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新しい人との出会いが、さまざまな政策や事業が始まるきっかけになる
富山県に赴任した直後は、富山県内にはひとりも知り合いはいませんでした。
県庁の医務課に勤務していた女医さんが、食事に誘ってくれました。
そのとき、富山大学の脳神経外科の教授を連れてきました。
教授は「せっかく富山県に来たのだから、何か一つでも医療政策をやって下さい。我々も協力します」と言ってくださいました。
富山県では、医師不足が問題となっておりました。
公的病院でも医師が不足しており、県議会でもなんとかしろという声が上がっていました。
医務課の担当の説明を聞きました。
脳外科医が、県内の公的病院に一人か二人で分散配置されており、休めないとか学会に行けないという声が上がっているというのです。
富山県はコンパクトな県で、交通の便もいいので、中心部の富山市の病院に脳外科医を集約すると、休めるようになるとひらめきました。
診療報酬でも脳血管疾患専門のストローク・ケア・ユニット(SCU)や、血栓溶解剤t―PAと言った薬も登場し、新しい治療フォーメーションがとれるのではないかと、医務課で研究しました。
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富山大学から各病院に派遣された脳外科医を一カ所に集めると八人くらいになることが判りました。
その病院でSCUを作り急性期の治療を行った後に、リハビリテーションを徹底的に行うという脳卒中医療体制を組めば、県内の医療水準は上がると思われました。
目をつけたのが、富山市内にある済生会富山病院で、二〇〇床くらいの病院でした。
近くには、県立高志リハビリテーション病院があります。
高速のインターチェンジからも近く、車の便がよくて、県内のどこからでも二時間以内には運べる位置にありました。
血栓溶解剤は、当時は発症後三時間以内に投与しないと効果がない、というしばりがありましたが、これもクリアーできます。
冬の雪が降った場合でも、大丈夫ということでした。
問題は、済生会富山病院が引き受けてくれるかどうかでした。
富山病院は郊外に引っ越したばかりで、どうやったら患者が集まるか考え中だったので、渡りに舟という感じでした。
ただし「富山大学の協力がないと絶対にできない」と言っていました。
富山大学の脳外科の教授に、脳卒中医療新フォーメーションについて、相談に行きました。
教授は、「脳外科が治療する病気は大きく分けると、脳血管疾患、脳腫瘍、外傷奇形の三つ。もし脳血管疾患を一つの病院に集めた場合は、県内の他の病院に勤務する脳外科医は経験できなくなる。そのことは判っているの?」と厳しい表情でした。
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不安げな私を見て、にやりと笑って「医局員を集めて意見を聞いてみよう。皆が賛成したらやりますか」と言ったのです。
医局会の結果は、ほぼ全員が賛成でした。
「休める、学会に行ける、勉強になる」という前向きな話がほとんどでした。
一人だけ「給料が減るのはちょっと」という医師がいましたが、それでも賛成したそうです。
富山県の医療は、石川県に古くからある大学の強い影響下にありました。
脳神経外科は教授がやめてから後任教授が決まらない状態でしたので、何もいってきません。
安心していたら、新潟県にある大学の脳神経外科の教授から、じきじきに富山県庁の部長室に電話があったのです。
「なんでも、富山県内の脳外科医を一つの病院に集めて脳卒中患者を診る体制を県が作るらしいが、私は聞いていない」
ううう。なんなんだこれは…。
「おたくの県立中央病院には、うちの医局から三人も医師を出している。医局員が、脳血管疾患の経験ができなくなると言っている。そんな病院は勉強にならないので脳外科医を引き上げざるを得ない……。」
なるほど、富山大の教授が言っていたのはこのことかと納得しました。
「そうですか。それは残念です。脳外科医の引き上げが決まりましたら、早めに私に連絡を下さい。富山県としてもいろいろと準備することもありますので、よろしくお願いします」
そう言って、受話器を切りました。
富山県内で一番設備が充実した病院だという自負がありましたので、引き上げることは絶対にないと思っていました。
その後、その教授から電話はかかってきませんでした。
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富山大学の脳神経外科の教授のおかげで、済生会富山病院に八人の脳外科医を集め、ストロークケアユニットも開設しました。
しかし、脳外科医を引き上げられた市立病院の市長や公的病院の院長からは、苦情を言われました。
脳外科医一人がいなくなると、年間約一億円の減収になるとのことでした。
県議会でも質問されました。
分散配置よりも集中した方が持続可能な医師確保ができ、医療の質が上がると答弁して乗り切りました。
今考えると地域医療構想をやっていました。
選挙の争点になったり、マスコミで叩かれるような事件にならなかったことは、本当によかったと思っています。
やっぱり人と会うことは大事ですね。
最初のきっかけを作ってくれた女医さんには、今でも感謝しております。
糖尿病の専門医で、そうとうなグルメでした。
いつも、美味しい店と面白い人をセットで紹介してくれました。
コロナが五類となり、食事をしながら会話するという普通の習慣が戻ってきました。
新しい人との出会いが、さまざまな政策や事業が始まるきっかけになると思います。
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神話では、高千穂に天孫降臨した一団を、地上で出迎えた猿田彦が道案内をします。
このとき一緒に降臨してきたアメノウズメと猿田彦は、後に結婚しました。
二人が住んだ家が今は荒立神社となり、アメノウズメは芸能の神に、猿田彦は交通安全の神となりました。
芸能界を描いた漫画「推しの子」では、高千穂病院が舞台となり、アメノウズメの話も登場します。
現実の国民健康保険高千穂病院には産婦人科はないのですが、漫画には高千穂出身の産婦人科のゴローが登場して、妊娠したある芸能人の主治医となります。
「推しの子」は、高千穂町内の書店に「高千穂が登場する漫画」とポップで紹介されていたので、つい買ってみましたが、やみつきになりました。
それまで芸能人やアイドルの世界は全く興味もなかったのですが、超面白い!
漫画を見た人は、いつか高千穂町の荒立神社に行きたいと思うのではないかと思います。その足で、国民健康保険高千穂病院にも来るかも。
早めに、産婦人科のゴロー先生のモニュメントを作った方がいいかもしれませんよ。