【事例紹介】IT業界出身のyoctoは、いかにしてIoTヨガマットの量産にこぎつけたのか
福岡県を拠点とするyocto(ヨクト)は、ヨガとITを組み合わせたソリューションを開発するスタートアップです。
創業者の河野敬文氏は、ヨガインストラクターとしての経験とITエンジニアとしての知識を活かし、IoTヨガマット「yocto Mat」を製品化。ヨガレッスン中の生徒の動きをリアルタイムで可視化し、より効果的な指導を可能にするとしています。
2024年6月にリリースし業界からの反響も大きい一方で、製品化に至るまでには、さまざまなハードルがありました。IT業界からモノづくり業界に飛び込んだ際の苦労やHAX Tokyoとの関わりについて、河野氏とHAX Tokyoのディレクター陣にインタビューしました。
好きだからこそ気づいた課題と市場
――まず、yoctoを創業するまでの経緯から教えてください
河野氏:もともと福岡でITエンジニアとして働いていました。ヨガと出会ったのは、座りっぱなしの開発現場で腰痛を患ったのがきっかけです。ヨガの奥深さに触れるに連れてハマっていき、気がつけば講師の資格を取得し、コーチとしても活動するようになりました。
講師業を通じてヨガ教室の経営も始めた際に、自分たちにとって使い勝手のいい予約システムを開発する目的で2017年にyoctoを創業しました。実はその頃からIoTヨガマットの構想はありました。
講師をする中で気づいたのですが、ヨガのレッスンは講師の勘やセンス、経験に大きく依存しています。その結果、生徒の身体のクセや重心のかけ方など必要な情報を取得・共有できていなかったり、適切な指導ができずに怪我をする生徒が業界全体でも多いことに課題を感じていました。
――ITからハードウェアに移って、苦労も多かったのではないでしょうか
河野氏:最初に相談したVCにはボコボコにされましたね(笑)
「市場規模はあるの?」「そんなの欲しい人いる?」「ヨガやってる人なんて、そんなにいないでしょ」と、僕が持ち込んだ荒削りの構想に足りない要素をたくさん指摘されました。そこからVC向けのピッチや資料を作り込むようになって、九州圏内のピッチコンテストにも出るようになりました。
正直なところ、最初はハードウェアをナメていました。ソフトウェアと作り方も大して変わらないだろうと勘ぐっていたんです。でも、実際に蓋を開けてみると商慣習も違うし、用語も違う。そして、何よりもスピードがITと比べて圧倒的に遅いことに苦労しました。ある試作を開発会社に依頼したら「このセンサーは自分たちには難しすぎて開発できない」と半年後に言われたこともありました。
それでもなんとか見つけた中部地区の会社と動くものを作って、PoC(概念実証)を名古屋市の予算で実施するところまでこぎつけました。一方で課題は山積していて、経営としては手詰まりの状況だったんです。
その当時は開発パートナーやサプライヤーが複数社いて、全て自分が窓口になってやりとりしたので品質管理にも苦労していましたし、コストも非常に高くて個人のヨガ講師どころか大手のスタジオでも導入が厳しい価格にならざるをえませんでした。このままだと、計画が頓挫してしまうと悩んでいたときに、福岡のスタートアップ界隈にいる人からHAX Tokyoのことを教わりました。
市村:河野さんが応募した頃のHAX Tokyoはバッチ制でサポートできるスタートアップの上限が決まっていたり、HAXを運営するSOSVの投資基準との兼ね合いからyoctoは採択されませんでした。しかし、一人でなんとかPoCまでこぎ着けている実績に加えて、河野さんの人柄の良さにスタートアップとしての伸びしろを感じて、アクセラレーションプログラムの枠とは別にサポートすることを決めました。
――人柄の良さというのは、具体的にどういった要素でしょうか
岡島:起業家の中には思いの強さ故に、他者からの提案やアイデアをうまく活用することが苦手な人もいるのですが、河野さんはオープンマインドでやりとりしつつも、やるべき事やるべきでない事を適切に選び、行動に移すことができるタイプの人でした。また、IT業界で培ったソフトウェアやアプリの開発能力という強みを持ちつつも、自分が好きなヨガにフォーカスしている点にも可能性を感じました。
自分が好きなことであるが故に、業界の商習慣や課題、ユーザー像などを高い解像度で理解している――こういった要素はスタートアップ創業者には強い武器となりますね。
海外との初交渉、単身乗り込んだ中国出張
残念ながら当時の採択審査にはパスしなかったyoctoですが、河野さんの並外れた行動力と起業家としての人当たりの良さ、そしてビジネスの可能性などが評価され、当初のプログラムとは別にサポートすることが決定。yocto創業から5年が経った2022年、本格的に事業を前進させるための伴走型支援が始まりました。
市村:河野さんにはオンラインの座学講習にも参加してもらいつつ、2つの大きな課題を解決する道筋を話し合うことに時間を割きました。
1つ目は資金調達を成功させるために事業計画をしっかりと作り込むことです。顧客や課題、解決策の解像度を高くして、IoTヨガマットビジネスの蓋然性を投資家が納得する内容にまで高めるためのレクチャーに取り組みました。
2つ目の課題は量産と事業化にこぎつけるためのサプライヤー管理です。当初、河野さんは部品、設計、金型、基板製造、組み込みソフト開発などプロセス毎に異なる会社とやりとりしていました。一般的には総合的に量産をアレンジできる企業に委託することで、コミュニケーションコストを抑えるのが常道です。しかし、当時は特殊なセンサーを採用していて、全体をアレンジできる企業も見つからなかったことから、河野さんが一人で全てのサプライヤーとやりとりしていました。
河野氏:当時はサプライヤーに言われるがままに必死にこなしていたのですが、結果的に1台あたりの製造コストが高く、品質管理の面でも安定した製造が難しいことはわかっていました。実際に過去には実績のある国内のEMSにも相談したのですが、全く話が進まなかったので非常に困っていました。
市村:製造コストを抑えれば描けるビジネスプランの自由度も高くなるので、サプライヤーの見直しは避けて通れませんでしたね。
河野氏:ある時、厦門(中国)の受託製造会社から「うちで量産しませんか」という主旨の問い合わせのメールが来たんです。たどたどしい日本語だったこともあって最初は怪しいなと思っていたのですが、市村さんにメールを共有して相談したら、相手先の情報を調べた上で確認事項をすぐにアドバイスしてくれました。自分一人だったら疑ったままになっていたと思います。
というのも、ピッチコンテストやイベントに登壇して、「これから量産に向けて準備している」と話すと、いろいろな引き合いが来て「うちで全部できますよ」という営業が来ることもよくあることなんです。ただ、実際にそういった経緯で依頼した結果、計画が頓挫した話も見聞きしていましたし、自分では判断できず保留にすることが大半でした。
HAX Tokyoとやりとりするようになってからは、判断する材料や交渉の進め方の助言が得られたので非常に助かりました。結果的にその会社は国内の大手メーカーとも取引実績があって香港市場にも上場している、れっきとした企業でした。それまで何ヶ月も待たされていたのが嘘のようにスピードが速く、リクエストした1週間後にはサンプルが届いたり、要望を出した修正をすぐに反映してくれるなど、量産に向けて一気にスピードアップできました。
市村:スピードアップもありますが、これまで複数の企業にバラバラに依頼していたことでコスト面や品質管理などの課題も一気にクリアできたのは大きかったですね。そのおかげで事業開発の選択肢も一気に広がりました。
――量産の際には中国にも出張されたそうですね。単身で乗り込むのは大変だったと思います。
河野氏:中国に行く前に現地で確認することや交渉するポイント、想定される打ち合わせの進め方や、打ち合わせ後のToDoなど、かなり細かい点までHAX Tokyoからアドバイスが得られたおかげで円滑に進めることができました。
アドバイスは打ち合わせ以外にも及びました。食事に誘われたら絶対に行くこと、そこで積極的に話して信頼関係を作るようにアドバイスを受けましたね。会計も相手ばかりに払わせるのではなく、3回に1回は自分から払うようにと市村さんから言われましたが、相手は絶対に払わせてくれなくて(笑)。
でも、休みの日に工場の人たちが登山に誘ってくれたりして、そんなやりとりをしているうちにお互いに遠慮せずにコミュニケーションできる関係になれました。
海外出張自体も初めてでしたし、独りで相手の懐に飛び込んでいたら、疑心暗鬼に陥っていたと思います。そうならないようHAX Tokyoが渡航前から一緒に準備してくれたのは本当に助かりました。
量産に当たっては後戻りできないシビアな判断を迫られます。例えば充電が完了したときにLEDのランプは点灯したままにするのか、それとも消えた方がいいのかといった細かい仕様決めも現地で次々と指示しなければいけません。最悪の場合には商品を回収するリスクを伴う意思決定もあるので、すぐに相談できる相手としてHAX Tokyoがいたことには感謝しています。
市村:工場から来てほしいと言われたら、すぐに準備して行くフットワークの軽さも功を奏したと思います。河野さんの行動力に少しでも報いたいと思って、自分が知っていることは全て伝えたいと思いながらサポートしていましたね。
「高齢者に使わせたい!」リリース後は想定外の反響も
――その後、2024年6月にyocto Matと専用アプリ「yoctoApp」をリリースしました。その後の反響はいかがでしょうか?
河野氏:全国区の大手企業や地方にスタジオを構える事業者との商談を進めています。想定外だったのは地方自治体からの問い合わせですね。高齢者向けの体操教室にYocto Matを使いたいという要望を頂いており、来年度からの導入に向けて準備を進めています。当初はヨガ教室向けに売り込む計画でしたが、デモを実演すると地方自治体からの反響が高く、思ってもいなかった市場にも可能性があることが判りました。
――今後はどのようにビジネスを展開していく予定でしょうか?
自治体や大手企業とのまとまった契約も重要な一方で、ヨガ教室の業界は個人で活動するトレーナーも多く、小規模なヨガ教室への普及も今後の重要な課題です。アプリ側のコンテンツの充実も含めて、やるべき事を着実に進めていきながら市場拡大を目指していきます。
将来的にはコンシューマー(ヨガ教室の生徒)向けのサービスの可能性も考えられますが、まずは規模を問わず国内の事業者向けにyocto Matを売り込むことに集中したいと思います。
取材・文:越智岳人/シンツウシン 写真提供:yocto
スタートアップ向け壁打ち相談会(対面・オンライン)のお知らせ
HAX Tokyoでは、グローバル展開を目指すハードウェア スタートアップや、これから起業を目指している方向けのカジュアルな壁打ち会を実施しています。
HAX Tokyoのメンターが相談をお受けしますので、ぜひお気軽にご相談ください。
【相談できることの一例】
資金調達を成功させるためにピッチ資料を改善したい
開発 設計など製造面での課題があり相談にのってほしい
PoCの良い進め方、いいプロトタイプ(MVP)の作り方を教えてほしい
企業との事業連携や事業開発をうまく進めるためのコツを知りたい
なお、HAX Tokyoへのエントリーやお問い合わせも、こちらの相談会でお請けしています。詳細は下記サイトからご確認ください。
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