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「タスキギー事件」の発覚から、米国では生命倫理が発展した

ビタミン欠乏症の予防に貢献した三偉人がいます。

ビタミンC不足による壊血病の予防に貢献した英国海軍軍医リンド。
ビタミンB1不足による脚気の予防に貢献した日本海軍軍医高木兼寛。
ナイアシン(ニコチン酸)不足によるペラグラの予防に貢献した米国衛生官ゴールドバーガー。

三人とも人体実験をやっています。
今風に言えば臨床研究でしょうか。

倫理委員会もなく、研究参加の本人同意も取っていないので、今で言えば「トンデモ研究」と言ってもいいでしょう。

リンドと高木は、軍艦の中で実験をしています。
リンドは、柑橘系のライムが壊血病に効くかどうか、高木は、パン・麦飯が脚気予防に効果があるかどうかを試しました。

この二人のことは日本でもよく知られています。
しかし、ゴールドバーガーは、ほとんど知られていません。

ペラグラは、とうもろこしを主食にしている国に多く発生した病気で、日本ではあまり見られない病気です。
病気になじみがないので、我々日本人にはゴールドバーガーの凄さが判らない!

トウモロコシの粉には弱点があります。
ナイアシンというビタミンが不足しているのです。

ナイアシンが不足して発生するペラグラという病気は、皮膚炎や下痢が起きて、最終的に重篤な知能障害が生じます。
米国の南部に住む貧しい黒人に多く多く発生しました。

米国政府は、医系技官のゴールドバーガーを派遣して、ペラグラの原因を調査させました。

当初は、感染症だと考えられたのですが、ゴールドバーガーは、患者が多発した孤児院や精神病院を視察して、その考えを否定しました。
これらの施設の入所者には多くのペラグラが発生していたのですが、施設に勤務する医師や看護師には発生していなかったのです。

ゴールドバーガーは、ペラグラは感染するのではなく、食事が原因ではないかと推理します。
さながら、シャーロック・ホームズのように、「動物性タンパク質不足が原因」という仮説を立てました。

ゴールドバーガーは、12人の囚人に動物タンパクを含まない食事を与えて、人為的にペラグラを作ることに成功します。
トンデモ研究でした。

当時は、多くの専門家たちは伝染病説を信じていました。
これを否定するために、さらにトンデモ実験を行います。
ペラグラ患者の糞尿を摂取し、自分や奥さんを含む数人の健康者の咽頭粘膜に塗布させて、ペラグラが発症するかどうか試したのです。
結果は、誰もペラグラは発症しませんでした。

こうしてゴールドバーガーは、およそ二〇〇年間続いていたペラグラの伝染病説を否定しました。
こうしたワイルド過ぎる疫学者は、荒っぽいアメリカ人には多いのです。

米国では、囚人を使って人体実験をすることはかなり頻繁に行われています。
日本を相手に戦った太平洋戦争に勝利するために、抗マラリヤ薬アタブリンを、囚人を使って効果を試し、戦場の兵士に提供して徹底的に服用させました。

戦争に勝つためには、なんでもありでした。

医療倫理の歴史において、米国には黒歴史があります。
タスキギー事件と呼ばれる事件があります。
アラバマ州タスキギーで、1932年からおよそ40年間行われた人体実験です。

この実験の目的は、梅毒の進行過程の観察で、治療をしなければどうなるかを知るために行われました。

連邦政府の公衆衛生局は、貧しい黒人の約600人の経過を観察します。
このうち400人は既に梅毒に感染しており、200人は感染していませんでした。200人は、コントロール群とされました。
研究参加の見返りに、医療と食事や亡くなった場合の葬祭費用が提供されました。

米国内では1940年代には、ペニシリンによる治療は一般的になっていましたが、研究参加者にはペニシリンは用いられませんでした。
梅毒の自然な進行過程を知るのが目的だったので、病期の進行を複雑にするペニシリン治療は行われなかったのです。

そもそも、この研究に参加した人々は、研究の目的については全く知らされていませんでした。
また、採血の結果など診断結果も一切本人には知らされませんでした。

1972年に内部告発によりニューヨークタイムズの記事で報じられ、タスキギー梅毒人体実験は中止されます。

実験の被害者として、梅毒に感染して亡くなった無数の男性、夫を介して感染した妻、先天性梅毒で生まれてきた子供など、すべて黒人でした。
米国の国民は、その非人間的な研究を行ってきた連邦政府に対して激怒しました。

こうした人体実験に対する反省が、生命倫理(バイオエシックス)を生み、基本的なルールが作られます。
米国政府の研究費で行われるすべての人を用いた研究では、参加者に対して、研究の目的や研究の危険性や有効性を説明し、参加は自由意志で行われること、倫理委員会を設置してその承認を得ること、などが決められます。

この事件は、集団訴訟が起こされ、米国政府は1000万ドルの支払いと、実験から生き残った被験者とその過程で感染した家族に無償で治療を提供することで合意しました。
1997年に、クリントン大統領は、生き残った被験者5人をホワイトハウスに招いて正式に謝罪をしています。

この事件も日本ではあまり知られていません。
重要な公衆衛生のエピソードの一つとして、とりわけヒトを対象とする臨床研究を行う研究者は、知っておかなければならない知識です。

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