安西先生は、あきらめたらそこで試合終了ですよと言った
1943年末に、連合国軍は、イタリアに侵攻しました。
イタリア南部のアドリア海に面したバーリ港は、イギリス軍が制圧し、輸送船がひしめいていました。
12月2日、ドイツ軍の爆撃機105機が、そのバーリ港を攻撃しました。
およそ20分間の攻撃で、多くのイギリス軍の輸送船が爆破されました。
冬の冷たい海に投げ出された多くの英国軍の兵士は、救護部隊によって陸地に引き上げられました。
あたりがニンニクのような臭いがしました。
眼が痛い、涙が止まらない、まぶたがけいれんする、見えないなどの眼の症状と、皮膚の浮腫や皮が剥げるといった皮膚症状のある兵士が続出したのです。
12月7日、米国陸軍の軍医であるアレクサンダー中佐が、バーリ港に派遣されました。
アレクサンダー中佐は、ニンニク臭と皮膚症状などから、びらん性の毒ガスであるマスタード爆弾を疑います。
イギリス軍の幹部に聞いたところ、化学兵器を輸送船には積んでいないと説明しました。
ドイツ軍の攻撃のせいである、と主張しました。
アレクサンダー中佐が、疫学調査をしていくと、ある特定の輸送船の近くにいた兵士に死亡者が多いことが判明します。
ドイツ軍がマスタード爆弾で攻撃したと考えるには、かなり不自然なエビデンスでした。
アレクサンダー中佐の追求に、イギリス軍の幹部は、マスタード爆弾を積んでいた輸送船があったことをついに認めたのです。
兵士たちの症状は、マスタードの蒸気を吸い込んだり、マスタードが混じった油が眼や皮膚にふれたことによる被害であることが判明しました。
最終的に、マスタードの被害者は617名でした。
うち、年内に死亡した兵士は、83人となりました。
マスタードの被害を受けたイギリス軍の兵士は、すべての種類の白血球の減少が観察されました。
アレクサンダー中佐は、こうした医学的所見を、報告書としてまとめました。
米国陸軍の化学部隊の医学部長のローズ大佐は、この報告書を目にしました。
ローズ大佐は、すべての種類の白血球を減少させる効果を持つマスタードを、白血球が増加する慢性白血病の治療に使えないだろうかと考えました。
そして、ローズ大佐は、マスタードの細胞毒性作用について研究に着手します。
こうして開発された薬は、現在「アルキル化剤」として、白血球数が異常に増える慢性白血病や悪性リンパ腫の治療薬として使用されています。
毒ガスによる健康被害の報告書をヒントにして創薬するとは、アメリカ人はころんでもただでは起きない人種だと思います。
ちなみに、バイアグラは、もともと心臓病の治療薬として開発されました。
治験実施中に、男性に副反応が相次いで報告されたことから、副反応を主たる効果に変更して開発が進められました。
米国の製薬会社ファイザーの戦略です。
ファイザーの会長兼CEOは、ギリシャ人の獣医師です。
新型コロナウイルス感染症のワクチンを短期間でつくりあげたように、アメリカのメガファーマの創薬力は、ただもんではありません。
おそらく、日本の製薬メーカーでバイアグラが開発されていたら、副反応が出た時点で開発終了です。
漫画「スラムダンク」の安西先生が言っています。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」