちょっと熱くなってしまった。わたしにとっては大事な話だが、君には関係ない話だったね。

ヴァレイのことに君が無関係なら、わたしは粛々と仕事を片付けて次の手がかりに向かわなければならない。お互い、忙しいというのは心をなくすね。毎日仕事をこなしながら、その合間で少し息をつく。毎日はその繰り返しだ。
時々考えるよ。
仕事をしなければ息をつく必要もないのにね。
そして、もしそうだとすると、仕事と息抜きの時間を取り除いたら、わたしの人生には何が残っているんだろう?

えーと。
そうだね。ごめんよ。
わたしは肝心の話を切り出すのがヘタクソでさ。

急な話題変更になってしまってすまないんだけど、ゆび、ってあるだろ。そう、その、手と足の先についてるモゾモゾしたやつのことさ。
その指にはいろんな役割があってさ。普段生きてるとあまり考えない話ではあるんだけど、ちょっと蘊蓄を披露させてほしい。

例えば親指。
これは他の指と全く違う役割を持っている。ほら、逆向きに生えてるだろ?
この指がないと、しっかり物を掴むことができないんだ。「手」を持つ生き物だけがこの特徴を持っている。ミノタウロスだって、斧を握る手は蹄じゃない。文明は、親指が作ったと言ってもいいとわたしは思う。たしかに、親指ってどんな時にも使うものだよね。大事な指だよなあ。かけがえがないよ。

次に小指がある。
君は剣を振るんだっけ?どれどれ。なんだ、綺麗な手だな。あんまり剣術は好きじゃないのかい。まあともあれ、小指の話だ。
剣は小指で握る。
もっとも流派によっては違うんだろうけど、わたしの学んだところではそう教わった。教わったけど、その意味が分かってきたのは本当に剣を振るようになってからさ。剣ってさ、切っ先に力を入れるためには、切っ先からいちばん遠いところに力を入れるのが一番なんだ。
ほら、遠心力、遠心力。
見てごらん。これが、人差し指で握った振り。
こっちは小指。ね。見て違いがわかるくらい、振りの速さが違うだろ。
小指も、もちろん大事だよね。

人差し指だって大事だよ。これは今度は剣を振り戻す時に使う。引き戻すときは逆に、切っ先に近い方で戻す方が楽なんだ。何人も斬る時なんか、この、楽をしたかどうかってのが、地味に効いてくる。

残るのは中指と薬指。
中指はさ、掌を上に向けて、何かを持ち上げる時に役に立つんだ。指の中でいちばん真ん中だろ。バランスの要だ。それに大抵の人は中指がいちばん長い。指一本、握りの位置が変わると力が変わるし、指一本分でも、長く遠くまで届くってことが生死を分ける時がある。いや、ほんと。長く生きてると結構あるもんなんだよ。
それに、ぶっ殺すぞって伝える時に立てる指がないと不便じゃないか。

最後に、薬指は、ねえ。
あんまりこれと言って役に立つ指ではないんだけど、無くなると困るよ。
だって、ほら、結婚指輪を嵌める指だろ。見たところ、君も未婚、わたしだって未婚だ。機会があれば、一度結婚しておきたいと思ってる。リングを嵌める指が失くなると、格好がつかないじゃないか。
薬指も、なるべくなら大事にしておきたいなあ。

……あ、笑ってもいいんだよ。
今のはわたしの渾身のジョークさ。どっちかって?や、ああ、そうか。君は結構失礼なことを言うんだね。別にわたしに結婚願望があってもいいだろ。それはジョークじゃない。
ジョークなのは、「あんまり使わなくても、薬指はなるべく残したい」って方さ。ロマンだろ。

さて。
遠回りしたね。
君には今から、一本、指を選んでもらう。
どの指でもいいよ。今からちょっと時間をあげる。大事なことだからね。よく考えるといい。わたしは依頼主にお土産を持って行きたいと思う。インパクトのあるものがいいね。義理というのを欠くと、とかくこの世は生きにくいと聞く。

なるべくフェアに行こう。わたしは強引に奪い取るのをよしとしない。君にも選択の自由はあるべきだ。
さっきのわたしの話を、おおいに参考にしてくれて結構だよ。ノンノン。でも質問は無しだ。一本、指を、選んでほしい。右手でも左手でもいい。君、利き腕はどっちだい。左。ふむ。エルフ族では珍しいね。とにかく、指だ。

……え?
答、早いな。もっと悩まなくていいのかい?まあいいよ。聞こう。

なるほど。
『右手の、薬指』ねえ。
決めた?それでいいの?ほんとに?
もう変更は受け付けないよ?

ンフ。
ンフフフ。

……みんな、だいたいそうやって答えるんだよねえ。
特に左利きのひとはほとんど100%だ。わたしの話し方がうまいのかな。生まれ変わったら詐欺師にでもなろうかな。どう思う?わたしは、決して誘導したりはしていないよ。

ンフフ。

ンフフフ。
失敬失敬。いやね、でもおかしくてたまらないじゃないか。
だってそうだろう。

ンフ。
わたしが聞いたのは、「失くしてもいい指」ではないよ。
逆さ。
「切り落とさず、一本だけ残す指」が、いちばん使わない右手の薬指でいい、なんてさ。

そりゃ、笑っちゃうだろ。

ハニカムウォーカー、また夜を往く」より


全11回でした。最終回スペシャル。
これまでお付き合いいただきありがとうございました。無事、「おい!お前おい!」という指についてのひどいジョークをもって第一話はおしまいとなります。
このあと、かわいそうなグラスホーン・パトリックノーマンマクヘネシーを待つ運命については第二話、「緊張と緩和」から続きがすぐに読めます。

もともとこのキャンペーンは、本作「ハニカムウォーカー、また夜を往く」が、なかなか読まれねえなあ、という悲しみから立ち上げたものでした。最初の一話さえ読んでくれれば続き面白いのになあ、という思いがありましたが、声優さんと打ち合わせをしつつ進めてるうちに、すごくいいからこれマジで聴いてよ、という気持ちに変わっていきました。

あ、でもぜひ続きも読んで、感想とかくれると嬉しいです。励みになります。

完結して改めて、まとめて全部聴くと、かなりいいということを再認識したので、mp3ファイルをDL、ライブラリに入れておきたいというかたは完全版もぜひ買って聞いてくれい!各話の切れ目にはいる微妙な「間」みたいのを足した完全版になります。

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