3年前を振り返りながら、3年味噌味を開けた日。
いつもありがとうございます。
3年味噌を開ける日がきた。
「初めて3年味噌を開ける日」は、
車暮らしの中で行われることとなった。
・・・
3年の時を振り返り想いを綴ってみる。
味噌の作り方は書いてないので、
2年前の味噌作りの様子から汲み取ってもらえると嬉しいです。
3年前は、コロナ初期の頃だった。
その頃、
相棒のRYOは、まだタイのタオ島にいて
ロックダウンを受け帰国できなくなっていた。
チャンネルライブアップ 👀✌️
私は、と言うと
当時やっていたお店は、千葉県松戸市にあり
コロナのなんちゃら対策の対象地域だったため、
店を開けられない日々が続き悶々としていた。
もちろん、まだ車暮らしもしていない。
その、もんもんシーズンのお陰で
おうちで「エクササイズ」と
「手前味噌」が
私の人生に仲間入りした。
初めての味噌作りは、
正直、なんとも滑稽だな・・・と思いながらも
コロナで外出もできないもんだから
味噌作りワープっショップはオンラインで参加した。
ZOOMで味噌作りとはなんとも現代らしい。
どんな「味噌の世界」をベースとするか?!はわりとすぐに決まった。
自分自身も食事の軸としている「マクロビオティック哲学」
の実践者・料理研究家の「中嶋デコさん」の世界だ。
千葉県いすみ市の
ブラウンズフィールドさんの味噌作りワークショップに参加した。
素材に対する軽やかな愛情と
当たり前のように無駄にしない心遣いは
画面越しでもひしひし伝わってきた。
中嶋デコさんの著書でお気に入りなのはこちらの本。
デコさんの目に映る「現代社会」とそれに対する絶妙な想いを
脱力で書いている。
「行き場のない気持ちを抱きながらも、生きる。」
レシピ本もどれもゆるくて好き
素敵だな、と思った味噌作りの心得メモ。
食材を大切にするマクロビアンならではのワークショップ。
技術もさながら
この先、私の味噌作りの軸(心得)ができたんじゃないかな〜。
ワークショップの時のメモと
あ、これ我が家の心得にしよ〜と思った事をいくつか記す。
・楽しい心では、楽しい味噌を作ることができる。
・お味噌をつけた後どこに保管する?
怖い・暗い・寂しい場所には置かない。
手前味噌は、家族と一緒。自分がおって寂しくなる場所には置かない。
いつも家族の笑い声・喋りごえが聞こえる場所・風通しの良い場所に置く(寝かせる)こと。
・天地返はする?
してもいいけど、しないとのことだった。
自分の役目は、自然の食材をしこむこと。
そこから先は、菌ちゃんの役目
あれこれ、心配したり、手をかけすぎず
お任せの心で自然の流れに身を任せること。
・1人よりみんなで。できれば家族みんなで作る
(この年は、甥っ子と2人で。翌年は、RYOと友人と。
翌々年は、家族みんなで。)
いろんな菌ちゃんが共存してでわいわい発酵してたら楽しそう〜
3年もの間、この黄色の樽の中では
どんなドラマが起こっていたのかな・・・
妄想したらちょっと羨ましくなった。
自分の3年と照らし合わせてみる。
果たして旨みが濃くなる日々を過ごせていたのだろうか?
3年たった味噌とご対面。
グルグル巻きにしたラップを外すと、
何やら甘〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いかおりが漂ってきた
チョコレート?デミグラスソース?
そこらへんが表現としては近い感じ。
仕込んだときは、
味噌玉の上に、カビ防止対策を取っていた。
天日塩で蓋をし、
自然な酒粕で蓋をし、
焼酎につけた綿の布巾で覆っていた。
開けてみると、
仕込んだ当初真っ白だった酒粕は、味噌玉と一体化していた。
ぺらっとめくれたのなら外そうかとも思っていたけど、
せっかくいい酒粕を使ったので
混ぜ込む事にした。
小分けパックに移し替え
冷蔵庫保存。
大豆は300gと少量で仕込んだので
小分けパック2個分の完成となった。
タイムスリップ味噌汁。
仕上がった3年味噌を
ぺろっと舐めてみる。
塩っけはほとんどなく
強烈な「旨み」が広がった
早速味噌汁でいただく。
その日の具材は、
お豆腐と
ネギのあおい部分
道の駅で買った元気な三つ葉。
おだしの乾シイタケ・昆布を刻み
お味噌をとく。
お味噌の質感が柔らかく
だしの中フワ〜っと優しく溶けてゆく。
太陽を浴びた三年味噌は、
一番年上だろうに、まるでうまれたばかりの赤ん坊のようだ。
この世界を純粋に楽しんでいるように見えた。
とても嬉しくなった。
さぁ、噂の三年味噌のその様子は?
Youtubeで・・・
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