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Slushを通じて知る、キラキラじゃないフィンランドのスタートアップ文化と国民性

フィンランド・ヘルシンキで開催される欧州最大級のスタートアップイベント「Slush」。世界中にテック系カンファレンスがある中で、「濃密なコミュニケーションの場」という特徴を持っています。

本記事では、Slush 2024に参加したHAX Tokyoディレクターの岡島康憲と、HAX Tokyoメンターを務める株式会社スケールアウトの山形啓二郎氏を招き、Slushの特徴を起点に、フィンランド特有のスタートアップ文化と国民性、さらに日本が学ぶべきポイントに迫ります。

山形啓二郎氏プロフィール:
国際カンファレンス運営企業、在日米国大使館、経営コンサルティングなどで日米企業の海外展開支援に従事した後、2015年、一社)Japan Innovation Networkに立ち上げメンバーとして参画。大企業のイノベーション経営支援、新規事業創出制度設計、新規事業立ち上げ伴走等における数多く実践経験を持つ。

2019年に個人・組織の起業家チームに伴走して事業を共に立ち上げるbird in handを創業。「エフェクチュエーション」や「リーンスタートアップ」を包括的に捉え実践すべく、Scale Outを共同設立。HAX Tokyoでは講師・メンターを務める。

趣味は旅すること。B級スポット巡りにも飽くなき探求心。幼少期は英国に在住し英国海軍士官学校の寮で中学時代を送るなど異色の経験豊富。

「打ち上げ花火で終わらせない」Slushの特徴

――お二人が今年Slushに参加した経緯をお聞きしたいと思います。

山形:私が初めて参加したのは2016年で、コロナ禍を挟んで2022年からは欠かさず参加しています。

CESやSXSW、Beyond EXPOなど世界中のスタートアップ関連イベントを巡っている中で、Slushは世界中から集まった人同士で「お互いに何か一緒に作れないか」と愚直に議論しあっているのが特徴的ですね。そういった雰囲気に触れつつ、ネットワークを広げたり、そこで出会った人たちと一緒にできることを模索していきたいというという思いから毎年参加しています。今年はそれらの活動が一歩前進し、スタートアップの海外市場参入支援を促進する「JAB」というプログラムをヘルシンキや欧州の仲間と一緒に立ち上げようとしており、プログラムに参加するスタートアップや、協力してくれるコミュニティと対面で議論を詰める目的もあって参加しました。

――他のイベントと比較した際のSlushの特徴はありますか?

山形:コミュニケーションの密度が非常に濃いですね。規模の大きさで言えばCESのほうが勝ると思いますが、参加者同士のやりとりは名刺交換で留まるケースが多い印象があります。一方でSlushは参加者同士の顔も覚えやすく毎年会って挨拶する人もいますし、会場全体も「お互い一緒に何かできませんか」というマインドでコミュニケーションをする人が多いのが特徴と感じます。

初めて参加する場合でも、自分がやりたいことを話せるよう準備しておくことをお勧めします。仮に最初の参加は手ぶらだったとしても、会話の中で「こういうことなら一緒にできるのではないか」と仮説に結びつくことがあります。そうした仮説を持ちながら話すと会話の密度も上がり、関係性も濃くなっていきます。そのようなコミュニケーションが大きな会場のあちこちで常に行われているのがSlushの魅力でもあると感じています。

岡島:私の初参加は2018年で、ヨーロッパのスタートアップエコシステムを学ぶための視察がきっかけでした。Slushは他のスタートアップイベントに比べディープテック系のスタートアップの出展が多く、質の高いイベントだと感じています。今年は特に、コロナ後の変化や、エコシステム全体がどのように再構築されているのかに注目して参加しました。

――コロナ禍前後で比較して、何か変化はありましたか?

岡島:会場の規模が4分の3程度に縮小して広い休憩スペースが無くなった代わりに、出展者や来場者が利用できるディスカッション用のスペースを拡充するなどして、人との交流の密度を上げようとしていましたね。特に今年は出展者や来場者をマッチングさせるアプリに力を入れていた印象があります。他の海外のイベントにも参加している山形さんはどう思われましたか?

山形:あの手のアプリは他のイベントでも用意されている機能ですが、Slushはイベントから何かを生み出そうという意欲が強い気がしますよね。派手だけど名刺交換だけで終わるような打ち上げ花火のイベントになってしまうと草の根から始まっている動機を持つ人たちが集まる場だけに、参加者はいずれ離れて行ってしまうようにも思います。規模が拡大する中でそうならないように、主催者側がデジタルも使いながら工夫を凝らしているのではないのでしょうか。

フィンランド滞在中に合流した
ディレクター岡島(右から二人目)と山形氏(右から三人目)

コミュニケーションの乱取り稽古としてのSlush

山形:近年の動向で言えばロシアを意識したような場面も多く見られました。一昨年の基調講演ではサンナ・マリン元首相が登壇しロシアとの対決姿勢をアピールしていましたし、中国からの参加者も減ったと聞いています。

だからといって軍事関連の出展が増えたわけではないのですが、こういった地政学的な状況からも国外を意識する必然性があることを再確認した気がします。自国の経済規模だけである程度ビジネスがまかなえる日本と違い、フィンランド国内の経済規模は非常に小さく、国内だけでビジネスを成立させるのは難しいという背景もあります。そういったことからグローバルを前提としたスタートアップが多いと思います。イスラエルだったり、欧州の小国でも同じ原理が働いているように感じますね。

こうした背景もあって、無償教育で優秀な人材を海外から取り込もうとしたり、ぎこちなくとも英語を共通言語として積極的に活用する文化が浸透し、グローバルで存在感を示すスタートアップエコシステムができたのだと思います。

そういったフィンランドの状況を見るたびに、日本のスタートアップシーンでも日常的に英語で海外と交流するようになるにはどうしたらいいか考えさせられます。

――お二人はそれぞれSlushでは、どのように過ごしていたのですか?

岡島:会場内には大きなステージが複数あり、事業に成功したスタートアップ創業者が自らの経験やノウハウを語るセッションを一日中開催しています。例えばMVPを作るときの注意点だったり、どのようにアイデアを仮説検証するかといった話や、スタートアップを創業してから、どのように365日間を過ごすかといったテーマでスタートアップ関係者が経験談やTipsを話していました。

これらはYouTubeでも配信されているので、僕は朝から晩までスタートアップが入れ替わりで5分間ピッチする、配信無しのステージをずっと見ていましたね。あとは欧州のディープテックスタートアップの情報収集を兼ねて、VTT(フィンランド技術研究センター:国営の応用研究機関)のブースやイタリアのブースに行き、両国出身のスタートアップのピッチをそれぞれ聞いていました。私は1日だけの参加でしたが、なるべく現地に行かないと聞けないセッションに行くようにしていました。

山形:僕も岡島さんと同じような感じですね。初日は「Slush 100」という世界中から集まった100社のスタートアップによるピッチコンテストの準決勝戦を中心に見ていましたね。

それ以外には、ヘルシンキ大学ブースでスタートアップのメンタリングを乱取り稽古のようにこなすというのが毎年恒例になっています。これは2016年参加以来の友人が率いてるヘルシンキ大学のHelsinki incubatorsからの依頼で、その友人とは毎年Slush終わりにサウナに一緒に行くぐらい仲がいいですね(笑)

あとは冒頭にもお話ししたように両国のスタートアップの海外進出をサポートする事業の一環で、現地のスタートアップとの個別ミーティングをしていました。

フィンランドのスタートアップは、キラキラではなくゴツゴツしている


――現地で多くのフィンランド関係者とやりとりした山形さんから見て、フィンランドと他国のスタートアップに違いはありますか?

山形:フィンランドのスタートアップはあまりキラキラしてない印象がありますね。言い換えると、起業を特別視していないと感じます。自分の内在的な動機を実現しようと行動していった結果、起業に行き着いたという人が多く見受けられます。一方でシリコンバレーのスタートアップは、洗練されていてプロっぽい印象すら受けることがあります。ネイティブレベルの英語が話せないとスタートラインにすら立てない印象を受ける一方で、フィンランドはぎこちない英語を一生懸命駆使しながら、自分のやりたいことを熱く語ってくるので、こっちにも気持ちが入って熱くなるんですよね。そういう点にすごく好感を持っています。

VTT関連の研究開発型スタートアップにしても周囲の巻き込み方や研究シーズの価値を考えることを教え込まれているので、色んな人と会話をしたり、協力を求めにいくことに抵抗感がない人が多いという印象です。

岡島:良くも悪くもキラキラしていないけど、その背景には着実な研究成果があり、顧客とのコミュニケーションを真面目にやろうとする意思がありますよね。その積み重ねがピッチにも投影されているように感じます。そのピッチの内容も西海岸的なキラキラ感や美しいストーリー性は無く、むしろゴツゴツしていて、地に足がついた内容で顧客の課題にしっかりコミットしたプレゼンが多い印象がありますね。

山形:器用ではないものの、コミュニケーションに慣れている印象はありますね。壁打ちに対しても特別な意識はなく、「Get out of the building」※的なことが習慣になっているんですよね。取り入れるかはさておき、人の話を聞きに行こうというスタンスが根付いています。

※起業家で、スタンフォード大など複数の大学で教鞭をとるスティーブ・ブランクの名言。
「閉じこもっていないで、ビルから飛び出して行動しよう」という意味合い。

岡島:過去にVTT関連の施設に訪問して研究者の方たちとも話したことがありますが、皆さん一様に人懐っこく熱心に教えてくれるんですよね。Slushでピッチしていた研究者も暗記した内容をスラスラ話すというよりは、目の前にいるオーディエンスに自然な雰囲気で話しかけているようなスタイルが印象的でした。

山形:ピッチとして必ずしもきれいに整っているわけじゃないけど、一生懸命伝えて協力を仰ぐというスタンスが明確にありますよね。VTT内にもスタートアップ育成プログラムがあり、研究者であっても人に話を聞きながら、自分たちの研究をビジネスにするための模索を促す仕組が充実しています。国の規模から見てもエコシステムが狭いからこそ、フェイス・トゥ・フェイスでつながりやすいし、そこに仲介する人の存在意義も高いんですよね。

――お話を伺うと日本とフィンランドの親和性の高さを感じます。ある種のマッチョイズムすら感じる西海岸的なスタートアップ文化を目指すよりも、愚直に課題に向き合い、議論を積み重ねるフィンランドに学ぶべきことが多いようにも感じました。

山形:そうですね。欧州のほうが日本に合っていると思う一方で、簡単に真似できないなと思う点もいくつかあります。日本は自治体や地域のコミュニティが近い距離で類似の施策に取り組む結果、エコシステムが分散しがちだと感じます。一方でフィンランドは小国ゆえに連帯しないと成り立たないし、外から優秀な人材を迎えようという意識も強い。そこには大学の無償化もかなり効いていると思います。

フィンランドでUberに乗った際、海外から来たと思しきドライバーと話していると博士号を持っている人が結構多いんです。
「ヘルシンキは教育レベルが高くて、全部タダだから留学した」とか「子どもの教育のために、ソマリアから移住した」っていう話をたくさん聞きました。更に言うとフィンランド国内ではフィンランド人だけで構成されたスタートアップは非常に稀で、多国籍が当たり前になっているんですよね。市場が小さいからこそ、どうやってサバイブするかを考え抜いた結果の文化なので、一朝一夕で真似できるものではないなと感じています。

初めての海外イベント視察に最適なSlush

――最後に日本から欧州、ひいてはSlushを通じて海外とコネクトしようとする際に、日本人はどのようなスタンスで挑めばいいのでしょうか?

山形:現地の人たちと話していると「Trust(信頼)」という言葉が頻出します。Slushの会場でも聞きますし、ステージ上でのトークセッションでも度々言及されています。また、フィンランドの前に寄ったエストニアでは「SISU」※という言葉が似たような文脈で使われており、あるVCからはその精神が日本人とは共有できると感じるから日本とは積極的に協業したい、とも発言がありました。フィンランドや北欧から見て日本は個人対個人で信頼して話せる国民性があると見てくれているのだと感じました。

SISU…フィンランド語のSisusに由来する言葉でフィンランド人独特の意思の強さや粘り強い精神性、忍耐力や苦境に負けない気質を表す言葉。山形氏によればSlushでは「内在的な動機とか中身、核心、そういうところでお互い語り合える信頼関係」といった意味合いで使われていたという。

フィンランドのエコシステムはグラスルーツ(草の根)を重視していて、個人の動機から端を発して、さまざまな組織を巻き込んで大きくしていくという考えが下地にあります。

日本では組織対組織でオープンイノベーションに取り組もうとするケースも多く見ますが、個人間の信頼関係を築くことを第一にしたほうがいいと思いますね。これはフィンランドに限らず欧州全体に言えることですが、相手の文化のリスペクトや理解に努め、手ぶらで行かずに「自分ができること・やりたいこと」を言えるように準備したうえで、相手も尊重しながらコミュニケーションすると信頼関係が成立しやすいように思います。

今回、エストニアやフィンランドに訪れて私が取り組んでいるプログラムについて議論をした際も、「プログラムの概要よりも、まずはあなたのバックグラウンドから聞かせてほしい」って必ず言われるんですよね。アメリカだと本題から入るケースが多いのですが、そのあたりのスタンスは違いを感じます。

岡島:SISUはDuolingoでフィンランド語を学ぶ際に最初に出てくる基本的な単語なんですよね。それぐらい信念やパッションを重視する国民性なのだと思います。

イベントの規模や内容から見ても、SlushはCESやSXSWに引けを取らないし、初めて海外のスタートアップシーンを視察するのであれば、最初に行くにはお勧めのイベントですね。欧州のディープテックスタートアップも数多く参加していますし、北米の大規模イベントと違って、しっかりコミュニケーションが取れる余裕があるので、日本人にとっても学びと収穫の多いイベントだと思います。山形さんがおっしゃったような日本人と親和性が高い国民性がフィンランドにはあるので、Slushが気になった方は早めに2日分のチケットを抑えてほしいですね

(聞き手:市村慶信、越智岳人 文:越智岳人)

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なお、HAX Tokyoへのエントリーやお問い合わせも、こちらの相談会でお請けしています。詳細は下記サイトからご確認ください。

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