【短編】 どうか、いい夢を。
近ごろ、決まって同じ夢を見る。
それは柔らかい春のひかりの中で、いつかの私が笑っている夢。今となってはもう遠い昔のことみたいだから、曖昧にしか認識出来ないけれど、それを今の私が、すぐそばから眺めている。
私、幸せそうだなあ。
幸せだったなあ。
と思い返す度に、自分が傷ついていくのに気がつく。もう、夢でしかこのひかりを見られないんだ。切ないとも、哀しいとも、なんとも言えないグラグラ揺れる気持ちに埋めつくされて、私は目が覚める。いやな汗で湿った布団を畳みながら、夢から覚めた罪悪感といっしょに朝を迎える。
…
本気で死にたい、と思うには、私はあまりに恵まれすぎていた。だから、たまたま今も生き延びている。
ちゃんと失いたくない思い出や優しい人たちに囲まれていて、それでもいつの間に私にくっついてしまった憂鬱が、私を寂しい人にしている。
その上、脱皮するみたいに、新しい私が毎日生まれてくるのだから困る。剥がれ損なった過去の私が、今の私のフリをして笑っている。私がどんな顔をしているのか、きっと未来の私にしかわからない。
だから今日も、私は迷子です。きっと明日も明後日も、迷子なのだと思います。弱っちい私は毎日そう思ってしまうのです。
…
「わぁ、神様が来たみたいな空!」
夢の中で、いつかの私がはしゃぐのを、他人事みたいに、今の私が見ている。
お空からは本当に神様が来たみたいな柔らかいひかりが降りていて、何があった訳でもないのに涙がこぼれたりする。
ただ、空が綺麗なだけなのに。
それだけのことが、なぜか本当に素敵だと思えてくるから不思議。
ああ、夢が覚めなければいいのに。それだけ私はこの景色を見るのが幸せで、この夢を繰り返し見るんだろう。
神様がくれるひかりの中では、ぜんぶが許されていた。きっとどうしようもなく痛い毎日の分だけ、私たちには少しだけ奇跡を願ってもいいチャンスがあって、それが夢なんだろうと思った。
それほど、琥珀色の空のもとで無邪気に笑ういつかの私はゆるみきっていて、素敵なくらい間が抜けていた。
ふと微笑んで、夢のなかで私は空を仰ぐ。
きっと大丈夫。神様のひかりが、いつかの私をちゃんと守ってくれることだろう。
たとえ、ベッドで眠る現実の私に広がる夜が、ビル群に埋め尽くされて星すら見えなくても。
「じゃあ…、ね。」
ああ、お別れの言葉くらい、やさしく言いたかったのに、私のかすれた声は上手にお別れを告げさせてくれない。
…
朝なんて来ないでほしい。
夢が覚めなければいいのに。
そう思ってみても、心のどこかで皮肉を言いたくなる私がいる。
夢は覚めるものなのに、どうして私たちは夢なんて見てしまうんだろう。
と。
現実に戻る朝は痛々しいし、それでもすぐに忘れ去ってしまうほど脆いものなのに。
それでももし、神様がいるのなら。
生きにくい毎日を過ごす私たちに、どうしてもひかりを望んでしまう私たちに、どうかいい夢をください。
そう願わずにはいられなくて、今日もまた、私は眠りについた。