【事例】試作から量産に進むスタートアップ、成功に必要な支援とは
CuboRex(キューボレックス)は、田畑や災害現場など「不整地」と呼ばれる場所での作業を快適にする電動クローラや一輪車電動化キットを開発する企業です。2019年にHAX Tokyoのプログラムに採択された後、建設業者との共同実験や、JAやホームセンターでの製品販売を実現するなど大きな成長を遂げています。
プロダクトがない状態で創業し、開発やマーケティングを経て量産、一般販売に至るまでの道のりは平坦なものではありません。ハードウェアスタートアップが歩む長い道のりの中では、どのような成長が求められるのでしょうか。また、それを支えるために、周囲には何ができるのでしょうか?
2023年3月からCuboRexの代表を務める嘉数正人(かかず まさと)氏と、ゴム部品を中心に量産の支援を行った松山工業の鵜久森洋生(うくもり ひろお)氏による対談を行いました。スタートアップとそれを支える側の双方から、これまでの歩みを振り返ります。
試作と量産にまたがるギャップを超える
——CuboRexと松山工業の関係について教えてください。
嘉数氏:2020年に製品に使用する履帯を量産する際、相場や勝手がわからず知人に相談したところ、松山工業を紹介してもらいました。図面を持って相談に伺い、量産を依頼することになり、現在もゴムパーツを中心に量産部品を継続的に依頼しています。
鵜久森氏:松山工業はサービスロボットの分野を中心に、ワンオフやカスタムメイドの依頼に応えています。2010年からは次世代支援にも力を入れ、スタートアップからの依頼も受けられる体制と社員を育ててきました。CuboRexさんとは最初に納期の調整を行いましたが、その後は大きなトラブルもなく、良い関係を築けています。
嘉数氏:周りのハードウェアスタートアップと比べると順調だと思いますが、それでも反省や改善点は数え切れません。特に創業当初は、作りたいもののビジョンや工学的な知識はあっても、それを製品化する手段や売り方がわかりませんでした。発注や量産の方法、パッケージングや手順書の作成なども手探り状態でしたね。
製品の組み立てを他社に依頼したこともありますが、仕様書を自分たちで作る必要があることさえ知りませんでした。生産量が想定より大きくずれてしまったり、設計変更を伝えるのに十分な時間を取れなかったりして、嫌な顔をされることもありました。
——他社を交えて量産に至るフェーズでは、どうすればスムーズに進めるでしょうか。
嘉数氏:エンジニアリング技術とは別に、他の企業で受発注業務の経験を持つ人がチームにいることが理想です。試作品の設計と量産設計では、まったく異なる知識や経験が求められますから。協力会社に要望を伝え、合理的なコストで判断してもらえる「普通の受発注関係」を構築するまでに5年はかかりました。
鵜久森氏:ハードウェアスタートアップと従来の製造業者の間にはギャップがありますから、5年でも早い方だと思います。「3Dプリンターがあれば1日で作れる」といった発想がそのまま通じることは少ない。製造業の慣習を理解し、ハードウェアスタートアップとの間を繋ぐ通訳のような役割も欠かせません。
また、他社にサポートを依頼する際、単純に丸投げするか、事前に調査して知識を備えた上で相談するかで製品の仕上がりは大きく変わります。依頼するスタートアップ側も、自分がプレイヤーだという意識を強く持ち続けることが必要です。
一品生産は当たり前。いま求められるスタートアップ支援とは
——ハードウェアスタートアップの成長にはどのような支援が必要でしょうか。
嘉数氏:「一点ものを作ります」とアピールする町工場も増えていますが、正直なところ飽和しているように感じます。松山工業のように既に顧客がいてブランドを確立している企業に対して、新たに差別化を図るのは難しいでしょう。むしろ、量産目線を持って設計段階から付き合ってもらえる方が、スタートアップとしてはありがたいです。
鵜久森氏:今は「技術があるから売れる」という時代ではありませんよね。いいプロダクトがあったとしても、それをどう訴求していくかが問われます。若いスタートアップ経営者と話していると、作りたいものは明確でも、マーケティングやブランディングの観点に欠けていることが多い。その指摘を受けて、しっかり市場を考え直せるかどうかで、その後の成長が変わってきます。
CuboRexの製品は社会課題を解決するものだと直感したので、その魅力が伝わるように、自主的にアンバサダーのような役割を務めました。2022年の国際ロボット展の松山工業が企画するエリアで、タタメルバイクを手がけるICOMAとの合同体験コーナーを作ったのも、一つのサポートの形と言えます。周囲からは目的や利益を疑問視されることもありましたが、この2社には事業が成り立ってほしいという私自身の思いがありました。
——鵜久森さん自身がCuboRexのファンになり、その魅力が伝わるような見せ方までサポートしていたのですね。
嘉数:展示会などで知名度が向上するとコンタクトの数が増え、商談を通じて販売や受託開発など、さまざまな事業の種が生まれます。リアルな場で体験してもらったり、メディアに出たりすることで得られる知名度は、事業を進めるための起爆剤になると感じています。
良いプロダクトに良い人材が集まる
鵜久森:CuboRexは急速に成長していると感じます。一人で複数の役割をこなす状況が続くとスピード感を失ってしまいますが、CuboRexではその時々のニーズに応じてスタッフを適切に増員してきたように見えました。
嘉数:一人で進めるならアウトソーシングが基本ですが、外部委託を増やすと利幅は減り価格競争力も落ちてしまいます。また、右肩上がりで成長する宿命を背負うスタートアップである以上、社内に人材を取り込んだ方がレバレッジが効くと思い、積極的に採用を進めてきました。
たとえば、新潟の産業振興センターからCuboRexの和歌山拠点長としてジョインしたメンバーは、まさにスタートアップと製造業、そして我々と利用者を繋ぐ通訳のような役割を担っています。設計チームにも自動車メーカー出身者や、樹脂製のおもちゃを長年担当し、金型のピン配置まで意識して動ける経験者を採用した結果、製品の品質にもダイレクトに良い影響が生まれました。優秀なメンバーに恵まれて、運が良かったと感じます。
——そうした人材はどのように集めるのでしょうか?
嘉数:言い方が難しいのですが、製品が売れると人が集まるんです。しっかり世に出ているプロダクトがあって、それがユニークで面白ければ、興味を持った人からコンタクトが来る。もちろん会社の雰囲気なども影響するでしょうが、一番のフックは実績を作ることだと思います。最初の100台、200台を売ることは本当に大変ですが、なんとか創業メンバーでそこまで辿り着ければ、後は組織として人を集められるようになるでしょう。
鵜久森:特に初期の段階では、トップが積極的に情報を取りにいくことも必要になると思います。多くの自治体には起業支援の窓口がありますし、中小企業振興公社や産業技術センターなど、経営やデザインをサポートしてくれる公的な機関も存在します。こうした環境を活用して、各分野のプロと出会うきっかけを得ることもまた、経営者に求められるアクションでしょう。
——メンバーの増員に合わせ、会社の体制にも変化があったのでしょうか。
嘉数:製造から営業、販売まで抵抗感を持たずに取り組むベンチャースピリットは変わりませんが、社内のドキュメントや商流は積極的にアップデートしています。会社が大きくなるにつれ、大企業からの転職者や営業職のやり方を取り入れるようになりました。良くも悪くも、先人たちが積み重ねてきた「一般的なやり方」を参考にしています。
顧客の数が増えれば増えるほど声は大きくなり、顧客の論理が正義になります。まとまった数のプロダクトが世に出たり代理店が入ったりして商流が大きく変わったら、技術ドリブンの視点から、営業観点へと切り替えるタイミングでしょう。社内で多少の抵抗があったとしても、結局は経営者が向く方向へと会社は動いていきますから、そうした判断が経営陣には求められると思います。
VCありきでないハードウェアスタートアップのあり方を
嘉数:CuboRexの経営を通じて実感したのは、ハードウェアスタートアップが直面する課題は、単に物が作れるかどうかよりも、ビジネス全体をどこまで見通せているかが鍵になるということです。原価やサプライチェーン、市場の大きさなどをどこまで見渡せているかで成長率が変わりますし、私たちも考えきれていなかった部分にぶつかり続けています。
ハードウェアはサプライチェーンが長く、事業を維持しやすい業態です。自動車や産業装置を見ていても、良くも悪くも一社独占にはなりづらい。先行投資して市場を獲得した会社は、その後も着実に一定のシェアを取り続けられますし、CuboRexも4割程度のシェアは維持できると考えています。それが、コピーアンドペーストでは作れないハードウェアの強みだと思います。
鵜久森:VCからの出資を受けると成長速度を求められるので、製品化に時間を要するハードウェアスタートアップは苦労しますよね。ハードウェアの実情を知らない投資家よりは、理解のある中小企業がサポートに入る方が堅実な成長が期待できると思います。
嘉数:国内製造業の景気は上を向いています。大企業が強くなりがちな構造ですが、意欲のある中小企業が出資をして、新規事業部とベンチャーの間のような形で育てる、新しい形の創業もあり得るのではないでしょうか。短期間での急成長を期待するだけでなく、10年くらいの長い時間軸を意識することも求められるでしょう。
(取材・文:淺野義弘、シンツウシン)
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